「私が、お父様の妹、というのはどういうことでしょうか?」
意味が解らないと思っていた話の方向がいきなり自分に向いて驚いていた様子のシュンシーさんの前。ダーダン様は席に付いても手から離さなかった杖をすっと持ち上げ翳した。
アメジストよりもさらに濃い紫水晶のハンドルが微かに煌めくと同時、シュンシーさんは糸が切れたようにソファに突っ伏する。
「シュンシー様!」
「心配いりません。話が終わるまで少し意識を閉じただけです。正直な所、私も伝えるべきかどうか迷っているので」
皆がダーダン様の一挙手一投足に注目している。
当の本人はシュンシーさんの身体をソファに戻した後、覚悟を決めたようにもう一度座り直した。
「その杖が、さっき言っていたアーヴェントルクの王の杖、なのですね」
「はい。父上に頂いた後、王勺から作り直しました」
王勺、魔術師の杖、というとそれっぽいものを想像してしまうけれど精霊石が重要でアクセサリーなどに仕立てたりもするのだから、こういうのもアリなのかもと感心した。目立たず持ち歩けるし。
「この石には人工精霊、AIが搭載されているという話は聞いていますが、会話したことはありません。AI機能は父が使用しており、この石はいわば抜け殻だそうです。
でも、その分私が自由に夜の術を行使することができます。
いずれ王家にお返しするべきだと解っておりますが、今はまだ手放すことはできませんことをご理解頂ければ幸いです」
「それについてはおいおい。今は、伝えるべきか迷っているという事について、話を伺ってもよろしいですか?」
私の促しにダーダン様は重い口をゆっくりと開く。
「私は、父の城で眠る兄弟達を一刻も早く目覚めさせたいのです。私や、シュンシーのような悲劇を繰り返さない為に」
「ダーダン様や、シュンシーさんの悲劇?」
「はい。我々『神の子ども』は互いを兄弟と呼び習わしておりますが、その中で実は私とシュンシーは実の兄妹でございました」
「まあ」
「地球からの避難の際、兄弟は勿論同じ船に乗せられることが多かったのですが、同じ時期に目覚めることができたのはかなり奇跡的な事。長い移動の中、限界を迎えたり、地上で先に目覚め死していた可能性もあったのですから、運が良かったと言えるかもしれません。
ですが……」
彼は手を強く握りしめる。悔しさを掌の中に封じ込めるように。
「先に申し上げた通り、私は覚醒の時、片目の機能と足の麻痺を得ることになりました。
父や冷凍睡眠技術を作り上げた地球の先達を責めるつもりはありません。
あの頃、地球には死の危険が間近に迫っており、生き延びるチャンスを貰えただけでも幸運な事だと解っておりますから。
でも、五体満足で目覚めた兄弟達を思うにつけ、どうして自分だけと思う気持ちはどうしても消し去ることはできませんでした。治療を試みると父上は言って下さり、実際に試しても頂きましたが、完全に枯死に近い形で切れてしまった神経細胞を再生、部分的に繋ぎ直すことはできなかったようです」
「悔しく辛いお気持ちは、当然の事と存じます」
うん。それは仕方ない事だ。中世異世界で例え特別な力が有ろうとも。自分の身体が不自由なのは辛いし、どうしてと思ってしまうだろう。
「そこにシュンシーが覚醒しました。彼女は心身に異常は有りませんでしたが、地球での記憶は薄かったようです。母数が少ないのでなんとも言えませんが、冷凍睡眠は長期に渡れば渡るほど記憶や身体に影響が出る可能性がある、と私は考えています」
「そうですね」
地球移民の中で『神』の船に残された子ども達は特に冷凍時間が長い。
冷凍食品を例に出すのは良くないかもしれないけれど、冷凍したところでその食品は永遠に変質しないわけじゃない。徐々に実が細り食べられなくなる。
「さらに、最悪なことにシュンシーは『神』の城から大神殿を経由してエルディランドに来るさい、盗賊に襲われ奴隷にされていました」
「!」
「なんとか救出したものの、心に大きな傷を負っていたのです。当然、地球移民としての記憶もなくしていました。私の記憶も、地球の家族の記憶も。
ですから、私は夜の力を使い、シュンシーの記憶を封印。信頼できる女性を側に付け、保護しました。そしてこの国で一番安全な大王家に入れるように影から手をまわしたのです」
なるほど。永遠の、とはいえ王子であるスーダイ様が路地裏の孤児であったシュンシーさんと出会い、助けることになったのにはそういう背景があったのか。
流石に王妃になるまでは予想外だったかもしれないけれど、ダーダン様のシュンシーさんへの愛情を感じる。
「父上の地球帰還の悲願も理解できますし、否定はしません。
ですが、このまま冷凍睡眠が長く続けば続くほど、私達のような悲劇が多く発生する可能性が高いと私は見ています。
一刻も早い、兄弟の覚醒を。それが私の悲願なのです」
「『神』によると、一度冷凍睡眠から目覚めた人間は再びの睡眠が不可能だそうなのです。
地球への帰還が完全に不可能になる。だから、完全に限界を迎えた者以外は睡眠を維持するしかなかったそうです」
『神』が世の中に不老不死を敷いたのも、子ども達をこれ以上失いたくないという意図があったのかもしれない。もしかしたら、アースガイアの子ども達についても、これ以上地球から受け継いできた血が薄まらないように、とか思ったのかも。
もう何世代も経て、彼らは地球人ではなく、この地の環境に適応したアースガイア人になっていることだろうし。
「解っています。ですが冷静に考えれば滅亡直前、地獄のような環境で子ども達だけでもと逃れさせられた地球に今戻ったところで、残っているのは良くて廃墟。
下手をすればコスモプランダーがいて、逆に殺される可能性も高いでしょう?」
「その通りだと私も思います」
「ならば、生き辛くてもこの星で、新しい生活に未来をかけた方がいいと、私は常々思っておりました。そこにカイトが来て、地球の記憶を持って生まれ変わり新技術を齎してくれた。
さらにはマリカ様の登場以降、地球の、『新しい味』と科学技術が次々と蘇り、我々の生活を豊かにしてくれている。今が、決断の唯一の機会だと思うのです。
ですので……マリカ様」
語り終えるとダーダン様は再び、深く頭を下げる。
「どうか、兄弟達の早期覚醒にお力をお貸し下さい。
覚醒させて終わり、ではないことも理解しておりますので、その為の環境作りや支援体制についても我が商会は援助を惜しみません。
もう二度と、私やシュンシーのような者達を生み出したくはない。
私が商売を立て、商いを広げて来たのはその為ですから」
私の心臓が、ドクンと音を立てた。
惑う私に気合を入れるように。
別にダーダン様の話に惑っているわけじゃない。彼の思いは十二分によく解るし、反対する必要は何一つないことだ。
でも、それを受け入れる前に、私にはできることがある。やるべきことがあるだろうと私の中の誰かが言っている。
ここでそれをやっていいのかと、思う自分もいるけれど……。
彼の話を聞き終えた私は、立ち上がった。
「リオン」
「なんだ?」
「それから力をお貸しください。精霊獣様達」
一つの決意と共に。
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