難しい問題だと思う。
人の生と死については。
特に、死は人間いや、生命に対して最大の恐怖で、決して克服できない脅威だった。
人は生まれ、必ず死ぬ。
それが逃れられない理であったからこそ少しでも遠ざけようと医学が生まれ、心の安寧を保つために文学や音楽、芸術、哲学が花開いた。
科学や化学も継承され、未来に繋がっていく。
人が死ぬからこそ、人間の歴史は作られ、続いて来たと言える。
死の恐怖の無くなった世界は、誰もが求める理想世界であった筈だけれど、実際にできてみればそうではなかった。
気力を奪われていたというのも勿論あるだろうけれど、新しいモノも生み出されず停滞した世の中。最上の席は常に満員で、次代を生きる子ども達が邪魔者のように虐げられる澱んだ世界が誰もが死なない世界だった。
『不老不死世界が終わる。それを知れば、人々は狂乱することだろうな』
『殺人や、犯罪も急増すると思われます。今までだって、恨みや憎しみを持つ人間がいなかったわけでは無いのですから。ただ、相手が死なないから殺せなかっただけで』
アーヴェントルクのザビドトゥーリス皇帝陛下の言葉にシュトルムスルフトのアマーリエ女王が頷き同意する。
『できるなら布告は慎重に行いたい処だが、それをあちらが許してくれるかどうかだな?
どういう手段で不老不死が奪われるのかも解らない。
検討はついているのか? 大神官』
「人の不老不死を剥奪する術が伝えられている大神殿では、一つの仮説が立てられております。あくまで仮説で立証できているわけではございませんが、提示してもよろしいでしょうか?」
『頼む』
プラーミァの兄王、ベフェルティルング様が会話の流れを読んで促してくれた。
私は簡単に解っている範囲で、この世界を護る『精霊』の仕組みについて話す。
「この星には『精霊』の力が万物に宿っております。人にも、獣にも、自然にも。
万物の創造主『星』により無色の『精霊』が生み出され、それが『精霊神』様のお力によって方向性を与えられ、私達を助けています。精霊石や力をつけ意思をもった精霊は自然と人間の中間に立ち『魔術師』を通して人間の生活を助けているのです」
基本的な『精霊』の仕組みについては王族の方達にとっては基礎知識だから、多分解っているのだろう。質問や疑問なども殆ど出ることなく聞いていて下さる。
「『神』も『精霊神』様と同種の存在で、『無色の精霊』の力に方向性を与えることができるようです。ただ、その方向性が『維持』
現状を留めるというお力なので神のお力を体内に入れた者は、肉体が固定され、不老不死になるという形でしょうか?
私は、経験がありませんが、不老不死になった時、人間は光に包まれた、もしくは特殊な何かを体内に入れたという証言があります。『維持』の力を持つ『精霊の力』を体内に入れた人間が不老不死になる。故に『維持』の『精霊の力』を取り去れば不老不死が解除される。という流れです」
ただ、ここまでくると知らない情報もあったのだろう。国王様方からも声が上がってくる。
『では、『神殿』では罪を犯した者に対して、体内の『精霊の力』を取る形で不老不死を剥奪しているのだな?』
「はい。魔性、魔王など魔族と呼ばれる者達は、何らかの形で『維持』の『精霊の力』を機能不全にしたり、一時停止させることができ、それによって人を傷つけたり殺めたりできていると思われます」
『つまり、『神』がその気になれば人々の不老不死を即座に解除できる可能性があるということですか』
『体内に『神』の影響力が入っているという事は、もっと始末が悪いぞ。さっきのメルクーリオ閣下の言葉ではないがその『維持』の精霊力を壊すことで体そのものを壊すこともできるかもしれん』
驚愕、戸惑い、恐れ、そして……不信感。
「はい。ただ『神』は人間を殺めるようなことをなさらないかと思います。子ども達。
人間の守護に特化した各国の『精霊神』を敵に回すことになりますし、直接人の命を奪ってはならないという決め事もあるようです」
『だが、それも希望的観測だ。一気に人間全てから『気力』だけでなく生命力なども奪って来たらどうする?』
『神』に仕える大神官でもちょっと弁護しきれないレベルになってきているのでヘイトが集まりすぎないうちに話題を移す。
「『精霊神』様が可能な限り、お守り下さるそうです。
ただ、その為には大聖都ルペア・カディナは守り『神』の手に渡さぬようにとの仰せでございます」
『ルペア・カディナに何かあるのか?』
「おそらく。詳しく何があるかは存じませんが『神』の意思と繋がる重要な場であるのは確かです。ここからでないとできないこととがあるのかも」
ルペア・カディナは大陸のほぼ中央に位置する。
古くは魔王が宙から降り『神』が最初に世に現れた場所だと言われている。
今、ここに『神』の本体と思われるものは存在しないということだけれども、何かは、きっとあるのだろう。
『我が国から警備の為に兵を派遣する、と言ったら受け入れて下さるか?』
「ザビドトゥーリス皇帝陛下。
兵をお貸しくださるのですか?」
『アーヴェントルクは傭兵国。このような場で役に立ってこそ大陸の剣足り得るだろう』
流石傭兵皇帝。
申し出はありがたいので、私は深く礼を取る。
「『神』の攻勢がどのような形でいつ、行われるか解りません。動きがあるまで大聖都の騎士団、護衛師団の指揮下に入り、町の警備や魔性討伐などを行って頂けるのであれば喜んで」
『解った。早々に兵を組織して送るとしよう』
「ありがとうございます」
『我々も、軍を再編成して兵を送れるように検討します』
「お心遣い感謝いたします。アマーリエ女王陛下。ですが、国の護りをまず最優先なさって下さいませ。大聖都を守る為に兵を派遣して手薄な所を、魔王に襲われたなどということになっては大変ですので」
傭兵国アーヴェントルクの申し出に続くようにシュトルムスルフトの女王陛下も援軍を申し出て下さった。
でも、あまり兵士の数が増えても一般市民を不安にさせるし、国が手薄になる。それを狙っている可能性もあるので注意と配慮は必要だ。
『その点は十二分に注意いたします。
ですが『精霊神』の復活とマリカ皇女のお力のおかげで、シュトルムスルフトは以前と比較するまでもなく精霊の恵みが戻り、人々に活気も出て参りましたので、恩はお返ししませんと』
「ありがとうございます」
『マリカ皇女』
「なんでしょうか? ベフェルティルング国王陛下」
「マリカ」ではなく「マリカ皇女」
姪っ子に甘い兄王としてではなく、一国の王として私を呼んだと解ったから、私もそう応える。
『我々、七国の王家は皆、マリカ皇女に恩を受けている。
『精霊神』に纏わる奇跡、『聖なる乙女』の功績を見聞きしてきたし、精霊獣も側にいるから『神』の不正について語られても、ああ、そういう可能性もあるな、と納得できる。
その言葉も信じるし御身も守ろうと思う』
「ありがとうございます」
『だが、一般の民はそうとは限らない。
いや、もしかしたら民こそが、其方の敵になるかもしれないぞ』
「え? それは……一体?」
どこか、心配そうな眼差しで私を見やる兄王様に、問いかけようとした、正にその時だ。
『なんだと!』
会議場に響き渡る叫び声が轟いたのは。
「どうなされた? スーダイ大王陛下?」
私の横で、サポートに徹していた皇王陛下が声を向ける。
今は、鏡の前に姿が見えないエルディランド、スーダイ様へと。
『失礼した。今、緊急の連絡が入ったのだ。
エルディランドに未だかつて見たこともない程の魔性の大群が現れたと』
「ええっ!!!」
とっさに、私は議場の入り口を見やった。
表面上は変わらない私の護衛騎士リオン。
けれど、その瞳の奥に、私は確かに垣間見たのだ。
『魔王』の浮かべた歓喜の笑みを。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!