この星には精霊石、と呼ばれる石が存在する。
と知ったのは私が異世界で転生したのを自覚した割と早くのことだ。
フェイが風の王の杖と呼ばれるシュルーストラムと契約した後、教えてくれた。
この世界に存在する『精霊』と呼ばれる存在に意思を伝え、力を借りる為の通訳的存在。
精霊でありながら、人間の助けとなるために石となり、道具になることを選んだ存在だと。
『王の杖と特に力の強い精霊石はいくつか『精霊神』が作ったけれど、後は殆ど僕達が封印後に『星』が作って『精霊の貴人』を通じて授けたものだよ』
とラス様は言っていたっけ。
で、私達が魔王城で目覚めた時、シュルーストラムは精霊を司る王の杖は三本あると教えてくれたことを思い出す。
風の王の杖 シュルーストラム
大地の王の杖 アーグストラム
火の王の杖 フォルトシュトラム
不老不死世になる前の時点でアーグストラムは主と共に世界を旅し、現状を見分する、いわばスパイのような存在として魔王城の島から出ていて、フォルトシュトラムは魔王との戦いの後、主である魔戦士と共に行方不明になったらしい。
敵の手に落ちた可能性が高く精霊国でも探したが、その後、表舞台に姿を現すことは無かったそうな。
そして、当のシュルーストラムは記憶を封じられていて、王の杖は各国それぞれ一本ずつ、七本あることが後で判明した。
本来国の王たる存在が持つべき王の杖。
魔王城にあった三本は王が罪を犯した為に『精霊神』が取り上げ、隠したものだ、という。
シュトルムスルフトとプラーミァ、風と火の王の杖が取り上げられた理由は今回の旅で解った。
おそらくエルディランドでも同様のことがあったのだろう。
現在、アーグストラムはとある魔術師の杖として、アルケディウスの麦酒蔵にいる。
所在は判明しているし敵になることはないから様子見、だけれどもまーさか、ここですっかり、その存在を忘れていた火の王の杖の名前が出てくるとは思わなかったよ。
しかもプラーミァではなく、空国 ヒンメルヴェルエクトで。
「間違いありませんか? フェイ」
「はい。間違いありません。あの杖が放つ圧倒的な存在感。各国の王勺クラスです。
一度、アーグストラムも見ていますし、シュルーストラムに記憶と力も戻っている。
見間違う事は無いと断言できます」
「フォルトシュトラム、というのは火の王の杖、フェイ殿のシュルーストラムと同じように元は王が持つはずだった力のある杖、ということで間違いないですかな?」
ここは魔王城では無く、上級随員の集まる打ち合わせの場だから、いるのは魔王城のことを知っている存在ばかりではない。
「ええ。『精霊の書物』と『精霊神』様のお言葉によると『精霊の力』というのは人を助ける為のものなのだそうです。『精霊の力』は万物に宿り、私達を助けてくれる。
けれども人間とは法則が違うので、人間と精霊を繋ぐ存在として、王族や魔術師などがいて『精霊石』という媒介を使って人間の世界の法則に置き換えて術を使うのだそうです」
だから簡単に精霊石と、精霊術の仕組みと王の杖について話す。
「フェイは偶然ではありますが、シュトルムスルフトから失われた風の王の杖と出会い、その契約者として魔術師になりました。
南三国の杖は現在、王室には無いそうなのです。北の四国にはおそらくあるのでしょうが……」
私が確認し、この目で見た王族の杖は木の国アルケディウスの『木の王の杖』アーベルシュトラムと水国フリュッスカイトの『水の王の杖』リーキルシュトラムの二本。
夜国アーヴェントルクにも多分あるのかもしれないけれど、皇帝陛下が戦士系だし気付いて使ってはいないのだと思う。多分。アルケディウスの王の杖も、力を使い果たして眠りについていて目覚めたのはごく最近のことだから。
「では、ヒンメルヴェルエクトには現在、空の王の杖と火の王の杖の二本があるということですか?」
「そうかもしれませんね。ヒンメルヴェルエクトの大公様が空の王の杖の力をお使いかどうかは解りませんが。火の王の杖の主であるオルクス様も、あの杖が火の王の杖であることを知らない可能性もありますし……」
『違う』
「え?」
不機嫌そうな声が私の言葉を遮った。
発せられた声は私の足元から。
「何が違うんですか? ア……精霊獣様」
私は白い短耳兎を抱き上げて聞いてみた。
随員達はこの子がプラーミァの精霊神の化身であることを知っている。
稀に『精霊神』が乗り移って話をすることも理解している。
問題ないだろう。
職務上知りえた秘密を口にするようなことを簡単にするような人間は随員失格。それくらいは理解しているだろうし。
『あの杖がフォルトシュトラムであることは間違いはない。
だが、あの魔術師は『フォルトシュトラムの主』ではない。
そもそも、アレは私が知るフォルトシュトラムではない』
「どういうことです?」
『私が作った『火の王の杖』フォルトシュトラムの人格がほぼ感じられない。
今のあの杖は『持ち主を守り、命令に従って精霊を動かす』機能を有するだけのただの道具だ』
「人格の無い、ただの道具……」
この世界にある『精霊石』にはおおよそ人格、知性が宿っている。そして『精霊石』はその知性による判断基準で主を選ぶことが許されているみたいだ。
だから、すっかり友達感覚でいたけれど、そっか。そういうこともありうるのか。
『そもそも、あの主にしてからが……。くそっ、まさか奴があのような選択をしてこようとは……』
「主? オルクス様の事、何かご存じなのですか?」
「なんだか、普通の人物とは違う気配を感じるよな。不老不死者であることは間違いないのだけれど……」
「リオン?」
何か言いよどむアーレリオス様とは別に、リオンもフェイも、オルクスさんに何か感じている様子。
「初めて会うのになんだか、懐かしい感じがするんだ」
「そう?」
「ああ。なんでかは解らないけれど、今のところは好感しか感じない」
「僕は逆に警戒心を感じます。普通の人間とはどこか違うような。杖との関係も対等、もしくは杖が上であることが多い、今の魔術師の中で杖よりも上と意識しているような気がするのです」
普通、魔術師は杖を地べたに置いたりしないとフェイは言った。
厳密なルールがあるとか、精霊石が怒るとかではないけれど、敬意をもって接するのが普通なので、自分の手から離す時は立てたり、立てかけたりするのだという。
「私は、まだよく解らない、かなあ。アルは何か感じる?」
「特に精霊の力がめっちゃ強い、とかではないけど? 普通の人間じゃないかな? ちょっと違う気がしないでもなけど、よく解んね……じゃなかったわかんないです」
どうやら、オルクス様は普通の魔術師とは少し違うようだ。
『精霊神』様達ははっきりと何かを感じているようだけれど、どうやらあの様子からして聞いて教えて貰えることではなさそうだ。
いつもの通りの禁止事項っぽい?
「とりあえず、オルクス様には注意して対応したいと思います。
セリーナ。面会の時には必ず私かフェイと一緒に」
「解りました」
万が一にもシュトルムスルフトと同じ轍を踏むわけにはいかない。
彼は魔術師に興味を持っていた。取り込みは絶対に避けないと。
あっちもフォルトシュトラムを持っているならこちらの事情を察している可能性もある。
「まだヒンメルヴェルエクトでの仕事は始まってもいませんから。
気を抜かず、でも気を張りすぎずに頑張っていきましょう」
随員達との打ち合わせの後、私はいつものように庭に携帯調理器具を使って調理を始めた。
頂いたのがコーンと小麦粉。
これを活用して作るなら、やっぱあれかな?
コーンを火で炒って乾燥させてから、すり鉢で粉にする。
所謂簡易コーングリッツだね。それを小麦粉と会わせてフライパンで焼く。
「香ばしい、いい匂いですね」
「オルクス様」
匂いにつられてかやってきたオルクス様に、少し肩が動いた。
同じく警戒するように動いたカマラやセリーナを目で制して私はお辞儀をする。
「すみません、報告はしておりましたが普通の宿には厨房設備が無いので、外で料理させて頂いています」
「構いませんよ。なんだか懐かしいような香りだ」
「ヒンメルヴェルエクトではあまり料理などは召し上がりませんか?」
「独身なので料理してくれる人もいませんし、城でたまに大公様や貴族達と一緒に食べるくらいですかね」
「とても良いコーンなので、料理に使うのもいいですが、そのまま茹でたり、焼いたりして食べるのも美味しそうですね」
ヒンメルヴェルエクトのコーンは、私の知るスイートコーンに近い感じ。
食べてとても美味しい品種だ。
天ぷらとか、とうもろこしごはんとか夢が膨らむ。
サラダに入れたり、スープにしたり。
醤油をもってきたから、後で焼きトウモロコシも作って差し上げよう。
「それで姫君が今作っていらっしゃるのは?」
「コーンブレッド、と言います。簡単にすぐ作れて美味しいので」
本当はオーブンで作った方がふっくらほっくりになるけれど、フライパンでも簡単にできる。
アメリカとコーンというとこれが浮かんだ。
「あ、焼けたみたいです。お味見いかがですか?」
「ぜひ」
焼き立てのコーンブレッドをフライパンから外して、粗熱をとってから切り分ける。
毒見、味見をかねて私が一口。
「うん、美味しい。ヒンメルヴェルエクトの麦もコーンも上質ですね」
ぽっくり、トウモロコシの甘みが出て美味しい。
「ありがとうございます」
「皆さんもどうぞ」
まず、オルクス様に一つ差し上げて、後はお付きの人達にも。
「うわあ、美味い」「こんなの美味いもの初めて食べた!」
歓声を上げながら大はしゃぎで食べる随員さん達。
そしてオルクスさんと言えば……噛みしめながら食べていた。
「ああ、優しい……。本当に懐かしい味ですね」
微笑みながら、ゆっくりと。
一口一口、大事に、遠い何かを思い出すように。
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