カマラの件を片付けて、魔王城に戻って来て見ると丁度、朝の勉強の時間だった。
大広間で、ティーナが、そして今日は戻ってきているから、アルとフェイも一緒に勉強を手伝っている。
「ご苦労様。皆、頑張ってる?」
「ええ。今、魔王城にいる子どもは全員、基本文字の読み書きができるようになりました。
これは、本当に凄い事だと思います」
魔王城の保育士、ティーナが胸を張る。
うん、胸を張ってドヤ顔してもいい案件だ、
「全員、ってことはファミーちゃんやネアちゃんも? 凄いね!」
「ありがとうございます。マリカさま。
わたしのようなものが、まさか文字やけいさんをおしえていただけるなんて」
ネアちゃんは一生懸命に答えてくれる。
私が大聖都から預かって来た子。今まで色々苦労してきたみたいだから思いっきり幸せになって欲しい。
ネアって名前は無って意味だって言ってたから、改名させてあげたいんだけれど、本人がその名以外の自分を想像できないみたいなので今は、そのまま。
改めて魔王城を出て外の世界に戻る事になったらその時改めて考えよう。
でも、まだ緊張が残ってるなあ。
「あ~、前にも言ったけどマリカ様なしで!」
「でも……マリカ様」
「だから、様なし。マリカ姉って呼んで」
「えっと……、その……マリカ姉」
「うん、上手! ありがとう。嬉しい!」
抱きしめて頬を寄せる。
私が、ネアちゃんをだっこして、ぎゅうってすると他の子達も集まって来て
「うわあ、いいなあ」
「私も」「ぼくも、ぼくも」
順番待ちを始める。
うーん、かわいい。
「お疲れ様です。いつもながら大変だ」
一人一人、順番にだっこ&ぎゅう、してからフェイ達の所に戻ると苦笑交じりでフェイが労ってくれた。
けっこう大きくてもう外で働いているエリセやアーサー達もだっこをせがんで来るからね。
「まあ、好きでやっていることだから、ファミーちゃんも、ぎゅう~」
「ありがとう。マリカ姉。私も少しずつ、じゅつがつかえるようになってきたの」
「頑張ってるね。……と、どうしたの? その本?」
見れば、大広間のテーブルの上には分厚い本の山ができてる。
「まさか、ファミーちゃんにこれ読ませているの?」
「そうじゃありませんよ。やっぱり忘れている?」
「何か?」
「頼まれた、精霊古語の本です」
……………… チーン!
「ああ、そうか! 思い出した。
魔王城にある精霊古語の本、できるかぎり種類集めておいて、って頼んでたっけ?」
「ええ、思い出して貰えたのなら良かったです」
すっかり忘れてた。
魔王城に帰ると体調は良くなるんだけど、検討しようと思ってたこと。気付いた事がよく思い出せなくなるのが怖い。
今回はフェイが教えてくれたから助かった。
念のために頼んでおいたんだよね。
「精霊古語、七種類あるって言っていたけど、全部ある?」
「はい。一応解りやすそうな文字のモノを揃えました。手書きで字が崩してあってとても読み辛いものもたくさんあるので」
一冊手に取りパラパラパラ。
あ。これ英語じゃないやつだ。ヒンドゥー文字に似ている印象。
まったく読めない。
こっちは……英語風だけど、所々知らない文字が入っている。
「それはアルケディウスの精霊古語ですね」
ちょっとロシア系なのかもしれない。Дとか、Бとか特徴のある文字が見える。
別の本を捲る。これは、漢字。中国語風だ。漢字が羅列されている。
まだ意味が解りそうだけど、やっぱり難しいな。
海人先生も……多分読めないよね?
「マリカ? 何か解りましたか?」
「うん。解らないけど知ってるってことが解った」
こうしてじっくり見てみるとやっぱり明らかだ。
この世界の精霊古語は向こうの世界の外国語。
私達が今いる世界と、私達が転生前にいた世界。
太陽系第三惑星 地球は何かの形で繋がっている。
『精霊神』がかつてこの文字を使っていたとするのなら。
一番解りやすい推察はこの世界の起源たる『精霊神』は私と同じ、異世界からの転生、違う。転移者であろうということ。
何らかの理由でこちらの世界にやってきた彼らが、この世界を作り上げ『精霊神』と呼ばれるようになった。
この世界の七国が、異世界でありながら、どこか外国チックなのは『精霊神』様の趣味、というか故郷をなぞったりしているからなのかもしれない。
どうしてこの世界に来たのか、とかどうやって国を作ったのか、とかは聞いても多分教えてはくれなさそうだけれど。
「リオンは、この文字全部読めるって言ってたんだよね?」
「はい。書くのはちょっと苦手だ、そうですが」
勉強を始めた初期の頃、文字を書くのにも四苦八苦していたことを思い出す。
ペンを正しくもって字を書くっていうのはけっこう高等技術なのだ。食具の持ち方と一緒で小さいころから訓練してないと大変。
魔王城の子ども達は慣れてるけど、アルケディウスのゲシュマック商会の人達は苦労してたっけ。
「ジョイ。書き取り上手になったね。ちょっと見せてくれる?」
「うん」
「ありがとう。とっても綺麗に線が引けてるね」
アルケディウスで使われているミニ黒板を見せて貰う。紙が貴重な世界なので探してみたら覚書用の書いては消せるミニ黒板みたいなのが商売の人達向けに作られていた。
早速子ども達用に大量購入して使っている。
こういうのはどこの世界にもあるんだね。
ジョイが練習しているのは勿論、この世界の共通語の基本文字、だ。
「……じっくりと見てみるとローマ字風、かな?」
「どういう意味ですか?」
「二つの文字で一つの音を表す、っていうこと」
厳密には全部同じじゃないけれど、母音と子音を組み合わせてMAというような感じで音を繋いで文章を作る。
なんで、気が付かなかったんだろう?
「『精霊神』様達に聞いても教えてはくれないよね?」
「まあ、いつもの。でしょうね。魔王城に戻ってからまた姿を見せなくなってしまいましたし」
確かに転移門を一緒に潜って来た筈なのに、気が付いたら見えなくなっていた。
私に追及されるのが嫌で隠れてるんだ。きっと。
「アル。『精霊神』様、どこかで見かけたら捕まえてて……って、アル?」
黒板をジョイに返し、声をかけたけれど、アルはどこか心ここにあらず、って感じでぼんやりしている。
何かを見つめているようで……、視線の先にあるのは剣?
「あ、マリカ? すまない。呼んでたか?」
「うん、別に急ぎじゃないからいいんだけど……もしかして、さっきの事を考えてた?」
意識を取り戻したアルは、私の言葉にうん。と頷く。
さっきの事、というのはカマラの所に行く前に起きた一騒動。
アルが使って練習していた剣、とクラージュさんの話。
さっきのカマラとの訓練の時、クラージュさんは業物だけれど、エルディランドから持ち込んだ普通の剣を使っていた。
魔王城に戻って来たんだから、精霊石付きの剣がいっぱい、ではないけど何本かある。
かつて、精霊国騎士団長が使っていたという剣もあるのだ。今はアルが訓練&護身用に使っている、今見ている剣がそうだ。
それらの剣を渡す、何なら使っていた剣を返す、とも考えていたのだけれど。
「ああ。精霊石の剣って本当に……?」
朝の会話を思い出す。
彼は自分がかつて使っていた、懐かしい剣を見つめながらも触れる事もせず言ったのだ。
「私には、もう『彼』と戦う資格はないのですよ」
そう、寂しそうに。
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