フリュッスカイトの調理実習最終日。
晩餐会用のメニューを料理人さん達に提示した。
私の中ではすっかりイタリアイメージがついたフリュッスカイト。
なので、今回はイタリアンメニューで行ってみる。
前菜はカナッペ。イタリアン風に言うとブルスケッタかな?
固めに焼いたパンにトマトやマリネしたたっぷり野菜を乗せると食欲が出て来る。
後は、焼きホタテとエビのピンチョス。海産物の盛り合わせに生ハムの花を添えて。
サラダはポテトサラダ、マヨネーズはほんのちょっぴり、オリーヴァの塩漬けとオイルの味を楽しんでもらう。
ちなみに、完成したオリーヴァの塩漬けはフリュッスカイトの人達に。
特に男性陣に大人気になった。
「美味い!」「こんなにオリーヴァとは美味しい実だったのか!」
と大反響。
正式に買い取り交渉が来たのでソーダの使い方には十分に注意してくれるように伝えた上でレシピをお知らせした。
時間はかかるけれど美味しさは間違いのない保証付きだ。
私がいる間に第二弾の塩漬けが始まった。
今後オリーヴァの実の需要はさらに高まりそうだと、農園のカージュさんははりきっていた。
スープはエナ、トマトソースメインのミネストローネ。
パスタはピザにしようかと迷ったけれど、せっかくオリーヴァの塩漬けが成功したのだしオリーヴァをメインにしたブッダネスカ。フレッシュで美味しい。
ケーパーはどうしようも無かったけれど、アンチョビは海が近いヴェーネ。
いいイワシが獲れて手作りする事ができた。保存も聞くし、これも今後フリュッスカイトの特産にできると思う。
メインは豚のハーブ焼きとカキフライ。フリュッスカイトのキトロン果汁をたっぷりかけるとさっぱり美味しい。
デザートはジェラートとキトロンのパウンドケーキ。
フリュッスカイトの特産品をメインに、そんなに難しい技術無しでもいけるものを選んだつもり。
後は食前酒にビールも出す。イタリア料理ならビールよりワインだと思うけれど、今回はお披露目だから特別に。
「料理の保温、今回は僕に任せて頂けますか?」
厨房にやってきてそう言って下さったのは正式にフリュッスカイトの魔術師となったソレイル様だ。
レシピを受け取り、意気上がる料理人さん達を見守る私の側に立って微笑む。
お城の中だし、明後日はアルケディウスに帰るので、随員達は帰国準備で大忙し。
リオンもルイヴィル様に呼ばれているとかで、訓練場に行った。
ここにいるのはミーティラ様とカマラ、そしてフェイだけ。
フェイには料理の保温の為に来て貰ったのだけれど、王族魔術師自らの申し出に少し驚く。
「王族魔術師にそんなことさせてしまっていいんですか?」
明日の晩餐会は、私の送別と共に公子メルクーリオ様の君主即位と、ソレイル様の魔術師就任のお披露目も兼ねている。
エルディランドに引き続き、フリュッスカイトも今年の新年に君主の継承が正式に決まった。公主ナターティア様は君主の座からは降りるけれど、引退する訳では無く新しい食や美容品の製造などを仕切る、いわば通産大臣の役に付く。
そしてまだ若いメルクーリオ様を後見人としてサポートしていくということだそうだ。
で、ソレイル様は王族魔術師としてメルクーリオ様を助ける。
メルクーリオ様は自分が王族魔術師としての力を持たない事、ソレイル様と一緒に国を守り治める事を即位の布告の時に最初に伝えていた。
「こういうことは隠すと弱みになる。最初に公表してしまった方がいいのだ」
とはメルクーリオ様の弁。
「いずれ、ソレイルが単独で君主となる事もあろうが当面は力を合わせてやっていく。
互いに納得した上での事であるし、『精霊神』の加護も我等にはある。
文句はあるのか?」
肩に正式にお披露目された『精霊獣』を乗せ、迷いの無い目と比類なき知性で国を導く公子に、いや。王権を与えられた『君主』に覚悟の無い貴族連中が叶う訳も無い。
数名、身の程知らずにも交渉問答を挑んだ者もいたらしいけれど、あっさり蹴散らされて若い君主の即位は国中に認められる事になった。
心配だった二人の公爵も、ちゃんと話し合いがあったようで、不満や文句などを口に出すことはなく、新しい君主に膝を折り、そうなれば大貴族達も反論を紡げても束ねられないわけで。
不安の眼差しを向ける者もいるにはいたけれど、国全体を見れば、概ね歓迎の方向で進んでいるように思う。
で、話は戻ってソレイル様。
王族魔術師の料理協力の提案に私は首を傾けるけど。
「明日のパーティの準備とかいいんですか? 当日はもっと忙しくありません?」
「いいんですよ。君主の一族として、国が新しく力を入れる『食』の手伝いをするのは当然のことですし、兄上のご命令です。
僕は兄上の手足となって働くだけですから」
と、平気な顔だ。
「それに、術や力は使ってこそでしょう? 近いうちに兄上は料理を温かいまま厨房から上階に上げる昇降機を作って取り付けようとしているようですが今回は間に合いませんから」
荷物用の滑車を使った昇降機のアイデアは紀元前からあったというし、公子とフリュッスカイトなら時間が在ればやってしまうだろう。
「生活が便利になることは良い事ですね」
「ええ、兄上と『精霊獣』様と共に、この国を便利で豊かな国にできるように頑張りたいと思っています」
「ソレイル様なら、できますわ」
「ありがとうございます」
私の言葉に微かに照れながら、でもどこか恥ずかしそうにソレイル様は笑み返す。
最初の頃の不安そうな様子に比べたら、その瞳には自信が宿っている。
(「あれ?」)
けれど微かな逡巡をエメラルドの瞳に浮かべ
「姫君、マリカ様。アルケディウスの宵闇の星」
彼は静かに私の手を取る。
「なんでしょう?」
「僕がこの場で、貴方を愛してはいない。
結婚したいと言ったのは嘘だ。
と言ったら、貴方は僕を嘘つきだと思いますか?」
まっすぐに私を見て問いかける。
一瞬、意味がよく解らなかった。
そして、次に交渉問答を仕掛けられたのかな、と思った。
でも、直ぐに違う、と解った。
彼の震える手。どこか怯えるような瞳。
「いいえ。嘘だとは思いませんわ。正直で、優しい方だと思います」
だから、彼の手を取り、その新緑の瞳を真っ直ぐに見返した。
思いを乗せて。
「私との結婚を望んでいらっしゃらないのなら、それを誠実に告げられた言葉は本当。
正直な方だと思いますし、それが嘘だとしたら、私が貴方との結婚を望んでいない事を理解して、思いやって下さった優しい方だと解ります。
どちらにしても、私はソレイル様の事、好きですよ。
大事な、お友達として……」
「やっぱり、叶いませんね。姫君には」
大きく、息を吐き出してソレイル様は、私の手を離した。
「解っていた事、ですけどね。
これは僕のけじめです。失礼をどうかお許し下さい」
一歩後ろに下がり、丁寧にお辞儀をする。
「マリカ様。フリュッスカイトを救ってくれた『聖なる乙女』
どうか、これからも末永いお付き合いをお願いいたします。
隣国の、かけがえのない友人として」
「はい、こちらこそ、宜しくお願い致します」
後で、細かい打ち合わせをする、と言ってソレイル様は去って行った。
前のような不安さは感じられない、堂々と、迷いを振り切った君主の一族として歩く彼をの背中を私は黙って見つめた。
「いいのですか? マリカ様」
気遣う様に声をかけてくれたカマラに私は首を横に振る。
「いいんです。これで。
私はどうしたって、他国には嫁げないし、ソレイル様も本気で私を愛している、訳では無いでしょうし」
エルディランドで、本当に人間として私を愛して望んでくれたスーダイ様の時の方が断るのは心が痛かった、と言ったらソレイル様には失礼かもしれないけれど。
ソレイル様が、私を望んでいるのは国の為。それがきっとこの国の為に最適解だから。
国を救った事で、プラスされた思いがあるとしても。
それは本当の意味での恋愛感情じゃない。
「大丈夫ですよ。ソレイル様は、まだお若いですし、なら、きっともっと素敵な人が現れますから」
私は断言して、確信して。
去っていく新しい魔術師を見送ったのだった。
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