アルとリオンと、クラージュさんと久しぶりに話した魔王城会議。
その席で、早く『魔王』を倒さなければ。
焦るリオンにアルは思いもかけないことを言ってのけた。
「『神』は『精霊』には殺せない? それって、何か、根拠みたいなものが?」
なんで急にアルがそんなことを言いだしたのかは解らないけれど、何か凄く大切な事のように思えて私はアルの瞳を見つめた。
「根拠って言う程のものじゃないけどさ。
ずっと、気になってたんだ。『精霊』と『神』。そして人間の関係性について」
虹の輝きがスッと深みを帯びたように見えた。
「まず『神』や『精霊』は人間を殺さない。魔性も、積極的に人間を殺めない。
それは勿論、人間が『気力』や『精霊の力』を宿していて殺して奪うよりも永続的に搾取した方がいいってこともあるだろうけれど、それとは別に『神』や『精霊』は『人間を殺せない』っていう制限があるからなんじゃないかって思ってる。
そして、同じように『神』『精霊神』を含む『精霊』は『精霊』同士を傷つけあうことが禁じられてるんじゃないかな」
「なるほど。それは面白い解釈ですね」
側で聞いていたクラージュさんが、なんだか、得心がいった。というように頷く。
「かつて、大聖都で『神』に『精霊の貴人』と『精霊の獣』をだまし討ちにあった時。
『精霊の力を持つ者のみが入れる』部屋で行われた会談に、私とライオットは入れませんでした。
その後『神』と手の者だけが戻ってきて『精霊の貴人』は魔王でありアルフィリーガによって打ち取られ、世界中の人々はこれから不老不死になると伝えられました。
あり得ぬと怒り、現れた『神』に向けた私の一刀は届いたのです。
ただ、その後、身体が動かなくなり、周囲の護衛によって捕らえられ命を奪われてしまいましたが」
「クラージュさん。その時、見た『神』って銀色の肌をした男性、でしたか?」
「はい。今思えば『精霊獣』のような端末だったのかもしれませんが」
「その時の剣は?」
「アル君が持っている剣ですよ。そう言えば、私は動けなくなってもライオットは動けて暴れていたようです」
「でさ、この剣。俺にはどうあっても話しかけてくれないし、契約もしてくれない。
それでそれで注意して見て解ったんだけどさ。精霊が宿ってるのはこの刀身じゃないんだ。
この柄。
正確にはこの石で、刀身には精霊がいない。刀身に軽量化の術をかけたりしているのはこの『精霊石』なんだよ。刀身。もっと言うと人間が作ったものには『精霊』が宿らないんじゃないかって思ってる」
「え? でも……」
アルの言葉を聞いて、私は思い出す。
今まで、色々な『精霊』を見てきたけれど『精霊神』を含めてほぼ皆『精霊石』に宿っていた?
剣の精霊、盾の精霊、器物に宿る精霊と呼んでいたけれどそれも皆、究極的にはついている『精霊石』に宿っていたのかもしれない。
例外はこの城に宿っている、魔王城の守護精霊エルフィリーネと……
「リオン兄のエルーシュウィンはカレドナイトの塊だけどさ、多分『精霊』が作ったんだ。
そして、きっと『神』はエルーシュウィンでは通じなかった。
『精霊』は『精霊』を殺せない。
違うか? リオン兄?」
「どうして、そう、思う?」
リオンは、どこか振り絞るような声で逆に問いかける。
そう言えば『神』にだまし討ちにあったという大聖都での戦いの事をリオンから聞いたことはない。
明らかに言い辛そうなことだから、あえて聞くことはしなかったんだけれども。
「だって通じてたら、戦えてたら。リオン兄が負ける訳ねえから。
操られたとか、騙されたとかあったかもしれねえけど。
武器があって、それを持ってて、リオン兄が負けるとしたら武器が通じないとか、傷つけてはならない制限がある、とかだと思ったんだ」
「でも……リオンは『神』に殺されたし、リオンは前の大神官を殺してなかった?」
「それは、まあ……多分、リオン兄は特別なんだ。色々と」
リオンの顔は青ざめ、血の気が引いている。
多分、アルの推察。完全にではなくても当たっているところがあるのかも。
「別に言えないなら、言わなくていい。
俺はリオン兄を信じてるし、その戦いを邪魔するつもりは無い。
ってか、そんなの、実際はどうでもいいんだ。
ただ、リオン兄やフェイ兄、マリカとは違う戦い方をしようと思ってるだけだから」
「違う戦い方?」
「そう。この二年でさ、色々な事が解ってきた。
例えば魔性には、新しい素材の剣が効く。鉄の剣よりも新しく見つかった合金でできた剣の方が威力を発揮するみたいだとか。自然の……『精霊の力』を人間側から助けられることもある。とか。
マリカが教えてくれた貝から作った粉とか、野菜くずとかで作った肥料が明らかに畑の収量を上げたとか。
勿論、畑に感謝して大切に育てることで『精霊』に気力を与えるとかも。
オレ達人間は『精霊』から受け取るばっかりじゃなく、与えることもできるんだ、って」
前向きで、強い意志。
精霊に愛され、能力を持ちながらも、どこまでも人間なアルは、だからこその視点で世界を見ている。
「ずーっと前に『神の欠片』を身体に入れられた時みたいに『精霊の力』を持つ者は、その力が有るが為に戦えない時があるかもしれない。
そんな時、精霊の力を持たない者の方が、きっと『神』に近づける。『神』の影響や制限を受けずに『神』を殺せるかも。
その為の武器を、方法を人間の知恵で作り出し、手に入れる。その為の科学であり研究だ。
だから……リオン兄」
アルはリオンの側に近づき、その胸元をぎゅっと掴む。
この二年で、アルも随分背が伸びた。今、150cmを超えてるくらいだから、背が高くないリオンにもうすぐ追いつくかも。
視線を合せ、睨みつける。
「前にも言った。何回も言った。
でも何度言っても、何度言っても変わらないからもう一度言ってやる。
リオン兄に一人で戦わせたりしない。一人で罪を被らせたりもしねえ。
俺は、絶対に付いていく。だから、置いていくな」
「アル」
虹色の瞳に宿る意思はずっと昔から変わらない。
ただ、待っているだけではいない。守られるだけの存在ではいたくない。
そう願うアルの決意だ。
「『精霊の獣』の使命とか『人間』を守るとかも関係ねえ。
オレは、何が有ろうと最後までリオン兄に付いていくからな。
そしてリオン兄ができない時には、オレがいつか絶対に代わりに『神』を殺してやる」
「アル!」
「マリカもだ。自分は精霊だから、使命があるからなんて一人で抱えて沈むなよ。
俺は、絶対に。
今度こそ。地獄の底までだって追いかけて、一緒に行くんだ」
言いたいだけ言って、アルは行ってしまった。
「アル!」
拳を握りしめ何かを堪えていたリオンはその後を追いかけて行った。
残されたのは私とクラージュさん。
「一本取られましたね」
アルとリオンの背中を見送る私にクラージュさんがくすり、小さな笑みを浮かべている。
「彼も多分、なんだかんだで溜まっていたのだと思いますよ。
鬱積、というか置いて行かれそうな不安な気持ちが。
私にも解る気がします。今度こそ『神』から貴女を守りたいと思っていたのに、あっさり魂を奪われた。その焦燥感は今も忘れられませんから」
「はい」
大聖都の騒動。大神官即位。
神殿と王宮の中でのことだったから、アルを完全に置いて行ってしまったことは気になっていたし、アル自身がとても心配してくれて。悔やんで。
上に届く力を手に入れようとしていたのも知ってる。
はっきりとあそこまで言葉にしたのは初めてだったけれど。
「それで、クラージュさん。どう思います?
アルの推理というか、推察」
「在りうることだと思います。特に『精霊の力』を持つ者が『神』や『精霊』を殺せない可能性とリオンの特殊性については」
「思います? 『星』の転生者でもその辺の秘密は知らされてないんですか?」
私の疑問にクラージュさんは少し困ったように肩を竦めて見せる。
「貴女は自分の出生。『星』の秘密を知っていますか?『精霊の貴人』」
「あ……」
「私は前にも言った通り、特殊な事情で変生も無しに迎えられた転生者です。
持っている知識はマリカ様とほぼ同じ。前世の前世でクラージュとして生きてきた分が少し多いだけだと思いますよ」
「そうですか……」
「ただ……」
「ただ?」
クラージュさんは自分の喉元に手を当てて、大きく息を吐きだすと言葉を続ける。
「知っている事でも、『星』がまだ言うべきではない、とお考えの事は言おうとしても言葉にならないようですね」
「え?」
「私はあの子。
アルフィリーガの特殊性に繋がると思われる理由を一つ、知っています。
ですが、今、それを言うことはできません」
「リオンの……特殊性?」
そう言えば、この人はリオンの前世。精霊国王子時代を知っている人だ。
年齢的に誕生に立ち会った可能性もある。
その時に何があったのか……。
「はい。『精霊』でありながら『精霊』を殺すことのできるあの子は、同時にこの星に生きる全てを守る力も持っている。
『神』も『星』も。
アルフィリーガにこの星の誰とも分け合えない特殊な使命を与え、成長を期待し、待っているのだと思います」
思わず、唇に力が入る。
酷い、と思う。
リオンには最初から、自分の自由に生きる権利が与えられていないのだろうか?
「あの子はそれをもう自覚している。だからこそ『神』の陰に怯え焦っているのだと思われます。自分は『神』に狙われている。
今の自分。『星』の精霊であり続けられる間になんとしてでも『神』を倒さねば、と」
「……それって……」
今、クラージュさんが大きなヒントをくれたのが解った。
言葉にできない何かが、パチンと音を立てて繋がった気がする。
「そしてある意味、それはマリカ様も同じです」
「私も、同じ?」
「はい。おそらく、タイムリミットは今年いっぱい。
もっと早い可能性はあっても年を越すことは無いでしょう。あと、半年足らず。その間に……答えを見つけられるといいですね」
どこか、困ったようなクラージュさんの表情。
私は、ハッと、気付き後ろを振りかえった。
「エルフィリーネ……」
そこには思った通り静かに微笑するエルフィリーネがいる。
口留めされたのか、他の理由か。
クラージュさんがそれ以上の事を言わずに、お辞儀一つを残して去ってしまったのでそれ以上の話はできなくなってしまった。
ただ、アルが覚悟を決めたように、私達はいつまでも、甘く優しい日常に浸っていられないことだけは解ったのだ。
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