翌日、礼大祭中日 本礼祭の日の朝。
部屋の外からミュールズさんの声がする。
「おはようございます。マリカ様。
本日は本礼祭でございます。準備がありますのでお目覚め下さい」
「ありがとう。起きてはいます。今行きますから」
『顔色が良くないけど大丈夫かい?』
「万全、ってわけでは無いですけど、そんなに不調でも無いですから大丈夫です」
一緒のベッドで守るように寝ていてくれたローシャ。
『精霊神』ラス様に私は笑顔を作って見せて起き上がった。
正直、リオンのことが心配で、あんまり熟睡はできていなかったのだけれども、昨日、儀式の時に返して貰ったあと、こっそり握りしめていたシュウの香りのペンダント。
そしてローシャのふかふか毛並みのおかげで、そんなに悪夢にうなされずにはすんだ。
「リオン、大丈夫でしょうか?」
『アーレリオスも魔術師も付いているからそんなに心配する必要はない。
君は今、自分がやるべきことをやる。それだけに集中した方がいい』
「はい」
『精霊神』様の言葉に頷いて、私は部屋を出た。
奥寝室を出て、応接の間に向かうと
「おはようございます。今日は宜しくお願いします」
既に女神官さん達が勢ぞろいで待っていた。
「式典の衣装を汚す事の無いように、今日はどうぞ先にお食事を。
ネアも参っております」
「マリカさま。だいじなやくめをあたえられながら、きのうはまいることができず、もうしわけありませんでした」
「ネアちゃん! 無事だったのですね。何かあったのではないか、と心配していたんですよ」
「えっと、いろいろありました。でも、リオンさまやアルケディウスのかた、それからゆうしゃさまにたすけていただいたので」
「詳しい話を聞かせて貰う事は?」
「それは、式典の後になさって下さい。まずは式典を滞りなく終えるのが最優先でございます」
「あと、これはアルケディウスからのおてがみでございます」
ネアちゃんが差し出してくれた手紙は二つ。
一つは多分、昨日届く筈だったものでリオンの字。
「前夜祭、本祭の護衛については了解した。
俺達も行くから頑張れよ」
と書いてある。
やっぱりリオンは来てくれるつもりだったのちょっと、安心、嬉しくなるあたり私は単純。
そしてもう一通はフェイが書いたのだということが解る。
平静を装っているけど、少し字が震えている感じ。
「こちらのことは、心配しないで。
多分、一番の山は超えました。
詳しくは式典の後で。
今はお互いにやるべきことに全力を尽くしましょう」
とりあえず、絶体絶命の危機は乗り越えたのかもしれない。
ホッとする。
なら、後は私が全力を尽くすだけだ。
失敗した恥ずかしい所なんて、病み上がりのリオンに見せられない。
「ありがとう。元気が出来ました」
「食事の用意もできておりますのでどうぞ。
今日の食事の果実は、大聖都でも最高級品です。
式典に向かう姫様の為にネアが勇者様が採って来たものなので、良ければどうぞお召し上がりを」
「アルケディウスのかたたちもたすけてくださいました!」
「今行きます」
用意されたおかゆやスープはいつものって感じだったけれど、果物は本当に美味しかった。
甘みと酸味のバランスがいいマスカット系葡萄だ。
ワイン用なのかなってちょっと思う。
その後はいつもより念入りに禊。
頭からもじゃぶじゃぶ水をかけられたし、香油も思いっきり塗りたくられた。
この中に見えない神の欠片が入っているとしたら怖いな、と思うけれど私を守ってくれる『星』と『精霊神』様達を信じて今は余計な事を考えるのを止める。
舞を舞うので昨日よりも幾分シンプルな作りの、でもシュライフェ商会謹製、最高級ドレスを身に纏ってお化粧もして、口紅も付けて。
ほぼ完全に準備を整えた後。
「少しだけ、休憩させて下さい。服を汚したりしませんから」
私はカマラと一緒に寝室に戻った。
『マリカ。少し屈んで』
「お願いします」
ローシャ。ううん、ラス様がベッドサイドのテーブルで伸びをする。
私はそれに合わせて膝をつき、目を閉じた。
ちょん、と鼻に何か柔らかいものがあたった感覚。
身体から悪い何かが抜けていくような感じがして気持ちいい。
後でカマラに聞いてみたら、不思議な光が私から抜け出してスーッと精霊獣の方に行った感じだったんだって。
『式典の前だからちょっと多いかな。
取りきれないのがちょっと残ってるかもしれないけど、操られたり介入したりされる可能性は無いから、気を強くもつんだよ』
「ありがとうございます」
一度の禊と食事でそれだけ、ってことは四日間無防備にさらされてたら、どうなってたんだろうと、少し怖くなるけど考えないことにする。
少なくともあっちも
「どうして平気なんだ?」
って追及はできない筈だし。
そうして、応接間に戻り最後の身支度確認をしていると神官長がやってきた。
私に向かって膝を折り、丁寧にあいさつをしてくれる。
「『聖なる乙女』本日はよろしくお願いいたします」
「微力を尽くします」
儀式においては神官長よりも『聖なる乙女』の方が地位が高いと聞く。
変に遜らず。ここは堂々と。
「では、参りましょう」
「はい」
最後にティアラを髪に固定して貰い、立ち上がる。
今日は舞を踊るのでヴェールは顔を隠さないミドル丈のマリアヴェール。
しっかりと顔を上げて付いていく。
いきなり舞台にはいかず、準備と観客の入場が済むまで、大聖堂で待機。
全員が入り神官長の話が終わったら、私が入場して、という形になると聞いた。
だから、それまで私は一人で、大聖堂で祈りを捧げる。
願うのはただ一つ。
(リオンが無事に私達の所に戻ってきますように……)
敵陣である『神』の大神殿で祈ることではないと解っているけれど。
どのくらいの時間が経ったのか。
閉ざされていた大聖堂の扉が音を立てて開いたので、私は顔を上げる。
いよいよだ。
『神』に『私』が力を捧げる事で何が起きるかは解らないけれど、余計な事は考えない。
今は私を信じてくれる人の為に、全力で踊るだけ。
カツン、と。
ヒールが大理石を叩く音が響く。
エスコートも無し。一人で真っ直ぐに歩いていく。
外に繋がる扉が開いた。
舞台の中央には神官長が膝をつき、何か呪文のようなものを唱えていた。
「『神』に感謝を! そして祈りを。
無垢なる『聖なる乙女』の舞と共に、今ここに力を捧げん!!!」
瞬間、舞台……だけではなく、会場全体が薄く白い光を発し始めた。
人々は無反応だから、見えていないのかそれとも慣れているのか。
でもそっか、舞が、じゃなくってこの会場全体が吸引装置なのかも。
舞はきっとスイッチ。
そして力を導く為の方向指示だ。
皆から力を取り過ぎない様に気を付けないと。
神官長が舞台から降り、階段下で立つのを確かめて、私はゆっくりと階段を上り壇上に立つ。
まだ山を超えたとはいえ動けないのだろうか。
通路を護る護衛の中にリオンやフェイの姿はない。
代わりにミーティラ様にヴァルさんやウルクスなど護衛士全員の姿と、ザーフトラク様がいるのが解った。
多分、出て来れるアルケディウスの随員全部。
後ろの方の客席にはガルフやアル、シュライフェ商会、ガルナシア商会の顔も見える。
アルケディウスの皆が、応援してくれている。
彼らに見守られながら、私は階段を上り舞台の中央で膝を折った。
目をつぶり、胸の前で手を合わせ、集中する。
聞こえるのは、アレクのリュートの音だけ。
澄んだ音色が響き渡る。
曲と、舞の始まり。
私は立ち上がり、その手を高く蒼い夏空に掲げたのだった。
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