いきなりのフェイの取り込み発言と、私とフェイの婚約宣言。
本当に何を言い出すのか? この王様、と私は思った。
それはもう、真剣に思った。
「父上、いったい何を言い出すのですか?」
「私に口答えか? マクハーン」
「口答えも何も。かの少年はファイルーズの子であっても、アルケディウスに籍をもつ文官ですよ?
いかに父上とて本人の意思を無視した命令はあまりにも……」
「ファイルーズの子であるのなら、私の孫。
アルケディウス皇王陛下には正式にシュトルムスルフトに返還を要求する。
そして我が国民、我が血族の婚姻を含む行く末を決めるのは王であり、家長である私の役目だ。
異論反論、聞く耳は持たぬ」
王太子マクハーン様は必死な顔で父王陛下に抗議してくれていた。
無理もないよね。
約束して下さったもの。フェイの今後になにがあろうと決定権は本人にって。
父王は理解してくれるって言ってたけど、その信頼に泥を塗られ顔を潰された形だし。
「お待ち下さい。父上! 皇女との結婚は私にお許し下さるとおっしゃったではありませんか?」
同じようにシャッハラール王子も父王陛下にくってかかる。
そうか。王子は国王陛下の命令で私を口説き落とすために迎えに派遣されたのか。
こっちは勝手に決めるな許すなと言いたくなるけれど。
「姫君が其方との結婚を望んで下さるなら無論、構わぬ。
シャッハラール。
だが父子のような其方よりは年の近い子ども同士の方が、気も合い仲良くできるであろうからな?
アルケディウスとシュトルムスルフトの末永い友好の為にはその方が良いと思ったのだ」
「お……」
「お断りします!」
私がやんわりとお断りしようかと口を開くより早くきっぱりとした拒絶の声が放たれた。
「フェイ」
見るまでもなく、確認するまでもなく、私達には声の主がフェイだということが解った。
フェイの反論に向ける国王陛下の声は冷たい。
「黙れ。お前には何も聞いていない。意見を述べる資格を与えた覚えはない」
「いいえ!
そもそも資格を与えるだの、王族にするだの勝手に人を自分のモノ扱いしないで頂きたい。
僕はアルケディウスの文官貴族 フェイ。
シュトルムスルフト王家とは何の関係も無い赤の他人です」
感情の消えた冷たい目でフェイは国王陛下を見ている。
マクハーン王子の時には無かった、怒りと侮蔑がその瞳にはっきりと宿っているのが見て取れた。
「だが、お前はファイルーズの子に相違ないとマクハーンが認めている。
ファイルーズはシュトルムスフとの王女。
であるならその籍はシュトルムスルフト。
成人した男ならともかく、女や未成年の子どもは家長が全ての権利を有する。
王族の男としてお前には我が命に従いシュトルムスルフトの為に働く義務があるのだ」
「ですから、僕はシュトルムスルフトの人間でないと何度も言っています。
マクハーン王子は確かに、僕の母はファイルーズ王女ではないかと言って下さいましたが、その根拠は外見以外に無いともおっしゃっていました」
私を拾ったタシュケント伯爵家の時と違い、身元を示すものをフェイは何も持っていない。
シュトルムスルフトでは珍しいプラチナブロンドもアルケディウスでは、多くは無いけれど、他にいないわけじゃない。
マクハーン様とよく似ているけれど、他人の空似という可能性だって0ではない。
「無論、解っている。だから格別の慈悲をもってお前を王族に迎えてやろうというのだ」
「慈悲なんかいりません。
僕はさっきも言った通りアルケディウスの文官貴族。試験を受け、皇王陛下より直々に任命を受け、皇女の随員として在る者。
神殿に登録された故国はアルケディウスであり、国の為に働けというのであれば、優先度がアルケディウスの方が先です」
「王族として迎え入れると言っている故国よりも、アルケディウスを選ぶというのか?」
「僕はシュトルムスルフトが故国だと思ったことも、まして王族になりたいと思ったことも一度もありません。
僕を拾い、教育を与えてくれたアルケディウスに恩を返すこと。
我が主。マリカ様に仕えることを望むだけです」
「皇女との婚約者の地位を与えると言っているぞ。私は」
「皇女に対して僕は恋情など持っていません。
恐れ多い。
そもそも皇女には婚約者がおいでです。僕のような者が彼女の横に並び立てる筈がありません」
居並ぶ、貴族、大貴族、王族達の前で少しも怖気ることなく言い放つフェイの言葉に国王陛下は押し黙り、フェイを睨むように見遣っている。
自分の決定が国の決定。
他人の言葉など聞く耳もたぬと言い放った国王陛下だ。
フェイの言葉が心動かされた、とは思わないけれど公衆の面前でこれだけはっきりと拒否されれば少なくと『王族として迎えてやるぞ』がフェイを取り込む餌になり得ないことは解ったのではないだろうか?
なら、あとは援護射撃。
「国王陛下。
私や、随員に対するご厚情にご配慮、深く感謝申し上げます。
ですが、私達も長旅で少々疲れました。詳しい話は日を改めてさせて頂くことはできませんでしょうか?」
「ほほう、姫君も私の決定に不服がおありになるか?」
「不服だなどと、そんな。ですが、私は仕事で参りました。
お待たせした分、シュトルムスルフトにご満足頂ける成果を残して参りたいと思うのです」
「姫君には、末永くこの国に留まり、我が国に精霊の恵みを授けて頂きたいものだが」
「私はアルケディウスの皇女にございます。
それにまだ私、シュトルムスルフトのことを何も存じませんので。
まず知る機会を頂きとう存じます」
一応国王陛下の顔を立てつつ仕切り直しを提案する。
どっちも引くつもりがない以上このままだと泥沼だ。
「……まあ、良いだろう。
性急に過ぎたのは事実であるし、一生の大事。
姫君にもファイルーズの子にも考える時間は必要であろうからな」
国王陛下も息を吐きながら許可してくれた。
「歓迎の宴は明日の夜。
早速で申し訳ないが姫君にはこれより厨房に向かい『新しい食』を使った料理の準備をお願いしたい。ファイルーズの子も今しばらくはアルケディウスにお預けする。
本人もまだいろいろと混乱しているようだ」
「かしこまりました」
フェイは元々アルケディウスの者ですから、とは言わない。
言うとまた色々とこじれそうだし。
「この国には舞踏会などの風習はないので宴のみになるが、その時に改めて話をさせて頂こう。
シュトルムスルフトがどれほどに姫君と『精霊の恵み』を欲しているかを。
申し訳ないが我が国は姫君獲得を諦めるつもりは無い」
「国王陛下……」
「『精霊に見離された国、シュトルムスルフト』
我々はこの機を何があろうとも逃すわけにはいかぬのだから」
刺すような、射るような国王陛下の視線と、貴族達の好奇の眼差しを背に受けて私たちは謁見の間を出た。
「ふううっ……。終わったあ」
思わず零れたため息はきっと私だけのものじゃない。
いくつも重なっていたもの。
「いやもう、酷い初日。アーヴェントルクより酷くない?」
「すみません。僕のせいで、とんでもない騒動に……」
「ううん、フェイのせいじゃないから、それは誤解しないで」
しょぼん、と首を下げるフェイを私は慰める。
きっぱりフェイのせいじゃない。
悪いのはあの国王陛下だ。
今まで、各国の国王陛下達はそれぞれタイプは違えど王として尊敬できる方達だったのに、なんなんだ?
あの余裕の無さというか、周囲を見ない空気読まない態度は!
私が引き受ける訳なんでないと解っている筈なのに、あの強気な口調。
もしかして本気で私を返さないとかしてくる?
そんなことをしたらアルケディウスも大聖都も黙ってないと思うけど。
「姫君!」
私達が正門前で屯っていたせいだろうか?
廊下の向こう。
別の出口から出てきたらしいマクハーン王太子が駆け寄ってきて私達の前に膝をつく。
「父王の無礼をどうかお許し下さい。
まさか、あのような態度に出るとは思ってもみませんでした」
「マクハーン様のせいではないと解っておりますが、あまり良い気分ではありませんね」
「……とりあえず、姫君の滞在中のお手伝いとご案内は私がさせて頂くように父王に進言、許可を得ました。兄が良いのであれば交代いたしますが」
「いえ、マクハーン王太子様がいいです」
即答。マクハーン様と兄王子だったら、失礼だけどマクハーン様の方が何倍もマシだ。
「ありがとうございます。
では、まず厨房にご案内します。
それからお疲れとは解っていますがお時間を頂くことは可能でしょうか?」
「何故です?」
「簡単に今のシュトルムスルフトの現状やファイルーズについて。
私、というか我々の主観で良ければご説明させて頂きたいのですが」
「ぜひ! お願いします!!」
さっきは廊下で兄王子も側近もたくさんいた状況だった。
あまり突っ込んだ話や批判も言えなかっただろうと解っている。
フェイのさっきの話ではないけれど、今は情報が何よりほしい。
でないと国王陛下の横暴に対抗できない。
「解りました。
……アルケディウスの方々にとっては、私もシュトルムスルフトの人間、信用できないのは同じでしょう。けれど少なくとも私は、私達は国王陛下とは違う考えで『精霊に見離された国』
シュトルムスルフトを変えていきたいと思っています。
お力をお貸し頂ければ幸いです」
「どちらに、お力をお貸しする、とはお約束できません。
私はアルケディウスの皇女です。他国の内紛に口出しする権利はございません。
私は私と、随員達を損なうことなく国に連れ戻らなければならないのです。
もちろん、フェイも」
真剣に願う眼差しでマクハーン様は私を見るけれど正直、手助けするとは言ってあげられない。
少なくとも今は。
「ただ、この国と人々が豊かに、幸せに生きる方法を共に考え、お手伝いしていきたいとは思っております。それが、私がこの国に呼ばれた理由ですから」
「やはり『聖なる乙女』は聡明で、広い視野をお持ちですね」
私のある意味無礼な返答を、でもマクハーン様は許して下さった。
「今は、それで構いません。
どうかよろしくお願いします」
そっと手を取り、口づけする。
まるで騎士のような仕草は優しく、柔らかく、そして暖かだった。
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