「あれは、この国の祖。
木を司る精霊の力を宿した『七精霊』その亡骸だと言われている」
アルケディウスでの儀式を終えた私達は、その足で長距離用の馬車に乗り、大聖都への旅に出る事になった。
精霊石の部屋から出て来てからは、私の皇族としての登録の手続きが行われた。
以前、準市民として登録した時と同じように、でも今度は神官長の立ち合いの元、まずは私の準市民としての登録を除籍する。
代わりに皇王家の一員となることが書かれた契約書のようなものにサインをした。
それに皇王陛下が承認のサインをして終了。
同じ事を大聖都でもするけどこれは格付けであり主としての手続きは全て済みゲシュマック商会のマリカは皇王家の一員となったのだ。
ちなみに参賀から登録終了まで約一刻。
木の刻の間に手続きを終らせるのが望ましいとのことでけっこうスピード勝負だった。
なんでも皇王家の祈りが終わった後は、一般の人達が新年のお参りに大神殿にも来るそうだ。
木の国なので、精霊の恵みが深い時刻に終わらせるのがベターだということと、彼らとかち合わないように、早めに終らせ出て来た形になる。
他の国だったら、深夜の儀式にならなくて済んだのかな、と少し思う。
で、この間儀式の説明や意味はまったくして貰えなかったので、馬車の中で改めて聞いてみたのだ。
「亡骸、でございますか?」
物騒な言葉に首を捻る私に、そうだ。と皇王陛下は頷く。
大きな箱馬車は頑丈で、豪華。
ガラス窓にカーテンまで着いている。
沢山のクッションや毛布まで中に用意されていて、王族の長旅用だと解る。
私が今まで借りて来た馬車とは次元の違う乗り心地の良さである。
頑丈なので多分、普通に話している分には外には中の言葉は漏れない。
「ああ。各国の王の祖と呼ばれた精霊の力を持つ指導者がいたことは前に話したな?
彼らは人と交わり、子を残し、死した後、その身を石と変えた。
石は、子ども達…王が祈りを捧げる事で精霊達に働きかけ、大地に恵みをもたらしたという」
「…それは、今代の魔術師のようですね」
「ほぼ同じ、いやむしろ、あの石が精霊魔術のはじまりだろう。『神』の出現よりも前よりあったのだからな」
以前教えて頂いた昔話を思い出す。
確か、魔術師の出現は魔性と魔王によって世界が闇に包まれ、星の代行者…と名乗る…『神』が現れて後の筈だ。
「だが、いつの頃からか『石』は徐々に力を失い、不老不死発生の頃にはどの国も完全に沈黙していた。
『神』が世界を治めるようになり、不老不死が広がり、大地の恵みもそれほど必要とされなくなった後は各王家とも、王宮で安置していた『石』を神殿に委託し新年と戦の時に、参拝するようになったのだ」
「『石』があのような反応を見せるのは初めてのことです。
プラーミァやアーヴェントルク。王家の血を継ぐ姫が祈りの舞を奉納する国では薄く石が光り輝くことがある、と聞いたことがありますが、あそこまではっきりと光が宿った例は他は無いのではないでしょうか?」
「其方が我が皇家の血をひき、精霊の祝福を受ける者である証だろう。
もはや誰も、其方が皇女であることに文句は言えぬ」
皇王陛下はいたくご機嫌で在らせられるけれど、私は謎と新情報が増えて頭がパニック。
少し整理したい。
と思っていたところで馬車が止まった。
「今日の宿に到着いたしました。どうぞ…」
「あれ? 随分早くはありませんか?」
夜明け前にアルケディウスを出て来たけれど、まだ一の刻だろうに。
と思った私に皇王陛下が手を差し伸べて下さる。
「今日は、深夜の参賀に続く儀式に、いきなりの旅だ。
其方も疲れているだろう。明日からはかなり長く馬車に揺られることになる。
今日は身体を休めるがいい」
「馬車の揺れではゆっくり眠ることも叶わないでしょう?」
確かに言われてみればあちらこちら、身体が痛い。
頭も痺れるようにぼやけて疲れているので、揺れの感じない所で眠れるのは嬉しいかも。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「うむ、まずはゆっくり休め」
馬車から降りると、私の真横に跪く三人の女性の姿があった。
うち2人は解る。ミーティラ様とセリーナだ。
で、二人の前に跪く妙齢の女性は知らない。
「マリカ。以前話した私の女官長 ミュルーズです。
今回、其方の身の回りの世話を任せました。彼女に従って皇女としての仕草を学びなさい」
「よろしくお願いいたします」
丁寧にティラトリーツェ様にから教わった仕草でお辞儀をすると、ミュールズさんは微笑みながら立ち上がった。
「しっかりとした礼儀正しい挨拶と仕草でいらっしゃいますね。
私の出る幕などさして無いように思えますが」
黒い髪をぴっちりと固く結い上げた髪型、蒼い瞳はきりりとした強さを宿している。
メガネがあったらきっと似合いそうだ。
まっすぐ伸びた背筋、迷いの無い自信に満ちた眼差し。
向こうの世界でこういう女性を見たことがある。
自分の仕事にプライドと自信を持つキャリアウーマン。
「ミュールズと申します。三人の皇子様達の教育と、側仕えを担当させて頂いておりました。
姫君のお世話をさせて頂くのは初めてなので、不慣れもあるかもしれませんがよろしくお願いいたしますね」
褒めては貰ったけれど、今日、皇女になったばかりの私には正直、何をどうしたら皇女としての仕草なのか解らない。
とりあえずは言われるままにすると決めて、ミュールズさんの指示を待つことにした。
「まずはお部屋へ。着替えと入浴を行います。
それからは、ゆっくりお休みになって下さいませ。午餐の少し前にお声かけを致しますので、入浴とお着替えをなさってお食事。
その後、身体を拭いてお着替えをされて御就寝という形で進めさせて頂きます」
よろしいですか?
と聞かれるけれど、ほぼ決定であるので私には多分、選択権は無い。
あ、でも。
「護衛兵や魔術師、ゲシュマック商会の者と、大聖都についてからのことについて相談をしたいのですが…時間は取れませんか?」
リオンやフェイと話をしたい。
儀式の時の精霊石の事だけでも。
「本日は難しいと思われます。相手にも仕事や予定があるでしょう。
湯あみの準備の間に依頼書をご用意頂ければ届けて、明日にも時間を取ります」
「解りました」
こういうところが、皇女として気を付けなければならないところかな、とも思う。
今までゲシュマック商会の娘として思いついたら即行動、夜討ち朝駆け当たり前、だったけれどそれでは今後は多分拙いのだ。
向こうの世界で読んだ転生系ファンタジーにも載っていた。
会見には根回しや準備も必要だと。
そうして部屋に行き、私は着替えとお風呂をミュールズさんと、それを手伝うセリーナの手を借りて行った。
ちょっとした貴族の館のような立派なこの家は、基本年に一度の皇王陛下の大聖都行きの宿としてしか使わない宿舎なのだそうだ。
こういう館が各地にいくつもあるのだとか。
狩りの為の館とか、視察の為の館とか。
勿体ない。宿屋とかに使えばいいのに、とちょっと思うのは庶民癖が抜けてない。
猫足ならぬ獣脚バスタブで身体と髪を洗って貰うと、緊張に強張っていた身体から力が抜けるのが解る。
「姫様! お疲れなのは承知しておりますが、お風呂で寝ないでくださいませ! 溺れますよ!!」
「いろいろ、大変だったようですね。マリカも」
「笑い事じゃないよ。
ホント。皇女様って大変なのがよく解った」
「お疲れさん。頑張ったな…」
翌日、二日目の宿での午餐前。
ようやっと許可が降り、会う事ができたリオンにフェイ、アルを前に私はやっと皇女からマリカに戻れた気がした。
今、ここにいるのはミーティラ様とセリーナ。
プライベートな話をしたいのだろうと察してくれて、二人を護衛兼侍女として入れる事を条件にミュルーズさんは明日の準備に回ってくれた。
「ここ数日は遠くからしか見る事が出来ませんでしたが、本当に凛々しくて可愛らしい、見事な皇女ぶりでしたよ」
「街でもすっごい人気だったぜ。マリカ。
戻ったら肖像画とか、人形とか売りだされるんじゃね?」
「えー、やだ。肖像権の侵害。お金取るよ」
こういう何でもない会話が凄く嬉しい。
「でも、大神殿の奥に死んだ精霊石か…初耳だな」
あっと、いけない。気を付けないと。
時間にそんなに余裕があるわけじゃない。こうして話ができるのは午餐の準備前の一刻弱だし。
「完全に死んだ、訳ではなかったと思う。昔、魔王城の最上階で見たのよりも小ぶりで、少し反応もしていた。
エルフィリーネは、精霊石の死は在りえない事…って言ってたよね」
昔、まだリオンの正体も知らなかった頃、魔王城の最上階で『死んだ精霊石』を見た。
シュルーストラムは全ての『精霊の長』であるとその石のことを言っていたっけ。
「精霊っていうのはある意味、不滅の存在だからな。滅びても時間をかければ蘇る。
喰われても救い出せば、力を取り戻せる可能性がある」
「リオン兄も何度も転生してるもんな」
チクッと、何かが胸を刺したけれど、気付かないフリをする。
「じゃあ、あの神殿の精霊石は『死んだ』訳じゃなくて眠っていただけなのかな?
力を使い果たした、とかで」
「そうかもな? 本当なら子孫でないと目覚めさせられないけれど、マリカだ。何か感じ取って相手も反応したんだろ」
「『助けて』って言ってたみたいでもあったんだよね。何から助けて欲しいのかな?」
「順当に行くなら神、だろう。囚われているような状態なのかもしれない。実際に見てみないとなんとも言えないが…」
「大神殿に安置されている以上、下手に手は触れられませんからね。
慎重に調べて行きましょう」
神殿の精霊石についてはこれ以上は解らないし、言えないから保留。
あとは、大聖都での対応の方だ。
結局は出たとこ勝負しかないのだけれど。
「うん。警備とかの方はどう? 私は馬車の中にずっといるから外の様子解らないんだけど」
「旅程は順調。予定通りなら明日の夜には国境に着いて、明後日は大聖都だな。
国王会議に向かう皇王を襲うバカはいないので今の所は問題ないと思う。時々魔性が絡みついてくるけど、それは蹴散らしておくから」
「ありがと。リオン。リオンも気を付けてね」
「ライオから下賜されたって形で、エルーシュウィンが使えるようになったからな。
下級魔性なんか敵じゃない」
魔性は普通の武器でも倒せるは倒せるけれども、固かったり再生力が強かったりして普通の護民兵とかだと対処が難しいらしい。
精霊の力の籠った武器、魔術、神官の魔術が効果的、とのこと。
「でも今は、リオンも精霊の力は殆ど使えないんだから…」
リオンが精霊の力を使う為のバングルは私が預かってアクセサリーの中に紛れ込ませてある。
大聖都で精霊の力を使うのは危険だと思うけれど、本当に必要な時にすぐ使えない状態なのは心配だ。
でもリオンは、軽く肩を竦めて涼し気な顔をしている。
「もう慣れた。今まで精霊の力に頼ってばかりだったからな。
この旅は新しい戦い方を勉強するつもりでやるさ」
「無理はしないで下さいよ」
「ああ。汚らしい魔性に、マリカにもアルにも皇王様達にも指一本触れさせやしない」
リオンの身を案じる私達の心配とは、斜め上方向の返事は頼もしいけど、別の意味で心配。
明後日は大聖都。
いよいよ、敵の本拠地に突入だから。
比較的順調だった道行に、初めて障害と言える障害が立ちふさがったのはアルケディウスを出て四日目。
国境を越えてすぐの事だった。
「魔性だ! 馬車を止めて脇に寄せろ!!」
リオンの良く通る声は、箱馬車の中にも届いていた。
「まあ? 魔性?」
「アルケディウスの誇る少年騎士が警備しているのだ。心配する必要はない。
ほれ、マリカも心配してはおらぬであろう?」
不安げな皇王妃様を宥めるように皇王陛下が笑う。
実際、一番大きな揺れは静止の時のもの、くらいで馬車にはまったく揺れは来なかった。
外で風が動く気配はするけれど、心配する程のことはないと解る。
「あれ?」
暫くして馬車の外が騒がしくなっている事に私は気付いた。
敵との戦いで苦戦している、とかそんな感じじゃない。
なんだか人が増えて…話をしているかのような…。
なんだか、言い争っているような…。
暫くして、控えめに馬車の扉を叩く音が外からした。
「どうした?」
中から問う皇王陛下に、まるで苦虫を噛み潰したような、言い辛そうなリオンの返事が返る。
「大聖都からの警備兵が護衛に加わると。皇王陛下と姫君にご挨拶をしたいと申しております」
「何?」
「どうなさいますか?」
「儂が話そう。リオン」
「はっ!」
注意深くリオンが扉を開き、合図を送る。
皇王陛下が外にお出ましになると同時、ザザッと地面を何かが叩く音がした。
それが大勢が跪いた音がと気付くと同時、馬車の中にも声が届く。
「皇王陛下には、この姿では初めてのご挨拶となりますことをお許し下さい」
朗々と響く、若く自信に満ちた声。
どこかで聞いたことがあるような、無いような…。
「其方は一体?」
皇王陛下の問いに若い男性いや少年と思われる人物は堂々と名乗りを上げた。
「僕の名は今生の名はエリクス。勇者アルフィリーガの転生です」
と。
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