月明りだけが照らす秋の夜のツリーハウス。
気持ちを確かめ合った私とリオン。
多分、もしこのまま何もなかったら、この場で流されて身体を重ねていた可能性は高い。
まあ、初体験の場所にしてはちょっと寂しいけれど、それはそれで忘れられない思い出になっていたかもだし。
だから、正直、ちょっと思わなくもなった。
「ちっ! なんでこんな時に」
リオンが私の気持ちを代弁するかのように吐き出して、通信鏡を服の隠しから取り出す。
ほぼ同じ時に、私のドレスの隠しに入れておいた通信鏡も受信を知らせている。
相手は……。
「? ゲシュマック商会から?」
「こっちはフェイだ。俺がなにをしているか解ってるはずだろうに知らせて来るなんてよっぽどの急用か?」
ゲシュマック商会も、ラールさんが私の変化を見ている。
事情は知っているからよっぽどのことが無い限りは連絡してこないと思う。
ましてこんな夜遅くに。
つまりは相当な急用ということだ。出ないという選択肢はない。
頷き合い、二人それぞれに通信鏡に耳を当てる。
「マリカです。どうかしましたか?」
「何があったんだ?」
示し合わせた訳でも同じ所からかけてきた訳ではないのだろうけれど、異口同音。
明らかに狼狽を示した声が夜の森に響く。
『『大変です! アルが消息を絶ちました!』』
「「なんだって!!」」
受けた私達も異口同音。叫ばずにはいられない。
『マリカ? 今の声はマリカですか?』
リオンの通信鏡、フェイが耳ざとく私の言葉を捕らえたようだ。
「ああ、一緒に魔王城に戻ってきたからな。側にいる」
『なら、丁度いいです。マリカの事情は分かっていますが、緊急事態です。
アルケディウスのガルフを連れて、大神殿に来て頂けませんか?
フリュッスカイトにいるエリセとクオレにも転移陣の使用許可を出しますので』
「解った。そっちは俺が迎えに行く」
『お願いします。事態はかなり深刻です。消息を絶ったと言いましたが、紛れもない誘拐ですから』
「誘拐? アルを?」
『ええ。しかも犯人はエリセを先に攫い、エリセを返して欲しくばアルに来いと命じたようなのです』
「え? エリセは無事?」
『無事であると先ほど、通信鏡の連絡がありました』
これは私の通信鏡の繋がった先、ガルフの声だ。
『ただ、誘拐犯の目的はどうやらアル自身とマリカ様であるようで……』
「私、ですか?」
『詳しい話は後程。国境を超えた先での話なので、対応にお力をお借りできれば幸いです』
「解りました。直ぐにアルケディウスに戻りますので、ガルフは貴族街店舗か神殿に急いで来て下さい」
『神殿に直接参ります。では』
ガルフの様子にも焦りが感じられる。
「行こう! リオン」
「マリカ。お前はここで留守番していた方が良くは無いか?
その姿をあまり人前に晒すなと言われたんだろう?」
心配そうにリオンが私を見るけど、首を横に振る。
「アルの非常事態にそんなこと言ってられないよ。ここで一人で何もできずに待っているのもイヤ」
「まあ、お前はそう言うよな。解った。行くぞ!」
リオンはあっさりと説得を諦めて、私の手を繋いでくれた。
一緒に飛翔して転移陣へ。
それからアルケディウスに戻って、大急ぎで馬車を用意して貰って神殿に向かった。
「マリカ! お前も来たのか?」
「お父様!」
神殿について見ればガルフだけでなくお父様も待っていた。
どうやらフェイかガルフが第三皇子家にも連絡したらしい。
「どうか、家で引っ込んでいろ、なんて言わないで下さいね。
アルの緊急事態。しかも、私も狙いのようですから」
「だからこそ、お前は表に出ない方がいいのだが……。いや。いい。
止めても無駄なのは解っている」
「ありがとうございます」
「行くぞ。マリカ。転移陣の開門を頼む」
「はい」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、息を吐きだすと、お父様はマントを翻す。
私もその後に続き、大神官特権で転移陣を開くと、大神殿に向かったのだった。
大神殿の神官長の部屋で待つこと暫し。
「マリカ姉!」
「エリセ!」
エリセが部屋の中に飛び込んできて、私に縋りついた。
泣きじゃくるエリセは繰り返し、
「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいでアル兄が」
と訴える。
「泣かないで。エリセのせいじゃないから。悪いのは犯人」
泣きじゃくるエリセの背中をなでながら私は沸き上がる怒りを止められないでいた。
エリセを泣かせ、アルを攫った犯人。許すまじ。
「ケガをさせられたり、乱暴されたりしてない?」
「それは、大丈夫。ちょっとの間だけ、気絶させられて、首飾りを盗られたけれど、首飾りはクオレさんから返してもらったから」
「クオレが?」
どこか、申し訳なさそうな顔でうなだれながらもクオレは私達の促しに事情を説明する。
アルが連れ去られた時、一緒にいたんだって。
「エリセの首飾りは、誘拐犯が、エリセを人質にしているという証拠にアルに見せつけたんです。二人でフリュッスカイトのでの商業契約を終えて帰る時に路地に引き込まれて。
剣で戦おうとしたんですけれど、そいつらが首飾りを見せてエリセを預かっている。
アルが一人で同行するなら、無傷で返す。と。
それで仕方なくアルはそいつらについていきました」
「エリセに護衛とかはついていなかったんですか? アルには?」
「旅先なんで一人で行動しないようにはさせていましたが、特に騎士や傭兵の護衛を雇ったりはしておらず。油断しました。エリセはハンスと一緒にいたんですが、ハンスは縛られて路地裏に転がされていたのを発見されています」
「計画的に、アルを狙って犯行に及んだようですね。
最初からアルの誘拐が目的だったとしか」
嫌な予感が止まらない。
ガルフも、フェイもリオンも真っ青な顔をしている。
プラーミァの『精霊神』様からも忠告頂いていたのに、みすみすアルを見失ってしまうなんて。
「何か、犯人の手がかりとかはありませんか?」
「……変なことかもしれませんが、悪辣なゴロツキという印象は無かったんです。
動きが洗練された兵士のような。
誘拐犯として交渉した相手も、言葉の発音が綺麗でどこか、上流階級を思わせました」
「上流階級……ですか?」
「最近、アルには、貴族や商家から誘いが来ているんです。
養子の話や縁談なんかが」
そういうただの欲が根底にある誘拐だったら、まだいい。
身代金目的とか、アルの知識とか、契約関係とかが目的であればどうしたって交渉して来るだろうし、その機会に奪い返すこともできる。
でも……『精霊神』様の忠告のようにアルに『神』に纏わる何かがあったとしたら、誘拐され相手の手に落ちた時点で彼らは目的を果たしているということもありうる。その場合、取り返すチャンスもなくアルが酷い目に遭わされることも。
「後で、アルに交渉を仕掛けてきた相手を教えて下さい。手紙や文書などが届いていたのなら控えますよね」
「あ、はい。フリュッスカイトに来ていた分だけなら、直ぐにでも」
「お願いします。後、他に手がかりは?」
「……そう言えば、よく解らないことですが、伝言を頼まれました。マリカ様に」
「私に?」
「はい。犯人に警戒してか、精神感応で、でしたけれど」
クオレには自分の思いや言葉を相手に伝える『能力』がある。
基本的に相手に言葉を押し付けるだけだけれど、アルとは長い付き合いのせいか、気持ちを読み取ることもできるのだと聞いたことがある。
「送った手紙を見てくれ。と。あと、火の王に挨拶して来る、と」
手紙、については今、ちょっと解らない。
数日寝込んでいた間に、アルからの手紙が来ていたかもしれない。
話が終わり次第、カマラかミュールズさんに聞いてみないと。
でも、火の王。
一瞬、犯人はまさかプラーミァ?
と思った私は、次の瞬間息を呑み込んだ。
蒼白を通り越して、真っ白になったリオンとフェイの顔に。
そして思い出した。
火の王の杖、フォルトシュトラムの所有者。
ヒンメルヴェルエクトのオルクスを。
『神の子ども』と『精霊神』様が呼んだ魔術師の顔を。
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