神殿と地方領地の協力企画については軽く提案したことだったけれど、なんだか思ったよりも大きなことになりそうだった。
「マリカ様。もし、知識をお教え下さるのであれば、先にアルケディウスの文官に願えないでしょうか?」
お父様とお母様に相談し、凡その概要を纏めた後、皇王陛下と皇王妃様へ許可を願い出た。
そしたら話を聞いていたアルケディウスの文官長タートザッヘ様がそう言ってきたのだ。
「先に? というのは?」
「農業、植物に関する姫君の知識、先にアルケディウスの文官達に学ばせたく思います。
野菜の種類、魚の種類、その他、どういう味でどのように食べられ、どのような値が付くかを知らねば今後の事業展開にも支障が生じますので」
気持ちは解る。
私も知識を覚えて手足になってくれる人は多いほうがありがたいと思うし……。
ただ、現実問題として時間が無い。
講師を外部に委託するにしても、言い出しっぺの私がいないとスムーズにいかないだろうし。
「そういうことなら、講習会にしてみるのはどうでしょうか?」
「コウシュウカイ? 何でしょう? それは?」
この国のことなら大抵なんでもご存じというタートザッヘ様がご存じないということはそういう概念がない世界なのだと思う。
まあ、中世異世界だし、世界のメインは基本的な知識は身に着け終わっている大人達だし。
この間フラーブが言っていた事から察するに新しい知識を学ぶとか、スキルアップとかキャリアアップなどしてないような気がするのだ。
「講師を招き一人の人間が多数の人間に自分の考えや知識を教える集会です。
昔は学校、貴族が集まって知識を学ぶ場所があったのですようね?
それの特定知識版だと思っていただければ」
一人一人に一対一で教えていたのでは効率が悪い。
大勢の人を一か所に集めて一気に教えたほうが無駄なく多くの人に知識が伝わる。
向こうの世界では保育士とか教員は毎週なんかの研修会があるんじゃないか、ってくらい研修会、講習会、研究会がいっぱいあった。
「講師……教えるのは私や、ゲシュマック商会の者が行います。
知識を習得したい参加者はお金を支払って話を聞くという感じですね?」
「金銭を取る?」
「無料でも構いませんけど、今回に関しては。
タダだと身につかないと思うんです。
レシピや野菜の知識などは他国ではお金を頂いてますし。
だから身銭を切っても自分の知識を高めたい、能力を高めたい、と思う人に聞いてもらおうかな? って」
命令だから聞く、だと身につかないし。
意欲のある人、やる気のある人選別の意味もある。
「お金を取る以上、ある程度はお得感を出しますよ。
植物紙でレジュメ、資料を作ったり他にも色々」
説明するとタートザッヘ様は興味深そうに頷いて下さった。
「なるほど。理にかなっておりますな」
「面白い。好きにやってみるがいい。
ただし、一人で抱え込まず、ライオット達やゲシュマック照会などともよく話し合い連携をとってな」
「ありがとうございます」
こうして皇王陛下のご許可もとったので、私はゲシュマック商会のガルフにも相談して概要を纏めた。
そして二日後
「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」
私はアルケディウス本神殿。礼拝堂に集まった人たちに声をかけた。
そこにはずらーっと30歳くらいから50歳くらいまでの男性が集まって座っている。
最前列にはタートザッヘ様も。
最初は跪いていた彼らを立たせ、席についてもらって本題に入る。時間がもったいない。
壇上に立つのはリードさんと、助手を頼んだフラーブ。
「ここに集まって下さった方は、各地方神殿の方や、アルケディウスの文官の方が殆どだと思います。これからお話しすることは強制ではありません。興味がない方、やりたくない方は戻っていただいてかまいません」
ざわざわと空気が揺れるのが解った。
多分、子どもの皇女が何を言い出すのか、何をやらせるのか、上からの命令や新しい子ども神殿長の呼び出しで何を命令されるのだろう。と思っていた人たちが殆どだろうから。
「今、アルケディウスは空前の成長期にあります。
『精霊神』様が復活され、『新しい食』の広がりで人々も活気を見せています。この成長の勢いを止めずさらに躍進させていく為に、皆さんに『新しい食』に関する知識をお教えしたいと思います。
私やゲシュマック商会が広く動ければいいのですが、今後、アルケディウス中、そして世界に『新しい味』が広まっていく事を考えると、多くの人に知識と分け合い、それをさらに多くの人に伝えていったほうが将来的にいいと思いこの場を作りました。
食用植物について。その栽培と運用方法。扱い方の注意点など。
今までから一歩進んだ仕事をしたいと思う人はこれからの話を聞いていって下さい」
そこまでの話はみんな、顔を輝かせて嬉しそうに聞いている。
私が
「参加料は少額銀貨一枚です」
と告げるまで。
「ただの知識にお金を取るのですか?」「平民の、しかも商人から教わって?」
ざわざわざわ 特に貴族の文官達が騒ぎ出す。
でもただの知識、とは聞き捨てならない。
知識はただじゃないんだよ。
「料理のレシピは金貨一枚で販売しています。
それを運用するのに必要な知識ですから。
最初に話した通り、強制ではないので必要ない、と思うのでしたら別に戻って下さって構いませんよ。それを理由に降格させるとかはしませんので」
にっこり、と私が微笑むと不満そうではあったけれどみんな押し黙った。
一応、皇女で『聖なる乙女』で神殿長だしね。
これがゲシュマック商会の丁稚時代だったらまた変わったかなあと思うけれど、表向き身分社会の最高位の不興は買えないと思ったのだろう。
最前列にはタートザッヘ様もいるしね。
ちなみに戻らなくて多分正解。
降格はしなくても、やる気がないと査定されて上に上がれなくなったりする可能性はあったから。
全員から参加費を徴収してからリードさんに視線を向ける。
「では、講習会を始めます。今回のテーマは、アルケディウスで運用されている食用野菜とその加工について。リードさん。お願いします」
「解りました。
では、皆さん、お手元にこれから配る植物紙をご覧ください。
特に重要な点を記してあります。
実物も後ろのほうに並べておきます。後、食品納入基準と食品図鑑は数人で見て下さい。
高価なものですから、汚損の無いように」
不満げな顔が見えたのは講義が始まるまでだった。
ゲシュマック商会の番頭で、使用人達の指導教育係をしているリードさんの話し方はとっても上手で向こうの世界で研修会の講師もできそうなくらい、理路整然として分かりやすい。
加えて今まで外に知られていなかった植物や、当たり前にありすぎて無視していた果物の具体的な使い方などにみんな、興味津々といった顔で真剣に話を聞いている。
少し嬉しくなった。
大人の人達も未知の知識を知りたい、学びたい。
という思いがあるのだと。
私もなんだかんだで講習会や研修会は好きだったんだよね。
なんだか懐かしい。
講習会の後は、定番の質問タイムだけど、向こうと違いリードさんは質問攻め。
みんなのやる気が伺える。
そして、講習会の後、私は各地の小神殿の長達を呼び出すと、地域振興の助力をお願いした。
「私はアルケディウスの皇女として、神殿長として皆さんと協力して、この国や人々の生活をよくしていきたいと思っています。力を貸して頂けませんか?」
信頼の証として転移陣のカギを渡し(勿論複製はしたけれど)一人ひとりに微笑みかけて。
すると
ザザザッ。
「え?」
見れば全員が一斉に跪いている。涙を浮かべている人もいるっぽい。
どうしたの?
理由が解らず慌てていると、初老の男性の一人が顔を上げ、代表するように私を見た。
「我々は、言わば権力闘争に敗れ、閑職に追いやられた者たちにございます。
地方での代り映えのしない日々が永遠に続く。それに正直飽き飽きしておりましたが、今回の学びと皇女のお言葉に、目が覚めた気分です。
世の中には、まだ未知なることが存在し、我々にもできることがあるのだと。
我々を必要とし、信頼を与えて下さった皇女に『神』に等しき忠誠を。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」
その言葉通り、各地の小神殿の人達は、その後、地域と連携して新しい畑の開墾や産品の発見や開発に尽力してくれた。
神官達が精霊術を使ってくれたおかげで、地方でも新しい畑の開墾や、栽培がかなり楽になったそうだ。
もちろん、それに見合う給料も出したけど、私はやはり、人間が仕事をする上で、スキルアップの機会と必要とされるというやりがいは重要なのだな、と改めて実感した。
あ、後余談だけどその後『講習会』方式の勉強会はちょっとしたアルケディウスのムーブになった。
今までは教育方法とかノウハウは抱え込むことが多かったのようなのだけれど、分け合い共に発展して行こうというそのきっかけになったのならいいと思う。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!