翌日、私は自分が眠っていたことに気が付いた。
かなり遅くまで布団の中に丸まって潜っていた気がするのに今は、手足を伸ばして普通の寝スタイル。
額がちょっと暖かい。身を起こして枕もとを見てみれば、細い銀毛が数本。
「もしかしたら、ラスさまが側についてて下さったのかな?」
『精霊神』様は、なんだかんだで、いつも私の事をご覧になっている。
姿が見えなかろうと困っている時には助けて下さっていた。
多分、私とリオンの会話を見ておられたのだろう。
慰めに、というか眠らせに来て下さったのかな。とも思う。
でも今は、それさえも道具が余計な事をしでかして壊れないように、の監視。とか嫌な勘繰りをしてしまう。相手も解っていて、なおかつ問い詰められても真実を語れないから、私が目を醒ます前に消えたのだ。
なんてことを考えてしまう自分自身に嫌気がさしながらも、私は寝台から起き上がる。
そろそろ皆がやってくる。朝食が終わったら、直ぐに七国会議だ。
私が『星』の道具で、人々の生活を導くのが役目なら、道具は道具らしくその務めを果たさないと。
「マリカ」
「おはようございます。なんでしょうか?」
「今日の会議の後、少し話がある。時間を寄越せ」
食事の後、会議の前。お父様が私に話しかけてきた。
お父様は、多分、私の正体とか、悶々とした思いに気付いている。
昨日、リオンを差し向けて下さったわけだし。
国王会議に来る前にお母様に弱音を吐いたからそれが耳に入っているかもしれない。
心配して下さっているんだろうと解っている。
情けないな。
人間じゃなくてもいいって覚悟決めてたつもりだったのに。
いざつけられるとこんなにモヤるなんて。
だから、なるべく心配をかけないように
「プラーミァとの夕食の後ならなんとか。それでいいですか?」
「本当は、早い方がいいが……まあ、それでいい。
無理はするなよ」
ぽんぽん、と頭を優しくな撫でで下さったのが嬉しい。
お母様は、私が精霊であろうとも、関係ないと言って下さった。
お父様もきっと、精霊だからなんだ。って笑い飛ばして下さりそうな気がする。
そうしたら、このもやもやした気持ち。重くて働かない心と身体。
悪い方、悪い方に考えてしまう思いは軽くなるだろうか?
七国の国王会議の本格的初日。
今日は昨日の舞踏会で示された各国の得意分野の発表とそれを他国の技術と組み合わせたら、というのが主な論点になる。
「まずは、通信鏡の普及と、廉価タイプの開発が急務となるだろう」
議長はプラーミァのベフェルティルング様。
今までは最年少として侮られることが多かった、と愚痴っておられたけれど今回からは堂々たる中堅。会議の進行役を務めている。
「アルケディウス。通信鏡の作り方の開示はやはり困難でしょうか?」
参加国、全ての思いを代表するようにヒンメルヴェルエクトの大公オーティリヒト様が伺うように問いかけた。ヒンメルヴェルエクトは六カ国の中で通信鏡を手に入れるのが一番最後だったからこれ以上乗り遅れたくないという思いがおありの様子だ。
「開示しても自国での製作はかなり困難であると思われます。技術的なものはともかく、カレドナイトの液状化と回路の定着に膨大な精霊の力が必要なのです。
現在アルケディウスでは若く力ある二人の杖持ち魔術師が時間をかけて行っております」
答えるのは皇王陛下だ。私はその横で質問があった時に応えるオブザーバー。秘書官としてお父様にフェイ、リオンも側近兼護衛として側についている。
各国も本来だったら参加する王族は国王だけという場に王子や公子、王太子などを秘書官名目で連れてきていて真剣度が伺える。
「それにカレドナイトそのものも近年需要が伸びております。加えて今後の研究次第ですが転移魔方陣の修復などにも使用することになりそうなのでとにかく、通信鏡に、というのもどうかと思うのですよね」
そう発言したのはシュトルムスルフトのアマリィヤ女王。彼女の発言に文字通り各国王の目の色が変わる。
「機能を停止した転移魔方陣の修復が可能だと?」
エルディランドのスーダイ大王が目を輝かせる。エルディランドは農業が盛んになってきているけれど、その流通に難儀しているそうだ。長い年月と不老不死による魔術師不足で壊れた転移魔方陣を早く修復したいという。
「シュトルムスルフトの風の術をもってすれば。術式はかなり解明できておりますので。
おそらく現時点で修復可能なのは私と甥、後はごく僅かの者だけですが」
「カレドナイトを用意して正式に依頼すれば修復を受けて下さるのか?」
「検討は致します。対価は勿論頂きますが。甥であるアルケディウスの皇王の魔術師に依頼する時も同様の支払いと対応を望みます」
アマリィヤ様がフェイの方をチラ見する。
アマリィヤ様とフェイの関係については国王会議が始まる前に皇王陛下との話し合いがあって、正式に公表してある。シュトルムスルフトの王族であり、国王アマリィヤ様の甥。アルケディウスに婿入り待遇で籍を移していると。
隠しておいた方がいいとも思ったのだけれど、フェイの顔は私の従者として知れているしアマリィヤ様と並ぶと言い訳のしようがない。だから、公表した上でフェイに頼みごとをするなら自分とアルケディウスを通せ。とアマリィヤ様は圧力をかけたのだ。
「またもアルケディウスか? 姫君といい、少年騎士といい、人材を抱えすぎでは無いか?」
「子どもの保護と育成を適切に行っていけば、人材はおのずと育っていくと思います。
どうかご検討をお願いします」
「まあ、その方向で話は進めているが、それでもマリカ姫のような傑物はそう出る者では無いのだ」
「私以上の才をもった子も見つかるかもしれませんよ。アーヴェントルクは今後、カレドナイトの供給にも力を入れて頂きたいですし」
アーヴェントルクのザビドトゥーリス皇帝陛下が恨めしそうに私達を睨んだので、私はできるだけにこやかな笑みを顔に貼り付けてお辞儀をした。
「マリカ皇女については、今年も各国に巡って頂けると期待してよいのか?
アルケディウス皇王陛下」
「正式な要請があればそれに沿う形で検討します。期間や順番については各国相談の上で」
「ならば今年は順番を逆にして頂きたい。昨年一年間、おいでを待つだけの日々はあまりにも長かった」
「ヒンメルヴェルエクトはまだ姫君の御訪問があって数か月だろう? 少し間を開けた方がより成果を出せるのではないか?」
「視察に適した時期というのもあるのだ。ヒンメルヴェルエクトの農地の最盛期に見て頂いて加護と助言を賜りたい」
「そういうことなら、エルディランドは少し後でも構わない。秋の収穫時期の方がリアや新しく発見された作物の使用法などを考えて頂けるからな」
「シュトルムスルフトも少し後がいいでしょうか? アスファルトによる舗装道路と石油精製の結果を見て頂くにはもう少し時間が……」
ダメだ。こうしていても、頭の中が嫌な音を立てて渦巻いていて目が回りそう。
変な耳鳴りも聞こえてくる。
私達がアルケディウスに縁付いたのも、みんな仕組まれたことだったのかな、とか私の正体が精霊だって本気でバレたら、やっぱりアルケディウスは恨まれるのかな。争奪戦になるのかなって。そんなことばかり考えてしまう。
活気ある討論や各国の発明品についての話は聞いているのも楽しいのだけれど。
うー。頭が痛い。
「マリカ様? 御加減が悪いのですか? 朝、ミュールズ様も心配しておられましたが」
「大丈夫です。心配しないで。カマラ」
色々な話が本当に盛り上がって、午前中の数刻はあっという間に過ぎてしまった。
これから昼休憩を挟んでまた会議。
昼休憩と言ってもエルディランドとの昼餐だ。
「其方の料理が食べられるのを楽しみにしていた」
スーダイ様が満面の笑みを浮かべて私に微笑む。ちょっと舌なめずりして本当に嬉しそうなのはとても喜ばしい。
各国共少し恨めしそうな顔をしている。余裕があるのは夜に約束しているプラーミァくらいだろうか?
こればっかりは仕方ない。食事を共にしながらの話し合いは会議以上に気を遣う。
何カ国も一度に相手をするのは無理だからね。
「私が直接作ったわけでは無いですけど、送って頂いた小豆やサツマイモを使って料理をするように献立を組みましたので」
国王会議の料理は基本皇王の料理人が担当。
私もアドバイスが必要な時は多少お手伝いするけれど。
あー、こんな雑談の中でさえ、向こうの世界で読んだだけの料理レシピが妙にはっきり記憶に残っているのはそういうプログラムだったからか。
なんて思ってしまうあたり、私、完全に病んでる。
「あのサツマイモ? 焼かせて食べてみたがなかなかに甘く美味だったな」
「荒地にもけっこう育ちますし、加工しても美味しいですから。
栽培が軌道にのりましたらぜひ、アルケディウスにも苗を……」
『マリカ』
「何でしょうか? スーダイ様」
「どうした? 私は呼んでないぞ」
会議場を出た廊下。皇王陛下の後を進んでいく私達。
シュンシー様は多分、もうアルケディウス区画でお待ちの筈だ。
ぐるぐる、底なし沼のような泥ついた意識を振り払い、当たり障りのない話をしていた私は、誰かに呼ばれたような気配に立ち止まった。
「え?」
「大丈夫か?」
「わっ!」
と目線を合わせるように覗き込むスーダイ様と目が合った。
ちょっと、ビックリ。
隣を歩いていたのに気が付かなかったのか。っていうか、今、声をかけたのはスーダイ様じゃない?
「顔色が良くない。連日の舞や公務で疲れたのではないか? 休んだ方が……」
「だ、大丈夫です……わ、た……し」
呂律が回らない。身体が動かない。
ダメだ。相当ポンコツになっているみたい。
それに重い負荷がかかって
プツッ。
身体と心の接続が切れた。音を立てて。
「「「マリカ!!」」」
いくつもの声がする。私を心配してくれる声が。
でもそれが遠い。ホントに遠い。
手足が冷たい。体温を感じない。指先まで力が入らない。
崩れる膝もそれを支えてくれた腕も、体温も感じられない。
ダメ。もう……限……か、い。
「マリカ!!」
そうして、私は機能停止。
暗い意識の泥沼に堕ちていったのだった。
『ハハハハハ! この時を待っていたぞ!!』
楽し気な笑い声を遠くに聞きながら。
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