マルガレーテ様の歌が終わったとほぼ同時。
「ああ、懐かしい歌だね」
「『精霊神』様!」
ぴょこん、とどこからともなく現れ、私の腕に飛び込んだのは可愛らしい子犬。
ヒンメルヴェルエクトの精霊神様だ。
『この歌は、第二の国歌と言われる程に、皆に愛されていた。
また、もう一度聞くことができるとは思わなかった。ありがとう。マルガレーテ』
「あ、いえ。貴方はもしや、アメリカの希望と言われた能力者……」
『その名は、もう向こうに置いて来た。今は光を預かる者にしてこの国と大陸の『精霊神』キュリッツォだ。……遠い日、あの人と約束した心は、遠い星でも確かにこの国の民に宿っている。と嬉しくなってね』
各精霊神様達は、基本的に端末でしゃべれることを明かしていない。
まあ、アーヴェントルクのナハト様や、アルケディウスのラス様みたいな例外もいるけど。
後は選ばれた王族だけだけどフリュッスカイトのオーシェ様とか。
「私は、この国の民と言えるのでしょうか? 今も、遠い故郷に心を残す『神』の子ですのに」
『『神』の子とか、この星生まれとか、あんまり関係ない。アースガイアの大地に立ち、生きる者は皆、星の子ども。僕らが守るべき者。ましてや、君は僕の子孫に愛され、選ばれた公子妃だ』
ちらりと横を見るキュリッツオ様に頷くようにアリアン公子が頷く。
この星の人々や、マルガレーテ様への思いは強すぎるけれど、アリアン公子は有能な王族だ。納得したことに関しては話も分かる。
『『神の子ども達』についても徐々に受け入れを進める。だから、安心して君達は自分が為すべきことするといい。未知なるものに挑み、未来を切り開く。それが僕達の故郷の魂。
フロンティアスピリットだ』
「はい。『精霊神様』 誇り高き、私達の白き館に賭けて」
『神』はもしかしたら、自分の子ども達も故郷に近い所に目覚めさせているのかもしれないな。と少し思う。故郷に似た建物とかがあれば馴染みやすいものね。
まだ冷凍睡眠の中にあるという子ども達を起こす時はその辺も注意しよう。
その後、私達はヒンメルヴェルエクトと完全に和解して、マルガレーテ様の歌手デビューについてと、子ども達の教育に音楽を取り入れる話などで盛り上がった。
向こうの世界での発明された蓄音機、カメラ、精霊の力を使わない情報通信についてなど。
こちらの科学技術で、向こうの文明をどのくらい復活させることができるか。
色々と考えてみる。
既に、最初の開発から二年が過ぎて、ガソリン自動車、機帆船、ゴム製タイヤのドライジーネ(自転車)などが実用化まであと少しという所まで来ている。
精霊の書物の中に設計図とか、科学式とかがあったからね。
プラスチック製品や、ナイロン製品なども一般使用できるのはまだ先だけれど、形だけはできている。それに精霊の力を加えて、地球とは似て非なるものが今後、どんどん作られてくるだろう。
「『精霊神』様は、『この世界で生きる者達の生活を豊かにする道具は、自分達の技術によって作るべきだ』というお考えをお持ちなので、自分達で書物を読み解き、工夫して作る分には静止はかけられないそうです」
『逆に、教えることもしないよ。子どもが親に手を引かれる時期は終わっているからね』
「そうなると、精霊古語の書物の読み解きが必須ですね。民達にも頑張って貰わないと」
アリアン公子は、そう、言ったと同時、ふと、思い出したようにマルガレーテ様と、オルクスさんを見た。
「其方達、『神』の国の子らは、『神の言葉』精霊古語を読むことができるのではないか?」
「勿論できますが、殆どが自国のものだけしょう」
「私達で言うならヒンメルヴェルエクトの書物は読めますが、他の国の言葉は読めません」
「だから、其方は精霊古語の書物が読めたのか?」
うん、納得の話。
コスモプランダーの生き残りの子ども達を、移民として連れて来る時、精霊神様はなるべく自国やその近辺の子達を同じ船に乗せたことだろう。その方が、後々の生活がやりやすいだろうから。
アースガイアの共通語を用意し、それを教えて広めたことで各国の言葉は少しずつ忘れ去られて行ったけれど、人や植物の名前などにその面影を今も残している。
「では、まだ眠りについている子ども達を起こせば、多くの書物が読み解けるのではないか?」
「可能かもしれませんが、読めるのと理解できるのは違うので……」
「?」
「専門的な知識や技術が無いと理解できないことも多い、ということですわ。
私は音楽や芸術関係の知識は持っているので、その手の本があれば理解することは可能ですが、例えば科学や化学に関しては解らないことが多いと存じます」
マルガレーテ様は流石専門家らしいことをいう。
だよね~。いきなり料理をやったことが無い人に、料理の本を読ませても理解できないだろうし。
「それに復活させて直ぐの子ども達は、良くも悪くも混乱の中にあると思います。こちらの言葉が解らないと翻訳もできませんし、焦りは禁物ですよ」
「そうですね。すみません。
なんだか、急に色々な事が変わり、動き出したことで少し焦っているようです」
私が諫めると、アリアン公子は少し照れたように謝罪してくれた。
マルガレーテ様の正体を知っても、表向き変わらず接している。彼女を愛し、支えたいという愛情は本物だろうから、今後もいい夫婦であって欲しいものだ。
「そうだ、アル。貴方のお母さんは、とても頭のいい人だったのですよ」
「オレの母さん、ですか?」
話の合間、マルガレーテ様は、アルに産んだお母さんの事も話して下さった。
「ええ。エリザベス。ベス、と私は呼んでいたけれど、彼女は貴方とそっくりの金髪碧眼で、
スキップ、と言っても通じないかもしれないけれど、年齢より早く才能を見出されてより高度な勉強をすることを許されていたのですって。
その学び舎で出会った大学生と恋に落ち、貴方を身籠ったのだと聞いています」
今まで、家族には興味が無い、という風のアルだったけれど、やはり自分のルーツには興味があるようで、身を乗り出しながら聞いている。
「宇宙からの悪魔の来襲によって、大人はみんなその対応や抵抗に駆り出され、子どもは移民の為に避難することになって、離れ離れになってしまったけれど、心から愛していた。
そう言っていたわ。だから、何としても産みたいのだと命を懸けたのだと思います」
「オレは、物心ついた時から奴隷で、どうして、この世に生まれたんだろう。
って、親の事、ずっと恨みに思ってました。
でも、……ちゃんと愛されて生まれてきたんですね」
「そうよ。助けてあげられなくてごめんなさい。守って、あげられなくてごめんなさい。
でも、貴方が無事で、本当に良かったわ」
「……マルガレーテ様」
必死に涙をこらえるアルを、優しく抱きしめるマルガレーテ様は、髪の色や外見からも本当の親子のように思える。『神』の手の者であったとしても、アルを大切に思っていてくれたことに嘘はなかったんだろうな。と少し嬉しい気持ちになった。
「アル。もしかしてナハト様がアルの心の中に入った時に預けて下さったのって」
「ああ、多分母さんだと思う。そう感じた。
目覚めてからは、どこかに行ったのかもしれないけど、もしかしたらまだ守ってくれてるのかもな」
「ベスなら、きっと貴方を支え、助けている事でしょうね」
『神』の保護や転生を拒否し、我が子をきっと心配して彷徨っていたのではないかと思う。
それをナハト様が拾い上げたのかな?
「いずれは、転生の輪に入って頂ければと思うけれど、それは本人が決める事だから」
「そうだな」
アルもお母さんが守ってくれると思えば心強いだろうし。
その後、もう一人の地球移民オルクスさんにも聞いてみる。
話の流れからして、彼もアメリカ人の筈だ。
「あ、そうだ。オルクスさんは何か得意な事とかありますか?」
「私は、ごく普通のアメリカの学生でしたから、大して取柄は……」
『もう少し、自信を持て!』
「え?」「今、しゃべったの誰?」
突然響いた声に、きょろきょろと首を振る私達の前、オルクスさんの杖が急に赤い光を帯びた。弾ける紅い閃光の眩しさにとっさにみんな目を閉じる。
そして一瞬の後。
目を開けた私達の前には、燃えるような赤毛、紅い瞳。
美しく、見たことの無い精霊の姿が浮かんでいた。
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