【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 受け継がれる意思

公開日時: 2025年4月21日(月) 10:38
文字数:3,621

 最後の訪問地、シュトルムスルフトに向かう前に、私はアルケディウスのガルフに面会を申し込んだ。

 口実としてはシュトルムスルフト訪問にゲシュマック商会所属のアルを貸して欲しいという依頼の為だけれど、実際の所は久しぶりにガルフ達に会いたくなったから。


「ガルフ。急な願い出であったのに時間を取ってくれてありがとう」

「いえ、マリカ様の御用とあれば、何があろうと最優先にございます。どうかお気になさらず」


 ゲシュマック商会の貴族街店舗に足を運んだ私にガルフとリードさんは膝を付き恭しくお辞儀をする。こちらはカマラと私とセリーナだけ。

 ラールさんは夕飯の準備をしてくれている。


「大陸を導く大神官にして、星の娘。マリカ様。

立場が変わられても、ゲシュマック商会にご愛顧を賜り感謝しております」

「ご愛顧、というよりゲシュマック商会は私にとっては身内ですから。ガルフ。

 こちらこそ、私の意や言葉を忘れず食を牽引してくれてありがとう」


 物理的にも身分的にも、それ以外の面でも距離は離れてしまったけれど、最初に出会ってから約六年。ガルフはいつも、私の信頼に応えてくれる頼りになる右腕だ。

 だから、私もガルフの為にできる限りの便宜は払う。


「アルケディウスの食糧生産の方はどうですか。大麦、小麦、ジャガイモなども収穫の季節でしょう?」

「万事順調で滞りなく。アルケディウスのほぼ全ての領地で収穫が終わりましたが、収量は概算で昨年の三割増し。

 初年度から比べると倍以上の収穫高になっております」

「それは凄いですね」

「はい。『精霊神』様方が復活されたこともあるのでしょう。精霊の力が各地で高まっております。加えて、次年度から行った肥料、堆肥、輪栽式農業などが効果を発揮して、今では平民も日常の楽しみとして無理なく食物を購入し、食事を行うことが可能になってきたのです」

「一般の人にも食が戻ってきているのですね?」

「はい。神殿への納税が不老不死前からするとほぼ無くなったと言っていいくらいに減少しましたので、彼らはその分、食事や、飲酒を始めとする日々のうるおい、楽しみにお金を使えるようになっております」


 ガルフの報告をリードさんが文書と正確な数値で補強してくれるから解りやすい。


「麦酒蔵も増え、現在、各領地に一つずつ、王都にとロンバルディア領のみ三つずつできた蔵が、各地で姸を競っております。

まだ国の民全てが好きな時に飲酒を楽しむ、とまではいきませんが、祭りや祝い事の時に、奮発して呑む事くらいはできるようになりました」

「エクトール様の荘園蔵は麦酒造りの聖地のような扱いを受けており、各領地からだけではなく、他国からも留学生がひきも切らず。黄金のピルスナーは全ての酒造家の憧れです」


 この言葉に満面の笑みを浮かべたのは横に控えているカマラだ。

 カマラにとってはエクトール荘領は故郷、エクトール様は父親みたいな方だしね。


「エクトール様は、今年も秋の大祭に来て下さるかな?」

「マリカ様がご希望されればおいでになるかと」

「では、招待の手紙を書きます。カマラの結婚のことも伝えないといけませんしね」

「ほほう。カマラ様もご結婚が決まられましたか。お相手はユン殿ですよね。おめでとうございます」

「気付いていたんですか!」

「ティーナがそのようなことを話しておりましたので。式の際にはぜひお声掛けを。

 マリカ様の信頼する騎士であり、同士。出来る限りのお手伝いはさせて頂きます」

「あ、ありがとうございます」


 ガルフの祝福に、カマラは顔を真っ赤にして俯く。


「食料や酒が売れると解って、悪質な商売をするようになった者はいませんか?」

「密造酒の噂なども出てきていますが、マリカ様のおかげで王都の民は最初に最高の味を知り舌が肥えていますから、本当に下層だけでの話のようです」

「基本麦酒蔵は免許制。密造酒が見つかれば厳しく罰せられますから。それに材料そのものも簡単には入手できません。

ただ、食料の転売や盗難が横行しているのでその点については護衛を雇うなどして、各地気を付けています」


 うわっ。この世界にもやっぱり転売ヤーが出るのか。

お父様やお祖父様にお願いして厳しく取り締まって貰わないと。


 大きく息を吐きだした私の顔を見て、ガルフとリードさん、何かを思い出したかのようにくすくすと笑い始めた。


「なんです?」

「いえ、食料の転売について面白い話があるのです」

「面白い話、ですか?」


 小首を傾げる私に向けるガルフの笑顔は本当に明るい。凄く楽しそうだ。

 転売ってどうしても良い話題にはなりそうにないけれど?


「マリカ様の大神官就任と共に、神殿管轄の税率が抑えられ、その分、各国、各領地に市民への税率を下げ、食を広めるようにという布告が為されました」

「そうですね。七国全てにお願いしましたから。一般市民が食の価値を知ることで生産効率が上がる。だから、税を減らしてその分、市民、国民が生活に余裕を持てるようにしてください、と。成果は出ているとさっき聞きましたよね」

「ええ。ですが、とある大貴族領地で民の多くが文字を読めないのをいいことに、減税について知らせず、例年通りの税を徴収。懐を暖めようとした者がいたのです。

 某スィンドラー家というのですが」

「伏せ名になってませんよ。ガルフ」

「これは失礼」


 多分、わざと。確信犯的に告げたガルフの言葉に、私はでもそれ以上のツッコミは入れずに耳を傾ける。スィンドラー家と言えば、ドラ息子を見限ろうとしてティーナを孕ませた大貴族。私が知っている頃はアルケディウスの大貴族の中では中の下くらいだったかな。何度か顔を合わせたけれど、あんまり好意をもつことはできなかった。

 肥沃な土地に恵まれた訳ではなかったので、パータトやナーハの油などの栽培を勧めたことを覚えている。


「収穫した農作物をいつものように納税分で巻き上げ、豪商などに高値で転売しようとした彼らですが、たまたま巡業に来ていた旅芸人一座が民に布告について知らせたのだそうです。怒った民が反乱、というまではいきませんが、領主に物申すという騒ぎになったのです」

「旅芸人一座が……?」

「ええ。領主は力で彼らをねじ伏せましたが、旅芸人一座は民衆に味方して悪行を暗喩する歌を作られたのだとか。旅芸人一座を捕らえようとしましたが、何故か敵わず。収賄を行おうとしましたが断られ。

逆に歌を広められ、王族の耳にも入って懲罰を受けたのだとか。

順位も大きく下げたそうです」

「そうですか……」


 確かに楽しい話だ。

 ガルフが教えてくれた、ということは、その旅芸人の一座はグローブ座。

 エンテシウスは私の頼み通り、各地を見て回り王都に戻る度。緊急の時には早馬をつかったりして報告書をあげてくれている。

 私が大神殿に行ったので、お父様にお預けしたのだけれど、頼んだ仕事をちゃんとやってくれているようでありがたい。


「彼らはマリカ皇女が育てた一座ということが知れ渡り、各地で引く手あまた。

マリカ皇女が育てたことも知れ渡り、皇家の密偵との噂も、今はしとやかに流れているようでございます」

「噂になっては困るのでは?」

「その辺は座長が上手くやっている様子。それに彼らがそうかもしれない、と思う事で各大貴族達も民に無体を強いることができなくなって、抑止力になっているようでございます」


 大祭に戻ってきたら、ぜひ褒めてボーナスを出してあげよう。


「みんな、頑張っているのですね」

「はい。皇立孤児院に入った子も既に何人かは、ゲシュマック商会に就職、重要ポストを任せられるまでになった子も少なくありません。

 アルだけではなく、ミルカも今や立派な商会代表ですし、ジェイドも、店主として貫禄が出てきました。グランも間もなく所帯をもつようです。

 マリカ様が残して下さった職員教育の方針は今も継承しておりますので」

 

 私は、もうアルケディウスの事ばかり見ることはできなくなっているけれど、この国は大丈夫だ。私が育て、私を育ててくれた人たちが大事に守ってくれている。


「ありがとう。ガルフ。リードさんも」


 その後は、ラールさんのお手製料理を囲んで、夜遅くまで色々と打ち合わせをした。

 アルの貸し出しも勿論許可して貰って大祭のアイデアも出して。


「今年は本店で、人気のラーメンの店を出す予定です。

 あとマリカ様が教えて下さった薄切り肉を巨大な固まりにして焼くケバブという料理は大祭の定番になりつつあります。マリカ様がおっしゃるとおり、毎年新しい料理を出すのもいいですが、定番の料理というのも客の興味を引くという意味では良いですね」

「ピルスナーに関しては王家以外はゲシュマック商会と古参の協力店が独占しているからね。市民はこういう時でも無いとなかなか口にできない」

「温度管理が難しいですからね。そういえばミルカに印刷業で頼みたいことがあったんです。大祭までに会えますか?」

「話をしておきます。ミルカも喜ぶでしょう」


 みんなで、本当に楽しい時間を過ごしたのだった。


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