まずは胸に手を当て、祈りを捧げる。
今日は練習だから、精霊さん達来ないでね。
この踊りそのものが精霊に力を捧げる舞だから矛盾はしているんだけれど、とりあえずは願っておく。
騒ぎになると色々と大変だ。
それから、アレクの奏でるリュートに合わせて身体を動かす。
イメージは日舞。指先から足の先まで意識を込めて。
指先は閉じて。大股になり過ぎない。
手の動きは精霊への呼びかけ、日々に感謝を。
力を貸してくれることに御礼を。
ずっと以前に見せて貰ったアドラクィーレ様の舞にはまだ遠く及びもつかないけれど、気持ちだけは負けないように心を込めて。
今まで、プラーミァとエルディランドで舞を奉納したけれど、実は最後まで踊りきったことはない。
途中で『精霊神』に呼び出されてしまったからね。
だから、ここから先、最後のクライマックスを踊るのは初めてだ。
アドラクィーレ様の舞では連続の大回転。
軸の揺るがない美しい回転が百回以上続いた。
私は無理。
そんなに回ったら倒れちゃう。
だから、緩やかに回転を入れつつ、両手を大きく広げて、空気を抱きしめるように舞う。
腕に付けて貰った白布のリボンや頭のヴェールが翻るように。
奉納舞を見慣れている皇家の方たちの反応は心配ではあるけれど、踊り始めると正直そんなことを考えている余裕はなくなった。ただ、誠実にまっすぐに舞うだけ。
回転を終えて静かに膝をつき、胸に手を置くと静かな拍手が贈られた。
熱狂的ではない、でもおざなりのそれでもない、誠実なものに思える。
とりあえず、大丈夫だったかな?
「なかなか見事な舞であった。がんばったな」
「ありがとうございます」
まず、皇王陛下がお褒めくださる。よかった。
孫に甘いお祖父様ビジョンであっても、ホッとする。
「アドラクィーレには遠く及ばぬがな」
「マリカは舞を初めて数か月なのです。アドラクィーレと比べては気の毒すぎるでしょう。
でも丁寧で、思いの伝わってくる良い舞であったと思いますよ」
ふふん、と鼻を鳴らすケントニス皇子を皇王妃様が諫めてくださる。
アドラクィーレ様に及ばないのは事実だし言われても気にならないけれど。
「皇女の舞と言われていても実際には成人が踊る舞しか見たことがなかったからな、なかなかに新鮮だ」
「習い始めの私に比べれば格段に上手ですよ。自分なりに振り付けも考えたのでしょう?」
トレランス皇子、メリーディエーラ様からも悪い評価は出てこない。
あとは、お父様とお母様、そして…。
「美しい舞だった。俺は良かったと思うぞ」
「旅の間も練習を怠ってはいなかったことは解りました。
注意点はいくつかありますが、このまま進めても私はいいと思います」
お二人からの誉め言葉のあと、ただ一人、無言であったアドラクィーレ様は静かに立ち上がると、私の方へと歩み寄る。
なんの遠慮もなしに舞台に上がり私の前に立つと
「マリカ、其方本当に舞を初めて数か月ですか?」
キロリ音がするような眼差しで私を見据える。
「は、はい」
初めて舞った時にお母様にも聞かれたっけ。
でも、お母様と違ってアドラクィーレ様には異世界で習いましたとはちょっと言えない。
「背筋をしっかりと伸ばして。顔を上げて
膝は立つ時、座るときなどはしっかりと付ける。
あと、足元に意識が行き過ぎて指先が疎かになっていたところが何か所かありました。
怖い気持ちは解りますが、集中を途切れさせないように。
気を抜かず隅々まで神経を張り巡らせなさい」
「はい」
私を立たせていくつか、具体的な注意点を下さるアドラクィーレ様。
流石舞の名手、的確で厳しい。
でも、それだけに
「でも、逆に言えば注意すべき点はそれくらいでした。
正直驚いています。姉上よりも下手したら舞の心を解っているのではないかしら」
「あ、ありがとうございます!!」
とりあえず合格を意味する言葉に安堵する。
よかった。頑張ったかいがあった。
「マリカ。
もう私はアルケディウスの者なので故郷に遠慮することなく言いますが、姉上。
アンヌティーレはおそらく其方のような『聖なる乙女』ではありません。
いろいろな意味で」
「え? それは…まさか?」
「アドラクィーレ!」
ケントニス皇子が青ざめた顔で私たちを見ている。
えっと、今のは相当な爆弾発言ではなかろうか?
「私が嫁ぐ前から周囲に男性の色が濃いのです。
実際に肉体関係があったとまでは言いませんが、サークレットに拒否された時少なくない者が
『やっぱり』
と思ったくらいには」
うわ、そこまで言っちゃう?
と思うくらいアドラクィーレ様の語るアンヌティーレ様観は容赦がない。
「ついでに言えば気位が高く、正妃の生んだ皇女で大神殿の巫女。
国中、いえ、世界中が姉上を尊重し崇めています。
だから踊りの練習はやってはいるでしょうけれど、少なくとも私のいた頃はかなりおざなりでした。乙女の仕事だから踊る、といった感じで心がこもっていないのがありありと解りました。
私は舞が好きでしたから、本当に腹立たしく思っていたほどです」
正妃の子である姉に頭を押さえつけられてきた愛妾の子の思いは本当に容赦ない。
アンヌティーレ様にも言い分はあるだろうけれど性格があんまりよろしい方ではないのは新年の大聖都でも感じていたことだ。
「アーヴェントルクの第一皇女として一切遠慮ない人生を生きていた姉上。
その前に現れた真実の『聖なる乙女』。
自分にはできぬ舞で『精霊神』に力を与え復活を促す大聖都が認めた能力者。
自らの地位を脅かす者ときっとイラついでおられることでしょう。
其方がアーヴェントルクに行けば姉上は必ず何か仕掛けてくると思います」
「何かって…嫌がらせとか?」
「嫌がらせで済めば可愛い方だと思っておきなさい。
配下を差し向けて誘拐したり、襲ったり。
最悪、其方が不老不死でないことを『うっかり忘れて』毒を盛ってくるなどするかもしれませんよ」
「え?」
「アーヴェントルクは薬学、毒物に強いのです。
不老不死前はまあ、いろいろと苦労してきた土地柄なので」
少し、というかかなりバツの悪そうな顔をするアドラクィーレ様。
お母様は色々と言いたいことがお有りだろうけれど、今は多分、私の為に飲み込んで下さっている。
「でも、そんなことをすれば国交問題になりませんか?
呼び出した国賓、他国の皇女に毒を盛るとか…」
「知らぬ存ぜぬで通す、王宮全体で隠滅するなど方法は色々考えられます。
父上は思慮深い王であらせられますが、姉上を世継ぎの兄上よりも可愛がっておられます。
姉上が何かをやらかせば、それを隠滅しようとすることでしょう」
うわ、やだ、怖い。
絶対にお近づきになりたくない。そういう人。
震える私の思いを読み取った様にアドラクィーレ様は続ける。
「プラーミァとエルディランドでは良い関係を築くことができたようですが、アーヴェントルクに行く時には常に敵地だと思って決して気を抜かずスキを見せないように。
弱気や引く姿勢は禁物です」
「え? 下手に出た方が良くはないんですか?」
「いいえ、強気で、自分は負けない。上だと顔を上げていなさい」
「逆に気を悪くさせませんか?」
「どうせ相手は其方が来る時点で、問答無用で気を悪くしているのです。
下手に出ても見下されるだけでいいことはありません」
アドラクィーレ様の言葉には説得力がある。
実際姉上に色々と困らされてきたのだと思う。
「調子に乗らせるよりは強気に出た方が、姉上は嫌な想いをするでしょうが、周囲を味方に付け、相手の行動をけん制することができると思います。
アーヴェントルクは強さを重んじる国。どんな形であれ強者をないがしろにはしませんから」
背を伸ばし、気持ちを切り替えて真っ直ぐに立つ。
あの注意は踊りだけでは無くアーヴェントルクでの、そして対人関係の心構えにも通じるのだ。きっと。
「自信を持ちなさい。
其方は優れた技量と志を持つ真実の『聖なる乙女』なのですから」
「はい、頑張ります」
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