とりあえず、私は記憶があいまいな事は内緒にすることにした。
お父様にも、リオンにも。
正直、何を忘れたかがはっきりしない事には問い詰めることもできないしリオン達も困るだろう。
多分、元から言い辛い事なのだ。
朗らかに言える事なら、隠したりしない。
できるなら、言いたくない昏い秘密。
自分が理解して、はっきりそれでも聞きたいと思ったら聞けばいい。
(「きっと精霊神様達も、教えては下さらないよね」)
私の記憶阻害の犯人がいるとしたら、それは多分、エルフィリーネだ。
と感じてはいる。
他は考えられない。
次点で『精霊神』様達。
でも、お二人はきっとそこまでの積極的な介入はしてこないと思う。
知らない方がいいと、隠し事はするけれど私の記憶を消すまでは……。
っていうか、どうやって私の記憶を消すなんてするんだろう。
精霊神様達もできるのかな?
あ、できるな、多分。
アーレリオス様は、ずっと前。
封印から開放して差し上げた時、私の記憶を読んでた。
乗り移って頭の中を見る事もできるのだから、可能かもしれない。
エルフィリーネにどれほどのことができるのかは、解らないけれど。
理由は、勿論悪意では無く私の為。
私が、平和な今の生活を望んでいるから、余計な事は思い出さない方がいい。
と言う配慮だろう、多分。
とても優しく、ありがたい配慮だけどそれをいつまでも受け入れている訳にはいかない。
知らなければならない事は知っておかないと、身を守れないし、リオン達を助けられない。
機会を見て、私が何を忘れているか絶対に思い出そう。
帯と一緒に、ぎゅっと気持ちを引き締める。
「マリカ様。ご用意の方はいかがですか?
本当にお手伝いしないで大丈夫ですか?」
「大丈夫ー。最後の手の届かないところの直しだけお願い」
側で気遣う声に私はそう返事を返す。
セリーナにはアクセサリーや靴の準備をして貰っている。
私が舞の衣装の着付けを一人でやっているから心配してくれたのだと思う。
でも、私は手間のかからない皇女なのだ。
自分の着替え位本当は一人でできる。
侍女さん達の仕事を取るわけにもいかないし、自分一人では付けられない後ろホックやリボンなどがあるから任せているだけで。
他人に服を着せて貰うの、本当は今も落ち着かない。
舞の衣装は他の儀式用に比べるとシンプルだから、着るのも楽。
最後のティアラの固定と服の確認、皺伸ばしだけ手伝って私は、自室から出た。
「お待ちしておりました。
本当に美しく、息を呑むようです。
『精霊の貴人』の再臨。心からお祝い申し上げます」
膝をつき、待っていてくれたのはエルフィリーネだ。
本当に嬉しそうな、輝くような顔つきは、私が『精霊の貴人』として魔王城に立つ事を喜んでいると言葉より雄弁に知らせている。
「精霊国時代、女王様も『星』に舞を捧げたりしたの?」
「はい。『星』は能力の発動に『気力』を必要とする訳ではありませんが、あると楽にはなります。
『星』の慈愛と恵みに感謝して、民と女王が力を捧げる儀式はございました」
「そうなんだ……。じゃあ、私も力を捧げた方がいいのかな?」
あるに超したことはないのならあげてもいいと思ったのだけれど、エルフィリーネは静かに首を横に振る。
「そのようなお気遣いは無用でございます。
マリカ様の心遣い、感謝の思いこそが『星』にとって一番のお力となりましょう」
「いいの?」
「はい。封じられ、力が届かない事が死活問題であった『精霊神』方々とは違います。
どうしてもの事態が発生した時、マリカ様やアルフィリーガにお力を求められる時もありましょうが、今はまだ大丈夫です。
今回はマリカ様のお心のまま、感謝の舞を捧げて下さいませ」
「解った。頑張るね」
「はい。私も楽しみにしております。
では、どうぞお手を」
エルフィリーネにエスコートされて、私は魔王城の前庭にやってきた。
そこには驚くことに、小さな舞台のようなものが設置されている。
私がお父様に差し入れを持って行って、戻ってくるまでは確かに無かったのに。
四方から舞台が見える、大聖都のとちょっと似た作りだ。
舞台の周囲ではもう、皆がスタンバってる。
「うわー、まっしろー。きれー」
「キラキラ。お姫様だー」「かわいー」
子ども達の素直な反応が伝わって来るのはちょっと嬉しい。
双子ちゃんをだっこしたお父様とお母様、ミーティラ様やヴィクスさん。
ガルフにリードさんに、ラールさんの姿も見える。
リードさんとラールさんは大聖都に来ていなかったか、見て貰うのは気恥ずかしいけど嬉しいかも。
あ、カマラとノアールも。
お休みの筈だったんだけど、お母様と一緒に来たのかもしれない。
魔王城の門から、祭壇まではリオンがエルフィリーネと交代してエスコートしてくれる。
『星』は
『他の男触れるな!』
なんて狭量なことは言わない。
「頑張れよ」
「うん、ありがと」
リオンの一言が元気とやる気をくれる。
私は大聖都の時よりも、気力、やる気、元気十分で舞台の上に上がって行った。
跪いて、胸の前で手をクロスして目を閉じる。
アレクのリュートが始まれば舞の始まりだ。
礼に始まり礼に終わる。
向こうの世界で覚えた日舞の気持ちで、まずは『星』に祈りを捧げてからスッと立ち上がる。
立ち上がるのも、大地から植物が、命が芽生えていくのを表現しているのだとか。
ゆっくりと舞台を廻りながら、手を上げる。
それから緩やかに下へと下げていく。
流れる水や風、炎や表現するような動きは澱みなくできるだけ滑らかに、と教えられている。
今まで私がこの世界で演じて来た舞は、予行練習を除いてほぼ、神に力を捧げる為のものだったから踊り始めると直ぐに力を持っていかれた。
そのせいで集中できなかったのだけれども、今回は純粋に身体の動きに専心できる。
日舞やハワイアンダンスには物語や言葉、秘められた思いが仕草に込められている、という。
この世界の舞は、はっきりとした物語は無いけれど『星』と自然への感謝の気持ちを込めて舞う。
いつも見守ってくれてありがとうございます。
おかげで私達は元気で幸せにやっています。
周囲に精霊達が集まって来る。
光の精霊、風の精霊、皆が私と一緒に踊っているのが解る。
気持ちが良かった。
大神殿で踊った時とは全く別の感覚。
大いなる力に護られている。
自分も、『星』の一部なのだと感じるのだ。
うん、私は結構、踊るのが好きかもしれない。
丁寧に、最後の回転まで終えて、ふわりと膝を付く。
たっぷりとしたスカートが朝顔の花のようにふわりと広がった。
舞台下から見ていると、見えない所だけどお気に入りのシーンでもある。
手を広げ、思いを放ち、最後に抱きしめ、目を閉じる。
最後まで余分な事を考えずに踊り切った。
踊り切ることができた。
気持ちのいい充実感が、胸の中に溢れている。
人数が少ないから、大聖都の時のような万雷の喝采、ではないけれどみんなが、拍手を送ってくれる。
転んだり、振付を間違ったりもしていない。
多分、上手くできたと思う。
『星』に感謝の気持ちが伝わったのならいいのだけれど……。
「すごーい、マリカ姉」
「キレイキレイ。キレイだったよ~~」
「見事な舞だった。
夏の戦の予行練習の時よりも腕をあげたのでないか?」
「もう、追い抜かされたかもしれませんね。
舞の心を感じる良い舞だったと思いますよ」
舞台から降りた私を皆が取り囲む。
良かった。
皆にも楽しんで貰えたみたいだ。
「マリカ姉。私もあんな風に踊ってみたい!」
「エリセもやってみる? 興味があるなら教えてあげる」
「うん、やってみたい!」
目を輝かせるエリセに私は頷いた。
女の子は踊りが好きな子が多いし、奉納舞はしなくても身体を伸ばしたり、曲げたりするのは身体にもいいからやらせてあげてもいいと思う。
ネアちゃんやファミーちゃんも興味あるかな?
「あれ? マリカ姉。指!」
「? どうしたのって……あ」
エリセが示す私の薬指。
リオンがくれたカレドナイトの婚約指輪。
そこに小さな蒼い星が煌めいていた。
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