「今年の秋の大祭は、なかなかに楽しい事になりそうですよ」
『精霊神』ラス様の精霊古語講座は、もちろんただそれだけの事だけの意味をもつのではなくアルケディウス三皇子の業務報告会でもある。
勉強会の名目で忙しい皇子様達が城に集まり、成果を報告し合うのだそうだ。
食事も出されるので私もお手伝い。流石に給仕はしないけれど。
前にやっていた調理実習はもう無くなったけれど、新しいメニューは開発されているので、ザーフトラク様と一緒に料理をするのは楽しいので異論はない。
最近はザーフトラク様もオリジナルで新しいメニューを色々と考えておられるみたいだし。
ちなみに今日の料理はビールに合う者にするようにと言われているし、男性が主なので味濃いめ。後、おむすびの新作を用意しろとのご命令なので色々種類を用意して見た。
鳥唐揚げとか、鳥そぼろとか。
そぼろは豚肉だと冷めると油が固まっちゃうんだよね。
後はサーマンマヨなど。梅干しも作りたいなあ。
エールにはあんまり合わないと思うんだけその分、濃いめの味付けで調整した。
なかなか好評の様子で話も弾んでいる。
「随分機嫌が良いな」
「楽しい、というのはなんだ? トレランス」
皇王陛下とケントニス様が問いかけると我が意を得たり、というように語り始めるケントニス皇子。
トレランス皇子は今、酒造関連の取りまとめをしている。
「プランテーリアとロンバルディア領、パウエルンホーフ領に作った、各蔵で最初の麦酒が成功したのです!」
「ああ、そう言えばもう麦酒のシーズンですね。カマラの応援に来たエクトール様も今年の新酒を持ってきて下さいました」
満面の笑みを浮かべるトレランス様。本当に嬉しそうだ。
「そうだ。アルケディウス中の鍛冶屋を全て総動員する勢いでなんとか夏の終わりの収穫に間に合わせた三つの蔵でそれぞれ、最初のビールが完成した。
残念ながら、黄金の酒は温度管理の難しさから、まだエクトール領だけのものだが、エールは各地でなかなか良い物ができているぞ。
私は全て味見したのだが不思議な事に、それぞれの蔵で味わいが全然異なるのだ」
「そうかもしれませんね。水とその土地の麦と空気が大きく風味を左右すると言いますから」
「基本の酵母? 酒の元はエクトール領から配布されたものだが、その育て方でも変わってくるのかもしれないな」
極端な話、天然の麦汁を空気中に晒しておくだけでも発酵してビールになるという。
ただ、腐敗と紙一重なので安定した温度管理と監視が必要になるわけだけど。
「そう言う訳で、今年に関しては祭りに集まった者達に酒を日替わりで振舞う事にした。
酒造局管理で、一人一杯、一つの蔵で各五樽、先着順だがな」
「価格は?」
「高額銅貨一枚だ。設備投資なども考えて元を取ろうとすると銀貨が欲しい所だが、今年はまずは庶民に味を覚えさせることから始めようと思う」
「とても良いご決断だと思います。
麦の量産も、酒の消費も貴族だけではできませんから、安く振舞って、まずその魅力を知ってもらうのは良い案です」
「そうだろう? 残りは戦で兵士達にやる気を出させるのと、戦勝を祝う宴で使うつもりだ」
各蔵で一回の醸造でできるビールの量は約十樽。これは見本となったエクトール領の釜と同じサイズだから当面は変わらないだろう。
このうち約七樽を一樽金貨二枚出し、皇王家で買い取ったというからトレランス様、太っ腹。
エクトール領のビールは金貨一樽だよ。
因みにエクトール領は蔵の修理が終わり、人も増え、去年の二倍の量が作れる様になった。
黄金の酒を含むこれらは、献上分を除いてアルケディウスのゲシュマック商会を含む、豪商が店で使っている。
「各蔵の初めての酒だ。良い酒ができたから、一年間その為に働いてきた者達への祝いを込めてな。来年以降、この価格で買い取ることはないが、より質が高まればその限りでは無い。しっかり励め、と申し伝えて来た」
昼行燈みたいな評価をされていたけれど、流石は皇王陛下の息子、お父様の兄上。
勘所はしっかりと押さえている。
どんなに高価でも今は『新しい味』のお酒は売れるだろうし、戦に向かう兵士達にもやる気を出させるにはこれ以上の手はないと思う。
「もう戦に勝ったつもりでいるのか?
今年は少年騎士も出ないし、昨年の敗北でフリュッスカイトも警戒しているだろう?」
だけど心配そうなケントニス様にトレランス様はふふん、と鼻で笑って見せた。
「我に策有り、だ。
今年の騎士試験で良い人材も加わったしな。昨年以上の快勝を手に入れて見せる」
「ミーティラは夫持ちだ。女を武器にさせるようなことはさせないぞ」
「そんなことはしない。だが、敵が女が武将と言う事で侮るのは勝手だろう?
マリカのおかげでフリュッスカイトの戦力情報も入っているしな」
どんな計画を立てているかは心配だけれど、本当に危ない事になれば、お父様は審判として同行しているのだから止めて下さるだろう。何なら副官にユン君に付いて貰うもありかな? 製紙工場の方は稼働が始まって指導員がずっと付いていなくてもよくなっているというし。
「それに、このおむすびがいい。戦場で手軽に作れて美味いものをいくつか書き留めておいてくれ」
「解りました」
今回は新米をエルディランドから仕入れてある上に、専任の料理人も連れて行くということだ。
手間とお金はかかるけれど、その価値が食にある、と思って貰えたのならそれはいいことだろう。
一方で気になる事もあるけれど……。後で、ミーティラ様にお話して置こう。
「お父様、そういうことなら、秋の大祭は警備兵を増やした方がいいかもですね」
「何故だ?」
「お酒を飲む人が増えると、ケンカとか問題が起こる事も多くなるかもしれませんから」
「エール一杯程度ではなかなか酔えんと思うが……」
「まあ、念の為ってことで。いい気分になって浮かれて騒ぎを起こしたりすると、どっちも可哀想ですから。お酒も悪く言われちゃいますし」
「その通りだ! 酒に良いも悪いも無い。楽しむも、溺れるも人。
せっかく蘇った酒を悪者にしてはならん」
「其方が言うと説得力があるな。トレランス。変われば変わるものだ」
「私だって、父上の子『精霊』の血を引く者ですから」
皇王陛下が静かに微笑む。
前にちょっと聞いた事が在る。
永遠の第二皇子。第一皇子で永遠に皇王になれないと思われていたケントニス皇子もプレッシャーきつめだったけれど、それ以上にトレランス皇子は上下に挟まれ辛かったらしい。
酒に逃げ、女に溺れる放蕩皇子と言われていたとか。
でも、今は本当に変わってきている。
毎日が凄く楽しそうだ。
やる気も自信も出て来てるし、このまま秋の戦も勝ってくれるといいなあ。
そうだ、ゲシュマック商会の秋の大祭の料理、何にしよう。
「ああ、そう言えばマリカ。
其方に聞いてみたいのだが、泡の弾ける水は酒に使えないか?」
「はい?」
突然変わった話と、矛先に私は首を傾げる。
泡の弾ける水?
なんのこっちゃ、と思ったけれど、聞いてみるとなかなか興味深い話。
「来年の酒造に向けて、各領地の麦と水の生育を調べさせている。水の質が重要と聞いているので良い水の所を捜している。
その次の蔵の候補の一か所に美しく、味も良く、良い水なのだが変な泡が混じる所があってな。飲むと酒精も入っていないのにビールのように口の中で弾けるのだ。
酒に使ったらより強い味わいになるか殺し合うか解らんので保留にした」
「水に、泡? 飲むと口の中で弾ける?」
ふと、向こうの世界、母の郷里の田舎でのことを思い出す。
遊びに行った時、特別な井戸に連れて行って貰ったっけ。
あれは、確か……。
「その土地は今、真剣に新しい産業を求めていてな。力になってやりたいのだが。
お前にも少し関係があるところだぞ?」
「え? なんでです?」
「ドルガスタ伯爵領だから。お前が以前滅ぼした」
思わず、呼吸が止まった。
また聞くとは思わなかった。
私達に因縁深いその名前を。
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