魔王城に戻って私は、既にジャックとリュウ。
最年少の二人が、既に本格的な運動活動をしていることに驚いた。
「まだ、本格的に戦士としての訓練を始めたわけではありませんよ。
それはマリカ様からの許可が得てから、と言ってあります」
私の留守中、こまめに魔王城に来て子ども達の保育指導をしてくれたクラージュさん。
海斗先生はそう言った。
実際、武器を持ったり戦い方、組手の練習をしたりとかはしていない。
鬼ごっこや、跳び箱、縄跳びなどをしているだけだ。
元々、冬の室内遊びとして三輪車感覚でドライジーネを乗り回したり、鬼ごっこをしたりはしていた。
海斗先生は男性保育士だから、というわけでは無いけれど向こうでも身体を使った保育が得意だった。加えて向こうの正しい運動理論で跳び箱や縄跳びを教えるので、元々身軽で運動神経が良かった二人は、どんどんその才能を伸ばしている気がする。
まだ5歳か6歳。幼稚園レベルなのに前跳び、後ろ跳びと縄跳びをすいすい跳んじゃうくらいだから。年齢から考えるとなかなか凄い。
「瞬発力がとても優れています。
今後の課題は持久力と、手足の筋肉をつける事ですね。
ボルダリングなどはどうでしょうか?」
そう提案されて、一階の目立たない所にボルダリングを作ってみた。
こういう時、物の形を変える私のギフトは便利だ。
勿論、万が一の危険に備えて下にマットを敷き、オルドクスにもついてもらうけれど。
ジャックやリュウだけでなく。
「これはいいな。お前達もやってみるといい。
手と足の力をつけるのはどんな戦い方をするのにも大事だぞ」
ってリオンが言うので、アーサーやクリスなど外で修行中チームも挑戦するようになった。確かにボルダリングは身体を鍛え、体力持久力を養うのにはかなりいい。
私も異世界ぶりにやってみたけど、けっこうできた。
「お姫様生活でダメダメになっているかと思ったけど、まだまだ行ける?」
「戦士でない女性が筋力付けてもいいことないと思いますけど」
ノアールにはシビアでキッツいツッコみを受けてしまったけれど、とりあえず健康第一。できることは増やしておくにこしたことはない。
そして二人は改めて聞いてきた。
「マリカ姉。カイト先生からけんどうならっていい?」「いい?」
彼らが戦士を目指したい、と言ってきた時、時間稼ぎのように課題を出して、それをクリアしてなおかつ海斗先生が許してくれたら、と言ったのだ。
春まで、という約束だったけれど、本人達の気持ちが定まっていて、海斗先生、クラージュさんが良いというのなら反対する理由はない。
「海斗先生。いいですか?」
「構いません。ですが私が教えるのは剣道です。
戦士としての戦い方を教えるのは、正しい剣の使い方を覚えてから」
「はい!」「わかりました!」
いい返事を返した二人は、手を取りあい、やったやったと飛び跳ねる。
本当に楽しみにしていたのかもしれない。
…………嫌だけど。
子どもに戦わせるのも武器を持たせるのも。本当に嫌だけど。
「真里香先生の言いたいことは解りますよ」
「海斗先生」
私の歯を食いしばる音が聞こえたのか。海斗先生が私の傍らでそう声をかけた。
微笑とも苦笑とも言えないその表情は、現代の、保育士としての教育を受けてきた海斗先生のもので、でもクラージュさんも多分混ざっていて。おっしゃるとおり、解っているのだろう。
この異世界で子どもに「剣」を教えるその意味を。
「向こうの世界の、心と身体を鍛え、技を磨く剣道と違って、中世異世界で剣を握るという事は命のやりとりをする、ということに直結しますからね。
不老不死社会で、国同士の戦、戦争が殆どない世界だとは言え、子どもに武器を取らせる不条理。
納得いかない先生の気持ちは良く分かっているつもりです」
「はい……」
「ですが、あの子達は自分の意思で、剣を取ることを選んだ。
誰に強制されたのでもなく、自分の意思で。
それはアルフィリーガや、フェイ。ライオット皇子や真里香先生に自分達が守られていることを知っているということ。得難い、素晴らしいことだと理解している。
だからこそ、自分達もそうなりたい。そうしたいと思ったのだと思います」
「はい」
この世界にはテレビも漫画もない。
劇もこの子達はまだ見たことが無い。見せたことが無い。
カッコいいイメージだけではなく、自分自身で考えて自分がなりたい道、やりたい事を見つけ定めたのだ。
子どもと言えど、一人の人間。
彼らの決断を否定することはしてはいけないと思う。
「まあ、まだ子どもですしね。途中で気が変わるかもしれないし、飽きるかもしれない。
だから、まずは剣道で礼儀作法や、体の動かし方などを教えます。
その上で、将来的に剣の道、戦いの道に進みたいと思うのなら、真剣にこの世界にあった戦い方を伝えるつもりです。それでいいでしょうか?」
「はい」
「この世界は『精霊神』様のお力と不老不死のおかげで人間同士の戦いが殆どありません。
それが救いです。魔性や獣の脅威から身を守る力をつけることは重要ですし、人の中にも理不尽な暴力を行う者はどうしてもいます。抑止力としての力は必要でしょう。
あの子達はアルフィリーガとは違いますから。自分の意思で戦士になることを決めてもいいし、止めてもいい。
別の道に進むことになったとしても、剣道、剣術で培った体力や礼儀作法は役立つと思いますよ」
「そうですね」
私は自分に言い聞かせる。
人が困難に立ち向かう為の力は身に着けてもいい。
それが自分の自信につながる時もある。
「海斗先生。あの子達をお願いします。
私はあの子達が大人になるまでに世界の環境を整えて、やりたいことを自分の意思で、誰もが選べるようにしてみせますから」
私達の住んでいた現代だって、子どもの権利が認められるようになったのはごく最近の事。長い年月と、人々の努力の賜物であったけれど、その恩恵を受けられない子どももたくさんいた。
ましてや大人が不老不死のこの異世界。
子どもの立場については言わずもがなだ。
そんな世界に、保育士である私が転生したのなら、私のするべきことは一つ。
子ども達を守ること。
みんなが笑って、やりたいと思う事ができる世界を取り戻す、ううん、作る事だ。
「アルケディウスでは保護法が制定されて、少しずつ子どもが保護されるようになってきたんですよね。来年以降はそれをなんとか世界に広げていきたいんですけど」
今年、七国を巡り、児童保護の種は蒔いてきた。
来年以降も各国に関わることができるなら、その芽を育てていきたい。
「あとは現代の保育理論、人との接し方を、各国に伝えられるように書物にするとかですかね」
子どもとの関わり方とか、カウンセリングの仕方とかは子どもだけでは無く、大人にも応用が利く者が多い。
それにこの世界、識字率もあんまり高くないから読み書きとか、計算を子どものうちに覚えれば大きくなってからかなりのアドバンテージになる筈だ。
勿論、楽しみながら、認めながら本人のやる気を伸ばしていくのが大前提。
この世界でも、人と人が関わっていく為の方法論。
心については同じで通用している。
「流石、真里香先生。俺も微力ながらお手伝いします。
……あんまり計画案作成とかは得意では無かったですけれど」
「私もです。でも、頑張ってみます。
できれば、あの子達が大きくなるまでに、子どもがどんな形でも武器をもって戦う事が無くてすむ世界になるように」
社会の在り方を直ぐに、一朝一夕に変えるのは難しいと解っている。
でも。
子どもは未来を創るもの。
星の宝。
向こうの世界も、こちらの世界も変わらない真理を伝え、守っていきたいと。
私は思っている。
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