【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇子と商人

公開日時: 2021年2月12日(金) 08:15
文字数:5,309

 何故、こういうことになっているかはよく解らない。


「いや、このパンケーキというものは素晴らしいな。

 ふんわりと甘く、それでいてしっかりとした味わいがある。

 ベーコンという肉も美味いが、甘いものとしょっぱいモノ、それは合わさりケンカせず口の中で見事に溶けあう。

 このような美味は正真正銘生まれて初めてだ」



 通常営業を終えた本店の貴賓室で、正真正銘の王族がうちの店の飯を美味い美味いと食っている。

 それも、ただの王族ではない。

 この世界、唯一人の生きた伝説。

 魔王を倒し、世界に不老不死をもたらした勇者伝説の生き証人。



 戦士ライオット。

 皇国 第三皇子にして騎士団長 ライオット様だ。



「肉料理、ハンバーグというものも美味かった。

 決して高い肉ではなかろうに、丁寧に調理されているのが解る。

 肉を丁寧に叩くにも、焼くにも料理人の努力と工夫が感じられる。

 ただ焼いただけ。

 濃い目に高い香辛料で味を付ければいいだろうと甘えている、城の料理人たちに食わせてやりたいくらいだ」


 

 凄い勢いで料理が呑みこまれて行くが、決して不作法ではない。

 しっかりと噛みしめ、味わい、目を細め、そして的確に料理人を褒める。

 それは、唯人にはできない、真実、高貴な生まれと育ちと心を持つ者のみができる事であると感服せざるをえない。



「ピアンの果実水、エナのスープ。前菜のサーシュラのマリネとパータトのサラダまで、全てが本当に美味であった。

 流石噂に名高い、ガルフの店。

 王都に味をよみがえらせた、剛腕の商人よ」



 満面の笑みを浮かべて口元を拭う皇子に、俺は深々と頭を下げる。


「お褒め頂き、ありがとうございます。

 我らの方こそ、伝説に名高きライオット皇子に、ご来店いただき食事を召し上がって頂いたこと、光栄の至り。

 さらには過分なるお褒めの言葉を賜り、恭悦至極にございます」



「いや、本来は噂の屋台の串焼きというものに興味があって、市内巡視がてら店を探したのだがな。

 あのような騒ぎに便乗して、料理を振舞わせるような真似をしてしまった。すまぬな」

「こちらこそ。店と我々をお助け下さいましたこと、感謝の念に堪えません」

「皇国 王都の治安維持は俺の務めだ。あのようなゴロツキを放置してしまったことも遠くは俺の責任。許せ」

「もったいなきお言葉、感謝いたします」



 実物を見るのは初めてだが、やはりこの皇子ライオットという方は噂通りの方だと思う。

 王族、貴族という者は多くの場合、平民を下に見る。

 税を支払えない、貧民は勿論、税を支払う市民にすら見下げた態度で接し、無理難題をふっかけるのだ。


 

 だが、皇子ライオットだけは違う。


 

「国同士の戦には、関与しない。俺の力は民と精霊を守る為のものだ」



 と公言し、騎士団長として都の治安維持に努めている。

 民の人気も絶大で、裁きも公正。

 人々が不老不死では無く、王が世代交代するのなら、無能、浪費家と名高い第一、第二皇子ではなく彼が王位を継ぐだろうと言われている程に慕われている。

 


 勇者と共に戦った時は十代後半だと聞いていたが、今の外見は俺と同じくらいか、もう少し年上に見える。

 あごひげをたっぷりと蓄えた威厳。

 四十代後半から、五十代くらいだろうか?

 珍しい話だ。

 同じ不老不死になるのなら若い方がいい、と選べる者は少しでも早く、不老不死になろうとするのに。



「皇子、もしよろしければこれを…。

 お助けいただいた、感謝の気持ちでございます」

 


 食事を終え、満足気な皇子に俺はリードに合図して、最後のデザートを運ばせる。

 

「まだ、店には出しておりません。

 新作の菓子にございます。もしよろしければ最初に御味見を」

「ほう!!」

「甘いものはお嫌いではありませんか?」

「いや、嫌いではない。

 むしろ好きだが、甘味と言えるものなど我らとて今の世では、簡単には口にはできぬ」


 クリーム色の皿の上に、普通のパウンドケーキと、オランジュのシロップ煮を乗せたパウンドケーキを、一切れずつ乗せてある。

 鮮やかな黄色と、少し橙がかかった二色がなかなかに美しい。

 白くふんわり泡立てたクリームと、飾り切りにしたオランジュを添えた。

 飾り切りの仕方は魔王城で教わった『うさぎりんご』とやらを真似てある。


 オランジュは魔王城の島には無い、皇国の果実だ。

 黄色い実が美しいのでセフィーレよりよく見かける。

 使えないかと思い、買い取って絞ってみたら良い果汁も採れ、ジャムやシロップ煮も美味だった。

 この国で出すなら、セフィーレより親しみやすいのではないかと試行錯誤しているところなのだが、さてさて王族の反応はいかに。


「これは、美しいな。

 こんな美しい料理は王宮でもみたことがない」


 喉をならしながら皿を見つめた皇子はナイフで、まずは一口、普通のパウンドケーキを切って口に運ぶ。


「こ、これは!!」

 

 皇子が目を丸くしたのが解った。

 

「甘い。だが、このような甘さがあったのか? 口の中でふんわりとほどける様に溶ける。

 先ほど食べたパンケーキとも似ているが、もっとしっかりとした強い甘さで、それでいて強く主張することなく小麦やバターと混ざって優しく広がっていく。

 なんだ? この味わいは! 驚きだ。

 …こちらに入っているのは…オランジュか? オランジュの爽やかな香りが口の中に広がり、食べやすい。

 噂のパンケーキも素晴らしいものであったが、このデザートの美味さはそれを上回る…」


 美味しさに感動してくれたのもありがたいが、はっきりと言葉に出してくれたのももっとありがたい。

 きっと部屋の外で、ヒュージ達もホッとしていることだろう。


「このような美味が、この世にあったのか?」

「流石、皇子様。そこまで味わい、お褒め頂けるとは、我らこそ驚きと感謝の念に堪えません。

 王都で最初に皇子に食べて頂けたこと、我らとこの料理の誇りとなりましょう」


 俺とリードが頭を下げると、皇子は心から満足と言う顔で息を吐き出す。


「実に、美味かった。

 城を抜け出し、街まで降りて来た甲斐があったというものだ。感謝する」

「我らこそ、ありがたいお言葉、心より感謝申し上げます。どうか、今後とも良しなに」

「? また来ても良いのか?」

「はい、いつなりと歓迎申し上げます。ただ、できれば先ぶれを頂ければより満足して頂ける料理が用意できるかと」

「解った。心がけよう」

「ありがとうございます」


 俺も皇子とは違う意味でだが、顔に出さず安堵の息を溢した。

 貴族を通り越して王族、しかも第三皇子ライオットに認められたとなれば、店にも箔が付く。

 まあ、あまり大っぴらに第三皇子贔屓の店、などというつもりはないが。



「ところで、店主…ガルフ、と言ったか?」

「はい。なんでごさいましょうか?」


 スッと、今まで料理を楽しんでいた皇子の顔が真剣なものに変わった。


「料理の件とは別に、そなたに聞きたいことがある。

 人払いはできるか?」


 ここにいるのはリードと俺だけ。

 二人で話をしたいということか。料理の件とは別に、と言った。

 城の料理人にレシピを教えろと言う話ではなさそうだ。


 皇子が一体、俺に、何の用が…。


「解りました。リード。食器を片付けて少し下がれ」

「旦那様」

「いいから、下がれ」

「安心するがいい。店主をどうこうする、という話ではない」


 心配そうだったリードも皇子にダメ押しされては逆らえない。


「解りました」


 食器をカートに乗せて、お辞儀をし部屋を出たリードの気配が、遠ざかっていくのを確認し皇子は大きく息を吐き出した。


「正直に言おう。ここ数日、お前に声をかける機会を伺っていた。

 あの場で現れ、お前達を助けたのは、偶然のように見えてそうではない。

 まあ、お前を監視しているのは俺だけでは無かったが。

 気を付けるがいい。つけ狙われているぞ」


「は? 何故」

 皇子への態度ではないと解っていても、俺は驚きに眼を瞬かせた。

 つけ狙われている、ということは、まあ、感じてはいたし、理解はできる。

 だが、皇子が俺を? 理由が解らない。 


「答えられぬことなら、答えずとも良い。聞くだけでも構わぬ。

 これは俺の独り言だ」

「ですから? 一体何のことで…?」


 俺の言葉を聞いているのか、いないのか、皇子は静かな声で告げた。いや、問うた。


  

「城で子ども達は元気にしていただろうか?」



「!!!」



 心臓が止まったかと思った。

 ひきつる口元を、必死で押さえて表情を変えないように全力で押さえる。


「本当に、な、なんのお話で、ありましょうか?

 城など、私には縁も無く…」


 俺の焦りを気に留める様子も無く、本当に独り言のように皇子は言葉を連ねていく。


「今、この世において『あの場所』の持つ意味を知り、足を向ける者は俺以外にいないと思っていた。

 そう仕向けもし、神にも皇王にも隠し通している。


 だが、どういう理由でか、もう一人『あの場所』に足を向け、なおかつ戻って来た者がいた。

 それ故に気になったのだ。

 俺は、一度、やり過ぎた。

 今は監視の目がキツくて扉を潜ることはおろか、王都の外に出るも叶わぬ故」



「それは…」



 しまった、という思いが胸に広がっていく。

 つまりこの皇子は魔王城へ繋がる扉を知っており、そこに俺が出入りしている事も知っていると言っているのだ。

 考えてみれば当然か。

 彼は戦士ライオット。

 勇者と共に魔王を倒した者なのだ。

 魔王城の島へ通じる入り口を知っていたとて不思議はない。



「知っているか?

 大聖国で勇者アルフィリーガの復活が予言されたそうだ。

 魔王復活の噂もある。

 その為、各地で男子が集められ。勇者が探されている。

 集められた後、勇者で無いと知れた子は外に放たれればいい方で、殺されたり使われたりしているらしい。

 助けてやりたいが監視がついている今、俺が下手に動くと余計に子どもらが危険になる」



 苦虫を噛み潰したような顔で、皇子が唇を噛んだ。

 悔しいと、我慢ならないと、血が浮く程に握りしめられた拳が語っている。


「せめて島に置いてきた子達が、無事であればいいと思った。

 それを知りたいと思った。

 だからお前と話したいと思った。他に意はない。本当にそれだけだ」



 席から立ち、皇子は俺に背を向けた。



「俺は…皆が語る様な勇敢な、魔王を倒した戦士ではないのだ。

 友も仲間も守れず、置いて行かれた愚かな男に過ぎない。


 こうして一人生き恥を晒しているのは、それでも、この世界でやるべきことがあるから。

 そして復活するというのならあいつに、もう一度会って謝る為だ。

 いつ、どこに戻って来るか解らないあいつと…もう一度…」


 迷いなく、強き伝説の戦士。

 人々と精霊を無欲、無私に守る真の英雄。

 そう思っていた皇子の背は、震える様に揺れて不思議な程、儚く思える。


 まだ、出会って一日も経たない相手。

 けれど…ああ、もし、この人に語りこの命、止まったとしても悔いはない。


「ライオット皇子…」


 俺は膝を折り、皇子の後ろで手を祈りに組んだ。


「お元気です」


「なに?」

 振り返った皇子が目を見開く。

 彼の前で、俺は島の子ども達の姿を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。


「魔王城は住まう子ども達と共に健在で、新たな主と、守護する戦士、魔術師を戴き、子ども達は皆、元気に、未来を見据えて生きております」

「…お前は…まさか?」


 心臓をチクリと、刺す様な微かな胸の痛みを感じる。

 けれども見えない針は、それ以上の何も与えず静かに消えていく。


「それ以上は、許可を得ぬ今、語れぬ事をどうかお許しを。

 ただ、我々は神々から、世界に味と生きる喜びと、人が、子どもが当たり前に生きる世界を取り戻したいと…考えております」


 我々、と

 その言葉をどうやら皇子は理解して下さったようだ。

 楽しそうに、嬉しそうに笑う。


「そうか…。

 ならば俺も、もう少し覚悟を決めた方が良さそうだな。

 あいつと再びまみえた時に、胸を張れる様に…」


 もう、皇子の眼からは暗い思いは欠片も見えない。

 強い戦士の意志と力が戻り、溢れていた。

 それは、正しく生きた伝説。

 勇者と肩を並べ戦った、誰もが憧れる戦士ライオットそのものであった。




 店の前で、皇子は笑う。

「今日は、誠に有意義だった。今後も本気で、贔屓にさせて欲しいものだ」

 周囲を行く者達が目を見開いているのが解る。

 皇子ライオットが、食事処に足を運んでいるなどこれ以上ないくらいの宣伝だ。


「こちらこそ。皇子の行幸を賜れるなど光栄の至り。

 どうぞ、いつなりと足をお運びください。それから…」

「なんだ?」

「この店は、急成長しております故、従業員不足に困っております。

 もし、行き場の無い者などおりましたらこちらに、ご紹介給われれば幸いにございます。

 特に、長く働ける若き者、子どもなどを…」


 俺の言葉にくすり、と皇子が笑う。

「よかろう。

 良い者がいれば集め、紹介する。働く者が増えればより多くの者があの食を味わう事ができるだろうしな」


 俺の意図を読み取って下さったらしい。

 流石、というのも失礼だが頭の良い方だ。

 魔王城に連れて行く事は難しくても、行き場の無い子をこの店で保護できればマリカ様もお喜びになるだろう。


「では、またな。同胞よ」


 颯爽と、人目を気にすることなく皇子は去っていく。

 ああ、あの方もまた、確かに我らの同胞だ。


 同じ未来を夢見て敵地を生きる…。



 もうすぐ、秋が終わり冬が来る。

 魔王城に行けるのは、まだもう少し先だろう。


 その日がもどかしくもあり、また楽しみでもあった。 


 

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