「まったく。
貴女はいつも無茶ばかりするのですから。貴女にもしものことがあったら、ティラトリーツェに私が顔向けできないでは無いですか」
「すみません」
進水式で『精霊神』様に身体と力を貸した後、ベッドから起き上がれずパーティを欠席した私を諫める様に、慰めるように頭を撫でて下さるのは第一皇子夫人。アドラクィーレ様だ。
「アドラクィーレ様はお怪我などありませんでしたか?」
各国の国王や重鎮達にあの時、大きな被害が出ていた様子も無かったので少し安心していたのだけれど、大丈夫だっただろうか?
「心配するほどのことは無かったですよ」
アドラクィーレ様は柔らかい笑みを浮かべて首を横に振る。
「魔性達も私達などさして眼中になかったようですし、護衛士もいましたからね」
「それは何よりです。お二人にもしものことがあったら、皇王陛下やお父様、お母様。
ラウル君に申し訳ないですし」
「ラウルも貴女の事を気に入っています。早く体調を戻したら、アルケディウスに戻って遊んでやって頂戴」
「ありがとうございます」
人は変わるものだ、とアドラクィーレ様を見ていると実感する。
出会ったばかりの頃は鼻もちと油断がならない。
女社会の澱みそのもののような人だったけれど、息子であるラウル君を産んでからはすっかり丸くなって優しいお母さんになったように思う。
「いつも、双子は貴女を独占してばかり。偶にはラウルも見て欲しいですからね」
「ははは。善処します」
こういう自分優先の所は変わらないけどね。
「それで、マリカ。
ちょっと話をする体力はありますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
話の区切り、ふと真顔に戻ったアドラクィーレ様は、私を見やる。
そっか。
アドラクィーレ様が私のお見舞いなんて珍しいと思ったけれど、何か話があったからなのか。
私は、カマラに頼んで、身体を起こさせてもらって話を聞くことにした。
「なんでしょうか?」
ベッドの上に半身を起こして、支えも入れて貰って。
私はアドラクィーレ様を見つめる。
ちょっと頭がくらくらして、手や体に力はまだ入らないけれど、思考そのものはすっきりしているので話を聞く事くらいはできる筈だ。
「忠告しておきます。マリカ。
リオンと離れないように」
「え? リオンですか?」
思いもかけない話の流れに、私は思わず首を傾げてしまう。
「そうです。
貴女とリオンに対して、あまり良くない感情をもっている者が多くいるようですから」
「良くないって……私達、何か悪い事をしましたか?」
「いいえ。むしろその逆、かしらね。
貴方達の子どもが欲しい。そう思って悪い手を伸ばそうとしてる者がいるの」
「子ども……」
以前、マイアさんやプラーミァの兄王様が言っていた事を思い出す。
私とリオンの子を大聖都の後継者にしようとしているとか、各国が欲しがっているとか。
あの派生だろうか?
「マリカ。今、各国の上層部で妊娠、出産を行う者が増えていることを知っていますか?」
「え? そうなのですか?」
「貴女が神殿に籠ってから、アルケディウスの大貴族、貴族で届け出があっただけでも八件の出産があったのですよ」
「それは……おめでたい事ですね」
貴族や大貴族に子どもが生まれるようになったというのなら。
私は正直にそれを良かったと思っていたのだけれど……
「良い事では勿論ありますが、手放しで喜べることばかりではないのです。
貴女、スィンドラー家の消えた側仕え、という話を知っていますか?」
「あ、はい。噂程度ですが」
嘘だ。かなり詳しく知っている。
何だったらその消えた側仕えの居場所も知っている。
けど、それを口に出すことはせず、アドラクィーレ様の話の続きを私は待つことにした。
「今から四~五年程前の話だけれど、スィンドラー家という第一皇子派閥の大貴族の妾が行方をくらましました。その女は主の子を孕んでいたと言われているわ。
スィンドラー伯爵は放蕩者の息子を廃嫡して、生まれてくる子を認知し後継者として育て直そうとしていたそうですがそれを厭んだ息子と妻の反発にあい、命の危険を感じた妾は逃亡。今も行方はしれません。妾は不老不死者なので死んではいないと思うのですが」
沈黙。余計な事は言わない。お口チャック。
絶対にその妾ティーナと子どもであるリグが生きていて魔王城にいるなどと教える訳にはいかないから。
「彼女の事例と同じような事が起きつつあるのです。
引きこもり、職にも就こうとせずのらりくらりとしていた子弟が、危機感を持ち、子を孕んだ女性に攻撃する事例もあったとか」
「うわー、最低。」
「そして、最低であることを理解しつつなお、貴族達は思うのです。貴女達のような子が欲しい。と」
「私達のような、子ども……」
「利発で、賢く、溢れる才能を持つ素直な子ども達。
子どもを作れば、無条件で貴方達のような子を持てると思っているのかしらね。
愚かな事。子育てがそんなに容易いモノでは無いと、己の所業を振り返れば解る筈ですけれど、と私に言う権利は無いのですが」
首を傾け、扇子で顔を隠すアドラクィーレ様。
それを解って下さっただけでも、ましだと思うけれど。
「それでリオンを狙っている、ということですか?」
「そうよ。欲を言えば、貴女の胎を狙いたいところでしょうけれど、それだと時間もかかるし皇王家や神殿も敵に回す。
だから、リオンを誑かして子種を得ようとする者が今後増えるのではないかしら」
現に私が欠席した進水式の後の祝賀会も、アルケディウス代表のケントニス皇子やアドラクィーレ様よりも護衛のリオンの方が人に囲まれていたという。
「リオンは……そんな誘惑に負けないと思います」
「多分そうでしょうね。ですが、腕は立ってもまだ子ども、と侮る者。陰謀を企て貶めようというものがいないとも限りません」
「それは解ります」
「そうでしょう? それに今回『精霊神』を降ろしてとんでもない奇跡を行ったことで、貴女への妬み嫉みもまた増えたでしょうからね」
「妬み、ですか?」
「ええ。自分にはない、若さと輝きを持つ娘を前にして、例え相手が巫女であろうとも素直な崇敬を向けられない者は少なくないわ。解るでしょう?」
「はい」
解りたくないけど、確かに解る。
「ですから、貴女がしっかり側に置いて、互いに守り合うことが大事だと思うわ」
「御忠告、ありがとうございます」
「各国王室や大貴族などは、あの子の正体や実力を知っていますから軽々に手を出すことはしないと思うけれど。下位で上を狙う者ほど、そういうことをしでかすかもしれないわね」
「はい」
「私は、貴方達二人が好きですよ。だから、成人式が終わったら早々に結婚なさい。
ラウルも弟妹が欲しいでしょうし」
「アドラクィーレ様!」
ほほほ、と笑ってアドラクィーレ様は去って行った。
まだ色々とお忙しそうだから仕方ないけれど。
そうか……今後、そう言う目で見られるんだ。
あの忠告は、私やリオンだけのものではない。
アルやクリス、アレクやアーサーなどにも当てはまる。
エリセやミルカ、セリーナなどは身体そのものを狙われる可能性も少なくない。
子どもを下に見て、自分の所有物のように思ってしまう大人は何時の時代にもいる。
我が子は勿論、そうでない子も。
「皆に相談して、護衛を付けて……。
母親教室とか、しっかりしないといけないかな。
倫理とか子どもが教えようとすると、絶対反発されそうだけど」
リオンは、きっと大丈夫。
子どもを作らない、って強く決めているって言ってたから、下手な誘惑には……。
思った瞬間、正装姿のリオンが脳裏に浮かぶ。
リオンが……。あの逞しい腕と身体で……。
そんなことをぐるぐると考えた突然
ドクン!
「うっ!」
と身体の内側から鈍い、けれども大きな音が響き、激痛が走った。
心臓ではない。
とっさに私は手を当てた。お腹の真上を押さえた。
お腹が痛い。身体が熱い。気持ちが……悪い。
まさかこれは……異世界転生する前によく体験した、あの……。
「どうしましたか? マリカ様?」
「カマラ……お願い。セリーナを呼んできて。それから布か何か、たくさん……。
寝台を汚しちゃうかも……」
「マリカ様。まさか?」
「うん……」
「解りました。大至急!」
駆け出すカマラを見送り、私は震える手で、身体にかかっていた上掛けをそっと外す。
思った通り。
純白のシーツには真紅のシミが色を落としていた。
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