アルケディウス軍が秋の戦に出てそろそろ二週間。
早ければそろそろ決着が着く頃だ。
フェイは連絡係として毎日秋の戦の本陣に行って状況確認をしている。
今回の戦にはリオンが参加しない。なら、フェイは離れての戦には行きたくない。
けれど国としては早く状況は知りたい。
双方の妥協案として、アルケディウスに残る代わりに皇王の魔術師が与えられた仕事なのだ。
、
「今のところはアルケディウス軍がかなり優勢です。
士気が全体的にとても高いですね。一方で相手の軍の士気を削ぐことに成功しています。
マリカのアドバイスが効いたのでしょうね」
「何かしたのか? マリカ?」
「したって程じゃないけど、ちょっとアドバイス」
城に行くより先にまず第三皇子家に寄って報告してくれるフェイ。
小首を傾げたリオンに私は頷く。
「食べ物を上手く使ってみてねって」
基本的に捕虜を確実に取る。
こちらは複数で惜しみなく敵に対して捕虜に取られないようにするは、リオンが確立した勝利の基本。
私が加えたアドバイスはしっかり風下、風上を考えて食事の匂いをフリュッスカイトに送るように心がけること。
会戦時ではない夕食時などにも意識して、楽しそうな声やいい匂いを可能な限り見せびらかすように届けることだ。
食事をとることで、アルケディウス軍のやる気、気力は高まる。
一方でフリュッスカイト軍の士気は落ちていく。
まだフリュッスカイトは貴族に食についての指導をしたばかりだから、戦に食を取り入れることまではできていないと思う。
捕虜になれば食事ができるかも、って気にさせられたらかなり勝ちゲーだ。
「食料品にはしっかり護衛をつけて敵に奪われないようにする。
一方で向こうも食事をとらせようとして食料品を運んだりしだしたら、補給線を断つようにっては話をしたよ」
フリュッスカイトの公主様や公子様達が食料の重要性に気付いても今回は地力がものを言う。
数週間で二千人分の糧食を用意し、料理人や野外炊飯の道具を整える。
公子は軍を率いないって言ってたから今回指揮をとっておられるのは二人の弟公爵のどちらかだと思うしならやりようはある。
敵の布陣を把握して、食料品などを用意しているかどうか、などを最初に確認しておくといいって、も言っておいた。
「今まで、無くてもなんとかなっていたのに、一度取り戻してしまうと無い生活は耐えられなくなりますからね。
食事は」
「うん。だから本当に食料品を貴族や王族の道具にはされないように、気を付けていきたいと思うんだ」
食べることは喜びで力。
取り戻させた以上はしっかりとみんなに広めて、誰もが当たり前に食事をする世界を取り戻す。
絶対にね。
で、戦も終盤、ということは大祭ももう間近だ。
今日はゲシュマック商会との打ち合わせ。
今回の目玉商品はお酒ではなく炭酸水のドリンクとピザを提案した。
加えてフライドパータトとフライドチキンも。
一人一つだけど、好きなものをチョイスできるようにしてみる。
去年から各地に作られた牧場で、卵も鳥も牛乳も安定して手に入るようになってきたからフライドチキンやケーキは作りやすくなった。
オリーヴァ油にナーハと食油も充実してきたから、揚げ物もまだ高価ではあるものの供給可能だ。
一度オーブンで焼いたピザをホットプレートで温めて提供。
ピザと揚げ物で熱々の食べ物を、甘く冷たい天然水と一緒に楽しんで貰えればと思う。
今までもピザは人気のレパートリーだったけれど、味がレベルアップしているからより喜んで貰える自信はある。
本格的なチーズとオリーヴァの塩漬けも手に入ったし、色々な味で沢山作っておけば屋台での提供もしやすいしね。
今まではお酒とセットにすることで単価を上げる形にしていたけれど。今年は薄利多売。
女性にもたくさん、食べに来て欲しいと思っている。
一品のみとかの人は布で包んでお渡しするけれど、多分殆どの人が買えるだけ買っていこうとおもうだろうから、例年通りお盆とカップ、お皿もセットで販売する。
で、試作の大祭プレートを見ながらちょっとセンチメンタル。
「ちょっとクリスマスっぽいよね」
「クリスマスとは?」
「あ、なんでもありません。こちらの話です」
チキンにポテト、ピザにケーキにサイダー。そしてケーキ。
向こうの世界でロンリークリスマスを励ましてくれたおなじみメニューだった。
こっちの世界には当然ながらクリスマスなんてない。
年に二回の大祭だけが唯一の楽しみだから。
行事に何かを特別なものを食べる、なんてこと、綺麗さっぱり忘れていた。
向こうの世界にはお正月から始まってクリスマスまでたくさんの行事があったっけ。
私が日本人だからかもしれないけれど、その行事には行事に合った食事を食べた。
いわゆる「ハレ」の日の食卓、というものね。
食事一つとっても意味を込め大事にしてきたのが日本人。
大半が語呂合わせなので、この世界で再現しても理解はして貰えないだろうけれど。
「あ、そうだ。ガルフ」
「なんでしょう?」
私は横で、一緒に料理検討をしていたガルフに声をかける。
「この店の他に、串焼きの屋台、出してみませんか?
普通の屋台店舗でいつも出しているのにちょっと一工夫して」
「それは、まあ、別に難しくもなくできると思いますが、何故?」
「去年、『大祭の精霊』が食べたんですよ。
エルディランドからの屋台が出していた串焼きを」
「ああ、確かにそのような話を聞きました」
「『大祭の精霊』が食べたのと同じ店、はできないですけれど、『食べると幸せを呼ぶかも』って売り出せば人気が出るんじゃないでしょうか?」
「なるほど、確かにアリです」
「ゆくゆくは大祭で串焼きを食べると幸せが訪れる、なんて話を作れば、安定して売れるよううになるかもしれませんよ」
「なるほど」
「今まで食事をしなかった人も、幸せになれるならって食事をとるきっかけになるかもしれないし」
行事食にいろいろと、意味や由来が込められているのはその時期に、その食材を食べるのが健康やいろいろな面で利に適っているからで。
それをみんなが食べる気になるように、いろいろな由来をつけるのだ。
串焼きを大祭で食べることに健康的な意味はないけれど、安くておいしい、その上幸せになれるかもしれないと思えば夏の『大祭の精霊』衣装大ブレイクを鑑みるにけっこういけそうな気がする。
「どうです? やってみませんか?」
「面白い。やってみましょう!」
今までの塩焼きに、エルディランドに教えたしょうゆダレと同じものを作って、両方選べるようにする。価格は通常と同じに。
今回の目的は少しでも多くの人に『新しい味』に触れて食べる楽しさを思い出してもらうことだから。
その為には色々と恥ずかしい『大祭の精霊』も利用する。
「今年も『大祭の精霊』が現れてくれるといいのですが」
「新しい服を着て、別のものを食べて下さるとそれこそ、経済が活性化しそうなんですけどね」
「出ません。絶対に出ませんから!」
ガルフやリードさんが含み笑うけど、もう二度と出ないよ。
アレは。絶対。
と、この時、私は本気でそう思っていた。
だからこそ本人特権で思いっきり使い倒す気満々だったんだけれども、まさか、大祭であんな騒動が起きるとは。
人間の欲と発想、半端ない。
マジで。
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