リオンの『告白』の後、私達は驚くほどに変わらない日々を過ごしていた。
リオンは多分、一大決心で告白したのだと思うし、私達も本気で悩んだのだけれども、すべて終わってしまえば何も変わらない。
ただ、頼りになる仲間が、もっと頼りになると解っただけのこと。
私も、アルも、そして多分リオンもフェイも変わらない日々と、秘密と思いを分け合ったことで逆に深まった関係に心の底から安堵していた。
そういえば。魔王城の王子が帰って来たのだから、守護精霊も返した方がいいのかな?
とも思ったりしたのだが
「それは、ダメだ」
「お断りいたします。私の主はマリカ様です」
と当の二人にきっぱりと断られたのでそっちも現状維持と決まった。
上階のプライベートルームも変わらず閉鎖中。
リオンはフェイと一緒にやっぱり今も住居棟の部屋で暮らしている。
「自分の部屋に戻らないの?」
とリオンには一応言ったのだけれども
「あんな子ども部屋に戻るほど、もう子どもじゃない」
と拒否られてしまった。
難しいお年頃だ。
まあ、閉じる前に目ぼしい本とかは借して貰ったけれど。
本当に子ども用の絵本や、初級の勉強本がたくさんあって、早く貸してほしかったと心底思った。
ちなみに、魔王城の本館をほぼ全部調べ終って解ったことだけれど、魔王城の蔵書は本当に凄かったのだ。
一階にあった書庫は余った本とか、騎士や使用人が自由に見てもいい比較的扱いの軽い本だったらしい。
リオンの…王子の部屋。女主人の部屋。
エルフィリーネが開けてくれた魔術師と騎士の部屋にあった本は、正真正銘の稀覯本だった。
500年前のものなので全て羊皮紙で描かれた手書き本。
ガルフが持ってきてくれた新しい本とは装丁から何までレベルの違う凄い本ばかりだった。
それだけに、難しい文字や古語で書かれているものも多くて全部理解するのは簡単ではなさそうで冬の間にじっくりと読ませて貰おうと思っている。
世界を変える為に、一緒に勉強するって、リオンとも約束したしね。
なので私達は もうすぐ訪れる冬に向けて、森で木の実を集め、果実や芋を収穫し保存する。
夜泣きが出て来たリグの面倒を交代で見て、ちょっと寝不足になりながら笑い合う。
穏やかで、楽しい日々に戻った。
もうすぐ冬。
でも新しい家族も三人増えて、色々とできることも増えて、本もたくさんあって、食料も色々と充実して、去年よりも退屈しないですみそうだと思っている。
「みんな~、マールの実を拾う時は気を付けてね。
手や足を棘で刺さないように!」
「はーい」
今日は秋の採集デー。
みんなで色々な食材や薪、木材などを回収に出てきている。
秋も大分深まって来た。
暦で言うならそろそろ空の二月に入った頃。後数週間もすれば雪が積もり始める。
雪が降れば、数か月は外に出られなくなる。
その前に準備は色々としておかないといけないだろう。
小さい子と女の子達にはミクルとマールの実の採取を頼んだ。
年長組男子は木材の採取だ。
今年の冬もカエラの木からの樹液採取は絶対にしたいから、バケツを作ったり煮詰めたりするための木材や薪は用意しておかないといけない。
小枝や葉っぱも集めて蓄えておく。
秋の間に二組に増えたヤギのエサにもなるし、燻製作りのチップにもできる。
木を切ったらなるべく無駄にしないのが、精霊への礼儀だと思う。
今年はアーサーのギフトとオルドクスのそりが使えるので、去年より色々な作業が格段に楽になっている。
だから、子ども達も色々成長してきているので任せられるところは任せて、私は兼ねてから考えていたことを調べてみたくなったのだ。
「みんな、ちょっとここは任せていい?」
「いいけど、マリカ姉、なにするの?」
小枝を運んでいたアレクが首を傾げる。
「森の方で探し物を…」
「待て、マリカ。どこで何をする気だ?」
「わっ!」
木の上で、小枝の伐採をしていたリオンが、いきなり目の前に飛び降りてくる。
「危ないよ。リオン兄。他の子が真似しちゃうし」
「話を逸らすな。どこで何をするつもりだって聞いてるんだ」
問い詰める様に顔を寄せるリオンに、私は白旗を上げた。
ホントは黙って調べて、驚かせたかったんだけど。
「ちょっと、森の奥に行って河を調べて来たいの。食べられる魚、いないかなあって」
「魚?」
「うん、この間ガルフが言ってたでしょ? 川魚は昔けっこう需要があったって。
サーマンに、セリル?」
秋は色々な魚も美味しい時期だ。
私も日本人だから、魚は好きだしできれば食べたいと思う。
醤油がないのが致命的に残念なのだけれど、塩焼きやムニエルも作ればきっと美味しいと思う。
「なんとなく、なんだけどねサーマンって異世界で私も知ってる魚じゃないかなって思うの」
全部がそうではないけれど、向こうの世界とこちらの世界で似た名前を持つ植物とかが多いような気がする。
それが魚にも当てはまって、サーマンがサーモン、だとしたらスモークサーモンとか絶対に美味しい。セリルはよく解らないけど、アユとかヤマメかな?
「でなくても魚が釣れれば、料理の幅が広がるかと思って…」
「だったら、俺も行く」
「大丈夫だって、川沿いを調べるだけだから」
「ダメだ。イノシシに潰されるぞ。フェイ。アル、ここ任せていいか?」
「いいですよ。マリカ一人で森の中には行かせられませんからね」
「りょーかい。美味いモノ探してきてくれよ~」
うー。信用がない。
でも、やっぱりイノシシとか怖いし、魚も私一人では釣れるかどうか解らないから来てもらえるのは正直、助かる。
「お昼前には戻ってくるから~」
私はリオンと並んで、川沿いを歩いていく。
水場のあたりは穏やかだったけれど、下流に行くにしたがって流れが厳しいところも多くなってきた。
木靴で歩くのはけっこうキツイかも。
と思っていたら、
「ほら」
さらっと、前を歩いていたリオンが手を差し伸べてくれた。
こういうところ、本当にカッコいい王子様だなあ、って思う。
「ありがとう」
彼の手を借りて、なんとか難所も乗り越えることができた。
城から出て、森を歩くと今迄、あまりこの島を調べていなかったことに気付く。
「そういえば、この島ってどんな形? この河って海に繋がってるんでしょ?」
「普通に、細長丸い感じか? 河は海に繋がってるけど、河口とかはキツイ暗礁があった筈だ。
周囲は崖とかで囲まれてるから船の行き来は難しいかもな」
「じゃあ、貿易とかは? してなかったの?」
「今は使われてないけど、カレドナイトの鉱山があるんだ。
一緒にけっこうな宝石も採れたから、細工師もいて、それを選ばれた者が、門を使って外に売りに行ってたと思う。
精霊の恵みで食べ物は十分自給自足できたし、家畜も豊か。羊飼っている連中もいて、布も自分達で作ってた。
優秀な精霊術士も魔術師もたくさんいたし、何より精霊石はこの島でしか生まれなかった。
だから、国を閉ざしても十分にやっていけたんだ」
話ながら、森を行く。
…なんとなく、勇者伝説の裏が見えてきた気がした。
精霊の恵み多い、裕福な国。
何者かによって闇に閉ざされ、精霊を魔性に食われ、苦しんでいた他国の人にとってはもしかしたらこの国は、羨望の的だったのかもしれない。
だから、魔王の冠を被せて闇に葬ったとか、有りえる話で…。
敵はもしかしたら神だけじゃなくって…
「おい! マリカ、ボーっとするな」
「え? あ、わああっ!」
考えに浸っていたせいで、気づくのが遅れた。
足をかけた岩が、ぬるりとぬめって、私は足を滑らせる。
リオンが手を差し伸べてくれて、なんとか掴んだけど、崩れたバランスは取り戻せない。
それどころか掴んだリオンの手を私は思いっきり引っ張って、道連れにして
ブワッシャアーン!!
川に見事に落下した。
「ぬ、ぬかった」
頭まで水浸しになったリオンが渋い顔で、顔に貼りついた髪の毛を払う。
それでも、私が川底にぶつからないように庇ってくれたリオンのおかげで、私は服が濡れただけ。
リオンも幸い怪我はしていないようだ。
「ご、ごめん!!」
私はリオンと自分の服に手を触れて、水気を飛ばす。
服の形を、水分があるものから、無いものに変えたのだ。
流石に髪の毛の水気は取れないけれど。
この時期、水浸しの服なんか来てたら風邪をひく。
「へえ、こんなこともできるようになったんだな? じゃなくって、ぼんやりとするなよ。危ないぞ」
「うん。気を付け…あああっ!!」
せっかくリオンが手を引いて、河から立たせてくれたのだけれど、私は直ぐにまたペタリと川底に膝をついた。
「どうしたんだ? 何をやってる?」
「見て! これ、本当に鮭! じゃなかった。多分、サーマンだよこれ!!」
私とリオンの周りに、気づけばひしめくように黒光りする魚たちが集まっていた。
いや、違う。
多分私達が魚の産卵エリアに落下したのだ。
本当に私が知る通りの鮭!
「凄い、凄い! リオン、これ捕って! 一匹、いや二匹でいいから」
「増えてるぞ。まあいいけど」
釣り竿も網も無いけど、それでもリオンは私の注文通り二匹、鮭を仕留めてくれた。
「やったああ! ありがとう。リオン!
これで、またみんなに美味しいモノ作ってあげられる。食べられる。
イクラ♪ スモークサーモン!
ふふふ、うれしい!!」
服が生臭くなるのも気にせず、魚を抱きしめる私を見て、リオンは呆れたような顔で私を見た後。
スッと手を伸ばす。
「ほら、寄越せ。持ってやる」
「いいよ。大きいからけっこう重いし、一匹ずつ持とう?」
「これくらいなら、別に平気だ。気にするな」
そういうと、リオンはひょいと魚を二匹取り上げると、手近な蔓で束ねて抱え上げた。
「…マリカは、本当に大切な時に持ってくれるから、それでいいんだ」
主語は無かったけれど、リオンが言ってるのは鮭の話じゃないことは分かっている。
先を行くリオンの背中を見つめ、私は追いかけた。
本当に大切な時には必ずリオンの荷物を一緒に持つのだと、心に決めて…。
ちなみに、翌日、取って来た鮭は見事なスモークサーモンに仕上がった。
塩と、ガルフがくれた胡椒が素晴らしくいい仕事をしてくれて、自分でもほれぼれするほどの出来だ。
いくらは本当は、すっごくしょうゆ漬けにしたかったけれど、ベーコンと合わせてみたり、パータトのカナッペに乗せたりすると軽い塩味でもいい味わいになった。
魚を殆ど食べた事が無かった子達も、ティーナも驚いてお代わりするくらいの好評を博す。
その後、乱獲にならない程度にみんなで鮭を狩り、スモークサーモンだけではなく、塩焼きやムニエルも楽しむことが出来た。
塩引きとか新巻鮭ができればもっと保存もできたのだろうけれど、それは今後の課題で。
魚も皆の口に合うという事が解ったので、来年は魔王城の食卓をもっと豊かできると思う。
他の美味しい魚にも出会えるかな?
私は来年の春が今からとても楽しみになっている。
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