リオンは、日に日に動きが洗練されてカッコよくなっていく。
まるで、蛹から孵った蝶のように。
周囲の誰もそれを否定できないくらいに。
「人。特に男子には目に見えて成長、変化する時は確かにあるものですが、それにしても……これは、あの容は……」
タートザッヘ様が言い淀んだ理由は解っている。
知っておられるから。
大祭の精霊。成長したリオン、いや勇者アルフィリーガの姿を。
リオンは十六歳。この世界は一年が十六か月だから、月齢とかを向こうの暦で計算すれば十八歳を超えているのかもしれないけれどほんの数日前は、どこか少年っぽさ、幼さが見えた。
でも、今はビックリするくらい大人びている。
大祭の精霊にそっくり。
瓜二つ。
本人は身長も体重も変わっていないというけれど正直信じられない。
完全な別人だ。
一体、何をどうして、どうやったら、こんな風に数日で人を作り変えることができるのだろう。
ただ一方で時々、何かに戸惑うように立ち尽くしたりぼんやりしたりしている場面が見られるという。
私も一度、鏡の前で自分の姿を見つめているリオンを見かけた。
「リオン」
そう呼びかけた時、振り返る直前の鏡には
「マリカ……」
魔王城で一緒に暮らしていた時のような。
強いのに、正しい事をしてきたのに。
いつも自分の過ちを悔いて、自分自身を責めている。
そんな迷子のようなリオンが映っているのが見えた。
でも、振り返った瞬間、その空気は霧散して
「どうかしたのか? 何か用か?」
「あ、うん。ゴメン。なんでもない」
鋭く強い眼差しの戦士がそこにいた。
リオンの容をして、リオンの声をしているけれど違う人。
私達の知るリオンは完全に消えたわけではないようだけれど、主導権は奪われてしまったのかもしれない。
「別人に変わった、というのとは少し違う気がします」
そう、私に囁いたのはクラージュさん。
「リオンというソフトはそのまま全体的に機能拡張というかアップデートされた。
そんな感じでしょうか?」
「言いたいことは解りますが、止めて下さい。
そういう言い方」
我ながら冷たい声が出た。
クラージュさんも苦笑している。
「人の心はそんなに簡単に書き換えられるものではないし、前のリオンが古くて悪いみたいじゃないですか」
「そうですね。失礼しました」
凄く的確な表現であることは解っている。
でも、イヤだ。
仮に、リオンと言う存在がアップデートされて、全ての人にとって望ましく、素晴らしい存在になったのだとしても。
そこに前のリオンの意志が介在せず、毒と術と策略によって無理やり弄ばれ作り替えられてしまったのだとしたら、私は許せない。許さない。
絶対に。
「私も、今のリオンの状態が手放しで歓迎できる良いものであるとは思っていません。
むしろ、私の想像通りだとしたら、かなり危険な状態だと言えるでしょう」
「想像通り? 危険とは、どういうことですか?」
クラージュさんが喉に手を当てた。
大きく深呼吸。でも諦めたように小さく首を横に振る。
「それは……まだ言えないようですね。
魔王城に連れて行って、ちゃんと治療、対処した方がいいと思う反面、今、あの子を魔王城に連れて帰ってはいけないとも思います」
「何故?」
「フェイが、あの子を魔王城に連れ戻らず様子を見ているのも、リオンが帰還を拒否したのも、同じ理由でしょう。
もう少し、対処が早ければ間に合ったかもしれないのですが。
時間がかかりすぎた。完全な『覚醒』を許してしまった。
『魔王』と『神』は無論、それを計算して仕掛けたのでしょうね」
「ですから、何が、どうなって。リオンの何が覚醒したのですか?
まだ、これも言えない事なのですか?」
「はい。私が言っていいことであるのなら、そう伝えます。
今、完全に事情を把握しているのはフェイと本人だけ。
そして、それを言えるのはあの子だけでしょう」
お父様からの要請については既にリオンに連絡してある。
夕方にお父様との会見を持つことも了承済み。
でも、素直に応じてくれるだろうか?
「……今夜お父様がいらっしゃいます。その時に、改めて確認しましょう。
本人しか、言えないというのであれば、どうなっているのか、直接聞いてみるしかないと思います。彼は、教えて……くれますか?」
「おそらく。私が思っている通りなら、隠す必要はない、と堂々と告げてくれることでしょう」
「解りました」
正直、怖いけれど。凄く凄く怖いけれど。
いつまでも逃げてはいられないから。
そうして、予定より長くなったけれど科学会議は一応閉幕した。
転移陣を使って、即日帰国も可能。でも色々、心残りや心配があるのだろう。
殆どの国が後泊し、いろいろ纏めをしてから帰国するという。
でも、私達にとってはこれからが本番。
私は会議の閉幕を宣言した後、一端部屋に戻り、身支度を整えることにした。
「お疲れ様でございました。マリカ様」
「会議はなんとか終わりましたが、これから大事な話し合いがあります。
着替えるので準備をして貰えますか?」
「かしこまりました」
「疲れたので、少しだけ休憩します。準備ができたら呼んで下さい」
そうお願いして私は寝室に戻り、ドアを閉めた。
大神官の私室は数部屋の続き部屋。
奥の寝室と、身支度などを行う着替え部屋。客を迎え入れる応接室などかなり広く、ミュールズさんやセリーナを始めとする何人もの侍女が出入りする。
皇女にも大神官にもプライベートなんて基本ナッシングだ。
でも、流石に寝室だけは私が望めば一人でいられる。
朝、予定の時間に起きてこないとかあれば、鍵を持っているミュールズさんが入ってくることもあるけれど、内鍵をかければ少なくとも一人でいたいのだと、理解してくれる筈。
私は、カマラも外に出して、鍵をかけベッドサイドに腰を下ろした。
「はあああっ」
零れるのは大きな吐息。
あと少しで、リオンの現状が判明する。
早く知りたいと思う反面、それはとても怖く避けたいこと。
不安で、苦しくて。どうしようもなく心が苛立つ。
少しでも心を落ち着かせようと目を閉じた、正にその瞬間だった。
「マリカ……」
「えっ?」
とすん、と。
私の身体はベッドに沈められていた。
押し倒された、と言うのが近いというか正しい。
身体の前面から、いきなり体重をかけられてベッドに背中を付かされたのだ。
「声を、上げるな。解っているだろう?」
上質の布団は、突然の乱暴な攻撃にさらされようと、一切の痛痒を私の身体に残さない。
だから、今、私を襲う衝撃は心のものだけだ。
心臓が嫌な音を立てて高鳴っているのも、身体が動かないのも。
声が出ないのも。
自室で、皇女が、男に押し倒されているという事実による。
「リオン……」
身体に残る全部の力を使って名前を、静かに呼ぶ。
外に聞こえないように。でも、確かめるように。
私の騎士。
そして、今、私を押し倒して覆いかぶさり、腕の檻に閉じ込める男の名前を。
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