正直、状況が解らないまま、私は舞台の中央に引っ張り出された。
アンヌティーレ様に手を取られて。
「あ、あのアンヌティーレ様?
私、ヴェートリッヒ皇子とラストダンスを踊るお約束が…」
「いいのです。
お兄様は、貴方と私の時間を奪ったのですしこれくらいの報復、当然ですわ」
拗ねたような表情で頬を膨らませるアンヌティーレ様は、私(北村真理香 25歳視点)からすると可愛らしく見えはするけどちょっとあざとい。
自分が愛されていて、こうしてこうすれば大体通ると解っている仕草だ。
童顔で身長も低めで幼く見えるけれど、アドラクィーレ様のお姉さんなんだから二十歳は過ぎていらっしゃる筈。
時も成長も、五百年前で止まっているのだろうか、というのは流石に辛辣な言い分だとは思うけれど。
「舞踏会のダンスは元は収穫を願う円舞で、必ずしも男女で舞わなくてもいいのですわ。
私、時々、お友達と一緒に踊ったりもしますのよ」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、ですから一緒に踊りましょう?
私が男性部分を踊って差し上げますから」
そう言って手を取られてしまったら、逆らう事は出来そうにない。
周囲を見回してみれば、皇帝陛下と皇妃様も平然な顔。
皇子妃様達はまたか、というような呆れ顔。
つーことはよくある事なのか。
で、場を奪われた皇子様はと言えば…あれ? なんだか楽しそうな笑みを浮かべている。
主役を取られた割には…いい笑顔だ?
なんで?
「一緒に、皆に祝福を授けて差し上げましょう。
力を貸して下さいね」
「は、はい…」
前奏が終わり、本格的なメロディーが流れ始めたのでアンヌティーレ様のエスコートに身を任せてステップに入った。
曲目そのそのものは、良く知っている円舞曲。
それをアンヌティーレ様と一緒に踊り始める。
祝福を授けてあげましょう、という通り彼女の周りに、光が集まり始めた。
なんとなく、アンヌティーレ様の意図が解った気がする。
後輩の『聖なる乙女』をリードして格上を見せつけよう、ってことなのかもしれない。
なら、私も同じか少し多いくらいに…精霊さん、手伝って。
光に包まれ踊る白百合のような二人の乙女。
自分で言ってて恥ずかしくなるけれど、周囲から綺麗に見えてるだろうな、とは思う。
ドレスの派手さも相まって。
陽光を糸にしたような金髪さらさらストレートがターンの度に柔らかく揺れて流れるのは本当にあでやかだ。
唇はルビーのように艶やか。リップを使っているにしてもかさむけひとつない。
エメラルドグリーンの瞳に私が映っているのを見ると、私の外見は本当に地味だな。
そしてアンヌティーレ様はお美しいな、って思う。
こうして向き合って踊っていると身長160cmは無いくらいなのに不思議に大きく見える。
エスコートもお上手だ。
「…ヴァン・ナトゥラルス…」
「?」
踊りの最中、ふとそんな呟きが聞こえた。
何だろう? 呪文。
と思った途端、私は自分の身体に起きている異変に気付く。
(な、なに? 力、吸い取られてる?)
私の身体から、生命力? 気力? そう言ったものがアンヌティーレ様に吸い取られて行くのが感じられたのだ。
力を捧げたり、吸い取られたり、ということそのものは別に珍しいことじゃない。
今迄、何度も『精霊神』様に捧げたりもした。
でも、明らかにそれとは違う。
繋いだ掌からアンヌティーレ様に、私の力が流れて行っているのだ。
(どういうこと? え? まさか、さっきの呪文?)
狼狽する私をにやりと、意地の悪い笑みでみやるアンヌティーレ様は、ガッチリと掴んだ私の手を離して下さらない。
強引に、私を振り回す様なダンスを続ける。
勝ち誇ったような顔つきで両目ウインク。口の中でくぐもる様な呪文。
すると周囲の光の精霊がさらに数を増す。
理由は解らないけれど、今ので確信できた。
アドラクィーレ様は、私の力を吸い取っているのだ。
それを自分の力に変換して精霊を呼んでいる?
(こ、こわっ! 何? なんでこの人、そんなことができるの?)
にんまりと笑いながら踊り続けるアンヌティーレ様は私と瞳を合わせた。
幸い、神事の時とかに比べればそんな強くて倒れる程ではないけれど。
このまま私は為すすべなく踊りが終わるまで、力を吸い取られ続けるのだろうか?
と思った瞬間
「え?」
いきなり、アンヌティーレ様の表情が激変した。
「な、なに? これは?」
大きく目を見開き、ぱくぱくと、口を開閉する様子は空気を求める金魚のよう。
「ちょ、ちょっと待って。おかしいわ。
力が…溢れて…こんなこと…ホントにこれは!!」
「アンヌティーレ様?」
いきなりダンスを止めたアンヌティーレ様。それでも、私の手は離さない。
逆に肩に手をまわして、抱き付いて来る。
力が、前よりももっともっと吸い取られて行くようだ。
「凄い…これは、アッ…アアアッ!!!!!」
アンヌティーレ様は、私を抱きしめたまま、恍惚めいた声を上げてパタン、と座り込んでしまった。
巻き込まれるように私も床にへたり込む。
何がなんだか解らない。アンヌティーレ様の顔は私の肩口に埋められたまま動かない。
手は握られたまま。意識は完全に飛んでいるようだ。
力を吸い取られるような感覚は、消えたけれど身体を振り払っていいものかも解らない。
呆然としたのは多分、そんなに長い時間じゃない。
「アンヌティーレ!」「マリカ様!」
広間の中央にヴェートリッヒ皇子とリオンが走り寄ってくるのが見える。
二人に、数歩遅れるように周囲も動き出して喧噪に包まれる。
「しっかりしろ! アンヌティーレ!」
皇子がアンヌティーレ様を引きはがしてくれる、と同時。
「…マリカ姫。気を失ったフリをして!」
小さな、本当に小さな声が聞こえた。
今、ここにいるのは皇子とリオンだけ。リオンの声では無い。ということは…。
「え?」
「いいから早く。説明は後でする。でないと色々と面倒になるよ」
アンヌティーレ様を胸に抱き、マントで包んだ皇子が私に今度ははっきりとした声でそう言った。
訳が分からない。本当に何が何だか解らないけれど。
でも、そうした方がいいことは解った。
この場で意識を持ち続けていたら、私が、アンヌティーレ様に何かをして彼女を気絶させたと思わせてしまうかもしれない。
「リオン、あと、宜しく」
「解った…」
私はぱたりと、リオンの腕に倒れ込み、目を閉じた。
皇帝陛下と皇子の声が聞こえる。
「何が起きたのだ? 一体?」
「アンヌティーレの悪い癖が出たのだと思います。
まったく。格上の『聖なる乙女』にやらかすとは」
「またか…」
悪い癖? やらかす?
どうやら、今回の件は確実に「アンヌティーレ様」が何かを「やらかしたらしい」
何をされたのか。
何が起きたのか。
私達がそれを知ることができたのは、舞踏会が大騒ぎの中、終わった翌日の事だった。
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