シュトルムスルフトの王太子 マクハーン様の告白を、私達は黙って聞いていた。
実のところ、私はそんなに驚きはしていない。
マクハーン様を見た時からもしかしたら、と思っていたことだから。
「貴方の甥? 僕が、王族?」
「そうだ。我らがシュトルムスルフトの王 イムライードと、正王妃アズムラクァの娘
ファイルーズの子であろうと、我々は推察する。
シュトルムスルフトでは女子に王位継承権はないし、父親も定かではないから、王の娘の子であっても王族。
王位継承権保持者、とはならないが王の血筋であることに変わりはない」
「そんな……ことが……」
でも、当の本人にとってはやはり青天の霹靂ではあるようだ。
いつも冷静で斜に構えた様子も見られず、狼狽しきっている。
「お話の邪魔をして申し訳ありません。マクハーン様。
今、フェイの母親かもしれない人物を王と正王妃の娘とおっしゃいましたが、真でしょうか?」
「別にかまいませんよ。姫君。
ええ。不老不死発生から五百余年。シュトルムスルフトの王宮には王に仕える四人の妃と、八名の妾がおります。しかし不思議な事にそれだけの女と日々身体を結んでも、子ができることは本当に稀で、不老不死世になってから生まれた『王の子』は私の妹、ファイルーズのみです。不老不死以前には今より、子が出来やすかったので、王家には王子はたくさんおりますが。私の上に三人、私の下に十二人の計十六名。ファイルーズを入れると十七名ですね」
「じゅうななにん……」
ハーレム王族半端ない。
と同時、不老不死前はそれだけの子が生まれていたことに驚く。
逆に不老不死時代になってからは一人だけ、ということは本当に子どもが生まれにくいのだな、と思ったけれど今、聞くべきところはそこではない。
「ファイルーズ以外は全員男で、今は、殆どが独立して職務についております。王宮に残っている『王の子』は私と第一王子である兄シャッハラールのみです」
「ファイルーズ王女はマクハーン様と同腹の妹で在らせられるのですよね? では、私とアンヌティーレ様の間に生まれた『聖なる乙女』なのではありませんか?」
王家の血を引く女の子が『聖なる乙女』であると聞いた。
『聖なる乙女』は『精霊神』と人、『神』と人を繋ぐ力を持つのだとも。
ただ、不老不死発生以前から、各国王家は男性の出生率が高い傾向にあり、不老不死世になってからは特に子どもができにくくなった。
不老不死時代になってから各王家に生まれた子どもは私の知る限り、フリュッスカイトのソレイル王子だけだった筈だ。
あ、去年、アルケディウスでお母様の双子が、今年、プラーミァとアルケディウスで王子が生まれたっけ。
でも私が五百年ぶりの『聖なる乙女』だと言われて大聖都をはじめ、変に祀り上げられているのはその希少価値からだと思っていたけれど、ソレイル王子のように表舞台に出てこなかったお姫様がいたのかな?
「その通りです。ファイルーズはシュトルムスルフトの『聖なる乙女』。
七歳から失踪直前の十四歳まで、国で舞を奉納する役目を背負っておりました。
その頃は『精霊に見放された地』シュトルムスルフトに一番、恵みが高まった時期でしたね」
「では、なぜ?」
頷くマクハーン様は私の疑問を先読みしたように続ける。
「シュトルムスルフトにおいては、女性が表舞台に出ることはほぼ許されません。
かつて一度だけ、女王が立った時があるのですが、『精霊神』の怒りをかい砂漠化の原因になったそうです。以降、才能ある女性ほど表に出ることは禁じられるようになりました」
「え? どうして?」
「解りません。ただそう伝えられているだけなので。我が妹ファイルーズも、兄の欲目ではありますが頭が良く、才もあり、大聖都での巫女舞も成し遂げる技量はあったと思うのですが、父王は決して外に出すことはありませんでした」
「そんな……」
「それでも十五歳の新年、大聖都に赴き成人の儀と登録を行うことで話は決まっていたのですが、その前に妹は失踪。行方知れずとなったのです」
「行方知れず、とおっしゃいましたが仮にも王族の女性が、しかも王宮ででしょう?
見つからなかったのですか?」
「不思議な事に。
護衛士、側近は妹が目の前で何者かに連れ去られた。
追いすがった侍従と共に姿が風に溶ける様に消えた、と証言しています。
今は、シュトルムスルフトでも失われた風の転移術使いの関与が疑われておりましたが、詳細は不明。共に姿を消した侍従共々、未だに見つかっておりません。
その後、父王は『妹は『精霊神』に愛され呼ばれたのだろう』と捜査を打ち切りました。
母の大反対を無視して葬儀も行ったほどです。
まあ、その点に詳しく話し出すと色々な人間に不都合なことが起きるので今は割愛させて頂きます。いずれ機会があればゆっくりと」
ちらり、とマクハーン様は兄王子の方を冷淡な眼差しで見やった。顔を背けるシャッハラール王子。これはもしかしての奴?
ただの妹姫失踪だけではない何かがありそうだ。
「そういうわけで、妹ファイルーズの名はシュトルムスルフトではシュロノスの野に呼ばれた『精霊神の花嫁』として、シュトルムスルフトでは初代『聖なる乙女』と同様の扱いをうけ、信仰を集めています。
ただ、名声と栄光を与えられながらも、我々一族は納得していなかった。
だから……君の帰還はとても、本当に、心から嬉しい」
マクハーン王太子の目には確かな喜びとフェイに対する親愛が浮かんでいる。けれど。
「か、仮に僕が、ファイルーズ王女の子だったとしたら『聖女』として崇められるその名を汚すことになるのではないでしょうか?」
「なるかもしれないね。でも、それでも構わない。訳の分からない理由で消えた妹の真実の証明。忘れ形見の帰還に比べれば小さなことだ」
けれど、それははっきりと目に見える喜色ではなく、深い思慮と決意と、陰謀を宿しているようにも見える。
「最後に確認するけれど、ファイルーズは君の側にはいなかったのだね?」
「……はい。僕の記憶の中に、母の面影は皆無です。一人、廃墟で泣いていたのを育ての親が拾ったと……」
「そうか……。なら、まだ希望はあるかな?」
寂しげに一度だけ目を伏せたマクハーン王太子は、何かを振り切る様にして目を開けると一歩、二歩とフェイに向かって歩を進める。
フェイは凍り付いたように動かない。周囲にいた者達も後ろに下がり膝をついた。
傍らに立つ、リオンを除いて。
「……辛い思いをさせたね」
フェイと、マクハーン様。
二人の距離が縮まり、手を伸ばして触れられるくらいになっても、フェイは完全に硬直したままだ。マクハーン様の手がフェイの頬に伸びる。
「ああ、やっぱりファイルーズの面影があるな。
母が生んだ子ども達は皆、母親似でそっくりだと言われていたんだよ」
ピクリと、身体を震わせただけで、フェイは抗わなかった。
「フェイ。私の甥。
君は、この歪み腐ったシュトルムスルフトにとって清浄の風となるだろう。
君の帰還と、皇女の訪問は、私にとって待ちに待った好機。
必ず、真実を突き止め、君とファイルーズの無念を晴らすつもりだ」
「マクハーン……様」
ほぼ0距離で合わされる視線。
眼差しにも戸惑いはあっても嫌悪は見えない。
王太子の言葉に嘘はないと、フェイは感じ、いや解っているようだ。
そんな甥の様子にくすり、と微笑んで
「今はそれでいいよ。
シュトルムスルフトでの滞在は色々と辛いこともあるかもしれないが、できるなら、私を信じて踏みとどまって欲しい。
私は今度こそ、国と大事な家族、両方を守れる王になって見せるから」
マクハーン様はフェイの額にそっと唇を寄せ祝福、口づけを落とした。
周囲が、配下が騒めいたのが解る。
非公式の場ではあるけれど、王太子が他国の孤児を一族と認知したのだ。
「マクハーン! 今の言葉、父上にご報告するぞ!」
「ご自由に。さっきも言いましたが、私も本気を出します。
うやむやにされたこの件はしっかりと追及するつもりですから」
言い放つシャッハラール王子に迎え撃つマクハーン王太子。
二人の宣戦布告を私達は、ただ見つめるしかない。
まだ始まってもいないシュトルムスルフトでの滞在は、こうして信じられない幕開けとなったのだった。
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