私はラフィーニ。
木の国 アルケディウスで服飾商を営んでおります。
アルケディウスの服飾は商業ギルドを預かるギルド長 アインカウフが預かるガルナシア商会がトップの商圏をもっているので第二位という形になりますが、決してその規模も能力も引けを取るものではないと自負しているつもりです。
今回、私は国を離れ大聖都に来ています。
不老不死時代になってから、おそらく初めての筈です。
アルケディウスを離れ、店を二週間近く開けるのは。
心配と言えば心配なのですが、今年に限ってはどうしても来ないわけにはいきませんでした。
アルケディウスが生んだ宵闇の星。
『聖なる乙女』マリカ様の奉納舞を、この目で見る為に。
アルケディウス皇女 マリカ様はシュライフェ商会にとっては最高の顧客でありお得意様でもあります。
元々、王室御用達を預かっていたのはガルナシア商会でした。
皇王陛下、皇王妃様、第一皇子、第二皇子にその奥様達も。
不老不死前からガルナシア商会の顧客で、新規参入は困難を極めました。
その中でまがりなりにもシュライフェ商会が肩を並べていられるのは南の国 火国プラーミァから嫁いで来られた第三皇子妃 ティラトリーツェ様を顧客にできたから。
そして、現在アルケディウスの服飾商会不動の第二位の立場を手に入れられたのは、第三皇子の姫君にして『聖なる乙女』マリカ様と好を繋ぐことができたからだと思っています。
「ガルフ。世の中にはお金を惜しんではいけないところというものが確かにあるのですね」
「はい。ラフィーニ様。私もそう思います」
礼大祭 前日祭の夜。
ルペア・カディナの市長公邸。
私は華やかなパーティの一角でゲシュマック商会の代表、ガルフと自分の知らなかった世界を見つめながら頷きあいました。
年に一度大神殿で行われる礼大祭に参加するのは、ルペア・カディナの人間以外にとって自分の財力を示す一種の見栄、あるいは象徴のようになっています。
何せ年に一度のこの祭りを目当てにやってくる人々を狙い宿は値上がりしますし、祭りに参加する為には高額の寄付も必要になります。
旅行の為の準備や護衛などの事を考えると最終的に持ち出し金額は金貨十枚近くになると思われます。
だから、今まで私は参加した事が無かったのです。
アルケディウスから唯一参加していたギルド長の話を聞いてもさしたる興味を感じていませんでした。
ですが、今年。
最重要顧客であるマリカ様の晴れ舞台。
この機会でないと見ることの叶わない奉納の舞を見る為に、古なじみのガルフを誘いやってきたのですが、実際に来て見て驚きました。
大礼祭には各国の豪商や大貴族などがやってきていたのです。
プラーミァのマクラーレン商会、エルディランドのシービン商会、フリュッスカイトのスメーチカ商会、他にもヒンメルヴェルエクトやシュトルムスルフトなども有力な商会が来ていましたし、各国の大貴族や有力貴族なども大勢来ていました。
アーヴェントルクは今年は少なめでしたけれど、それは『聖なる乙女』の交代という事情を鑑みれば仕方のない事かもしれません。
彼らは、皆『聖なる乙女の舞』を見に来た、という名目で大聖都に来ていました。
ですが、夜ごとこうしてパーティを開き、交流を深めているではありませんか。
高い宿代も納得です。
ここでの会合は、直接の契約に繋がるものではありません。
でもここで結んだ縁が、後の有力な取引に繋がるのは確か。
ガルフなどは各国の有力商会から代理店契約を結んでほしい、でなければ食材や調理法などを譲ってほしいという面会が引きも切らず。
私自身も今日までに今まで、移動商人に買い付けを任せていた生糸業者や織物問屋などと好を繋ぐことができたのです。
「ギルド長はこうして商売の地盤を固めていたのですね」
「確かにこれだけでも金貨十枚を使って来る価値はありそうです」
今までギルド長は、目先の金額に気を取られて大局を見る事もできなかった私達を嘲笑っていたに違いありません。
現に今も、自分の周りに集まる他国の大店達にビールや菓子を振舞って顔つなぎに余念がありません。
来年は私も、化粧品の試供品などをもってこようと心に決めたのです。
「それに、私個人としてはマリカ様が儀式に立たれるあのお姿を見れただけでも、大枚を叩いたかいはありましたが」
くすりと、葡萄酒を呑みながら思い出し微笑するガルフ。
さっきのガルフではありませんが私は彼の言葉に心から同意します。
シュライフェ商会が手掛けたドレスを身に纏い、小鳥のように澄み切った美声で讃美歌を歌うマリカ様。
歌に引き寄せられた光の精霊の輝きが、純白のドレスに金糸の縫い取りに弾かれて、マリカ様の美しさ、愛らしさをより輝かせていて、列席者全てが呼吸を忘れる程でした。
あの衣装の製作にはシュライフェ商会が総力をかけて取り組んだだけに、誇らしく、私は胸を貼りたくなりました。
「明日は、いよいよ本礼大祭。
マリカ様の『聖なる乙女』の舞を見る事ができるのですね」
「……マリカ様も初めての舞で、緊張しておられるようですが、きっと全力でやり遂げて下さることでしょう」
「ええ、楽しみですね」
ガルフにとってマリカ様は第三皇子より預かり、我が子のように育てて来た大事な姫君。
成功を祈るのは当然のことですし、私にとっても初めて見る『皇女』の舞。
昨日の讃美歌でも、あの輝かしさだったのです。
余人は通常、見る事も叶わぬという姫舞は、一体どのようなものなのか。
自分達が作った衣装は、どのようにそれを彩るか。
私は少女のように、胸を高鳴らせる自分がいる事に気付いていました。
しっかりこの目に焼き付けて、国で待つ針子達に伝え、来年以降に繋げなければなりません。
「こら、お前達」
「アインカウフ」
部屋の隅で話をしていた私達にギルド長が割り込むような声をかけてきます。
「アルケディウスを代表する大店が揃ってこんな隅っこで引っ込んでいてどうする?
お前達に話しかけて情報を集めたくてしょうがない者達がここには大勢いるのだぞ」
「あら、顧客を我々に譲って下さいますの?」
「……『新しい味』と化粧品が目的だ。
自分の店で賄えない品なら、仲立つのが商人というものだろう」
笑みを含んだ言葉には明らかな毒が宿っているけれど、表向きは愛想を崩さないあたり商人としての矜持の高さをこの男からは感じます。
私達を遠巻きな言葉で、この礼大祭に誘った事も含めて。
長年アルケディウスの王室御用を務め、商業ギルドを束ねるのはやはり並人ではないのです。
「まったく。
マリカ皇女を手に入れられなかった事がつくづく悔やまれる。
せっかくアルケディウスに生まれた『聖なる乙女』なのに」
と、同時にその彼を悔しがらせる立場に自分がいる事が、少し嬉しく溜飲が下がります。
本当に、マリカ皇女と好を得られたのはこの上もない幸運であったと言えるでしょう。
「ガルフ。
これは貸し、だからな」
「貸し、とは?」
ギルド長の言葉にガルフは知らぬ素振りで顔をあげます。
勿論、意味は解っているでしょうけれど。
「戻ったら改めてマリカ様に繋いで貰う。
明日になったら今以上に『マリカ皇女』と『新しい味』は騒ぎを呼ぶ。
アルケディウスは世界の商売の中心になるだろう。
今迄はともかく、今後、生まれる新しいものは逃がさん。
今以上に儲けさせて貰うぞ」
「……随分自信をもって断言なさいますのね」
「貴様らも明日になれば実感するだろう。
私は今日のお姿を見て『解った』からな」
「「?」」
意味が解らず首を傾げる私達に、彼はそれでも上からの目線で言い放つのです。
「アルケディウスの宝。
今までとは違う『真なる聖なる乙女』その価値をな」
この時は、正直、はっきりと意味は解らなかったのですが翌日。
大礼祭の舞台を見て、私達は実感したのです。
彼の言葉の正しさと
『聖なる乙女』
今まで名前でしか知らなかったその意味と、価値を。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!