【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の皇王妃

公開日時: 2021年5月24日(月) 06:31
文字数:4,392

 私は一人、厨房でパンにバターを塗っていた。


 今までの第三皇子家での料理実習では、皇子妃様付きの料理人さん達が自分の主の分を作り、主の来ていないザーフトラク様が皆の味見分を作る、という形でなんだかんだ、ひとりきりになるということはなかったのだけれども今回はザーフトラク様も主に料理を出しに行ったので一人残された私はとりあえず待つ以外することがないのだ。

 だから、戻ってきた料理人さん達に、ゆっくりと食べて貰おうと思って見本のパンでサンドイッチを作っている。

 

 向こうの来賓の間では皇子妃様達と一緒に皇王妃様が食事をしていると思うけれど、気にするのはやめる。

 とりあえず、今の自分にできることは全部やったのだ。

 後は結果を待つだけ。


 でも、暇なのでちょっとサンドイッチをデコってみる。

 貴婦人に出すにはちょっと可愛すぎるので今回は自重したけれど、キャラ弁デコ弁は専門だ。

 サフィーレのジャムサンドを魔王城から持ってきた型抜きでリンゴの形に抜いてみたり、サンドイッチの上の食パンに花の形の型抜きで穴を開けてみたり。

 あと、ロールサンド風に巻いてみたりもする。

 こういうちまちました作業をしていると時を忘れられる。

 っていうか、実際忘れた。


「ん? 何やってるの? って凄いね。これ!」

「あ、お帰りなさい。皆さん」


 気が付けば、給仕に行った料理人さん達が戻って来ていた。

 いろんなバリエーションサンドに目を丸くしているようだ。


「これは? マリカ?」

「すみません。待っている間、暇だったものでサンドイッチをちょっと飾り付けしていたんです。

 見ていて楽しい気分になるように。

 こういうのをすると、兄弟姉妹が喜んでくれるので」

「飾り付け、か。いつもながら君の発想には驚かされるね。

 我々も上の方に召しがって頂くのに見栄え良く、とは考えるけれどこういう発想はなかなか出てこないなあ」


 リンゴの形にくり抜いたジャムサンドを見て第二皇子妃の料理人マルコさんが褒めてくれる。


「パンの上に花が咲いて、小鳥が飛んでいる。

 随分と絵画的だな。ああ、パンをくり抜き、下のベーコンとレタスの色を出しているのか?」


 ザーフトラク様がペリ、とサンドイッチの上のパンを捲った。

 この世界の絵画は写実的なものが多いけど、花とか、翼を広げた鳥、とかは割と単純な形でも理解して貰えると魔王城での生活で理解した。

 ちょっとしたハレの時、こういう飾りつけをすると子ども達が結構喜んでくれる。

 

「最初に教えてくれれば良かったのに。

 皇子妃様達も喜んだんじゃないか?」

「ティラトリーツェ様ならともかく、皇王妃様の御前にいきなりこういう子ども向けの遊びの入った食べ物を出す勇気はちょっと…」


 そんな会話をしているうちに、私は思い出す。



「どうでしたでしょうか?

 パンの、料理の反応は?」

「今、召し上がっておられるところだ。実際の給仕は側仕えに任せてきたからな。

 ただ、一見の反応は悪くなかった。心配するな」

 

 ザーフトラク様はそう言って下さるけれど、やっぱりドキドキする。

 相手は皇王妃様。

 意識しない、考えない。と思ってもやっぱり心臓が飛び出しそうだ。



「味見をしながら作り方を聞いても?」

「あ、はい」


 給仕が終わったので料理人さん達は、いつものように試食と質問会の体制に入った。

 酵母の扱い方、注意点などなど。

 新しい技術と発想だから、いつも以上に質問は多い。


「酵母、パンを膨らませる元は生き物ですから、気温により働きにかかる時間が変化する場合もあります。

 作る時は時間は余裕を見ておいた方がいいですね。慣れないうちは失敗もあるとおもいますから」


 気を付けておいて欲しい点は色々ある。

 食パンや丸パン以外のパンの作り方も、ピザや中にあんを入れて作る饅頭もどきの作り方も知らせる。


「さっきのサンドイッチはどう作るの?」

「作り方そのものは同じです。完成品を型で抜いただけ。

 型抜きは実際に作るとなれば金属工房にこのような金型を依頼する必要があります。

 食パンも、ですね。丸パンなどは型がいらないので楽ですが、食パンは大勢の人にパンを味わってもらいやすいと思います」


 魔王城は大所帯。

 皆の分のサンドイッチを手軽に作る為に、私は食パン作りから始めたのだ。


「ガルフの店で運用している工房を後で教えてくれるか?」

「解りました」


 食パン型のオリジナルは私のギフトだけれども、ガルフの店で食パンを作るにあたり金型作りは地元の工房に依頼している。

 話を通すのに問題はない。


 と、そんな会話をしているうち。



「ザーフトラク様」

 厨房を覗き込む様に声がかかった。

 見慣れない顔。なんだかんだで第三皇子家の使用人さんは顔を覚えてきたけれどこの人には覚えがない。


「どうした?」


 応えたのはザーフトラク様だ。

 ということはこの人はザーフトラク様の部下、ではないか。

 皇王妃様付きの使用人さんなんだ。多分。

 納まっていた心臓のバクバクが戻ってきた。

 料理人さん達の間にも緊張が走る。



「皇王妃様がお呼びです。できれば、その娘も連れてくるようにと」

「来たか…。マリカ。皇王妃様のお召しだ。来い」


 立ち上がり、響く口調は人に命令するのに慣れたもので、なんだかんだでこの方も貴族なのだと思い出す。


「でも、私は皇王妃様の前に上がれるような身なりでは…」


 元々、料理に来たのだし。

 もちろん皇子家に上がるのに恥ずかしくない服装や身だしなみはしているけれど、それでも普通のジャンスカとブラウスにすぎない。

 そんな服装で皇王妃様の前に、というのは勿論建前だ。


 実際の所、第一皇子妃様には誘拐され、第二皇子妃様には首を絞められ、第三皇子妃様にはいきなり厨房に入られた上に変装して街に降りて来られ。

 皇族女性との謁見というのにはトラウマしかない。

 怖いから、本当に怖いから、できれば行きたくないのだけれど…。   



「使用人を呼び出すのだ。身なりなどで目くじらを立てるような事を皇王妃様はなさらない。

 呼び出す、ということは料理が気に入らなかった、とか怒っている、でもないだろう。

 それでも、万が一、何かがある場合には私がなんとかする。付いてまいれ」


 そう言われれば、勿論逃げ出す術はない。


「…解りました」


 私は覚悟を決め


「行ってきます」


 残る料理人さん達にお辞儀をしてザーフトラク様の後についていった。



 応接の間の前、扉を守る騎士に何事か告げたザーフトラク様と、私は少し待つことになった。

 

「そう固くなるな。皇王妃様は身分を盾に無体をなさる方では無い。

 私は其方が教え、自分が用意した味に自信もある。悪い事には多分ならない。

 胸を張っていろ」

「ありがとうございます」

「手を」

 

 緊張に強張る私の手を、ザーフトラク様は、取って下さる。

 まるで貴婦人をエスコートするような優雅な仕草だ。


 騎士物語のようだと少し驚きながらも手を預けるのとほぼ同時。扉が開いた。

 


「ザーフトラク。お召しにより参上いたしました。

 こちらがマリカ。ガルフの店の料理人で在り、本日の料理の発案者にございます」


 私を中に促し、後ろに立たせるとスッと膝を折るザーフトラク様。私も跪き頭を下げた。


「二人とも顔を上げ、立ちなさい。即答を許します」

「ご配慮感謝いたします。…マリカ」



 原則として、皇族と平民の場合、相手が即答を許さない限り、直接の会話は無礼。

 それは今まで皇子妃様と接して来てなんとなく理解したことだ。



 ザーフトラク様が立ち上がったのを確認して私は顔を上げて部屋を見る。

 いつもだと長方形のテーブルが置かれた応接の間。

 扉に程近い位置にホストであるティラトリーツェ様。

 反対側に第一、第二皇子妃様達が座っているのだけれど、今回は少し様子が違う。

 テーブルの短辺。どこからどうみてもの最上位席に座られる方がいた。


 後ろに柔らかく纏めた白髪に近いシルバーブロンド。

 年齢は多分50~60代前半。

 でも、老年のイメージはない。美しい、と感じられる方だ。

 落ちついた紺色の瞳は柔らかく優しい光を宿している。

 国母。

 そんな言葉が本当に、とてもしっくりくる。


「はじめまして。

 小さな料理人さん。私はリディアトォーラと申します。

 いつも美味しい料理をありがとう」

「もったいないお言葉。

 こちらこそ、私のような子どもに御尊顔を配する機会を頂き、光栄にございます」


 深々と頭を下げるしかない私に、皇王妃様にニッコリと、本当に春の日差しのような柔らかい眼差しでお声かけ下さる。 


「随分と、しっかりとした言葉遣いと礼儀作法を学ばれたお嬢さんだこと。

 ティラトリーツェやライオット、アドラクィーレやメリーディエーラ。

 皆が揃って気に入り、目をかけるだけはありますね」


 私に真っ直ぐ顔を向け、その目を合わせるような仕草と微笑みは、遠い向こうの世界で、人並みに憧れた天皇家の皇后陛下を思い出させる。

 本当に上に立つ方、生まれながらの魅力を持つ方というのは、こういう方なのだと素直に納得した。


「今日は、本当にごめんなさい。

 いきなりのことで驚かれたでしょう?

 ザーフトラクが学び作ってくれる料理は本当に美味しくて。

 それに加えてパウンドケーキに、アイスクリーム、シャーベットにクッキー、どれも素晴らしかったわ。これらを一番に食べる下町の者やティラトリーツェ達が羨ましくなるほどです」


 恍惚とした表情は名前をあげた料理の味を思い出しているのかもしれない。

 夢見るような眼差しだ。


「私、ここ数カ月ですっかり貴女の料理のファンになってしまったの。

 昨日のパスタ、今日のパン。どちらも新しく、幸せになれる味でした。

 特にパンがステキ。

 柔らかくて、甘やかで食べやすくて。

 新しい料理の中でも最高の食の欠片が今日、初披露されると聞き、無理を押してここに来たかいがありました」

「あ、ありがとうございます。

 皇王妃様に、そのようなお言葉を頂けるとは、私も、我が主ガルフも生涯の誇りとなります」


 良かった。お褒めの言葉だ。

 隣のザーフトラク様からも安堵の吐息が零れたのが解った。


「国に新しい事業と口福を齎してくれた貴女に何かお礼がしたいと思うのだけれど、貴女を皇家に取りたてたりするのは望まれないことだとティラトリーツェから聞いています。

 であれば、何で貴女の知識と努力に報いたらいいかしら?」


 アルケディウス第一の女性。

 国の母。

 その女性に平民のしかも殆ど権利も無い子どもが、何かを願っていい立場ではない。


 ここは、なにもありません。

 お会いできただけで光栄です、と言って下がるのが定石、だと思う。

 ティラトリーツェ様も視線でそう言ってるのが解る。

 でも…



「なんでもよろしいのですか?」

「マリカ!」

 諌めるようなティラトリーツェ様の声が響くが、それを皇王妃様の手がスッと伸びて封じる。


「金でも名誉でも、地位でも権利でも。

 与えられないモノ以外なら何でもかまいませんよ。

 言ってごらんなさい」


「では、一つお願いがございます。

 私が命に代えても願うことが…」


 空気も定石も全て無視。

 望む未来への一手を打って出た。


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