【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 過去と今と未来

公開日時: 2025年2月23日(日) 08:27
文字数:3,689

 プラーミァの大祭から数日後。

 私は北の国アーヴェントルクにやってきていた。


「やあ、いらっしゃい。よく来たね」

「ヴェートリッヒ皇子、ご無沙汰しております。

 フリュッスカイトの進水式以来でしょうか?」


 大神殿から転移陣を使って移動すれば、そこはアーヴェントルクの神殿。

 神殿長であり、皇子であるヴェートリッヒ様。

 肩には黒猫を乗せておられる。アーヴェントルクの『精霊神』ナハトクルム様の精霊獣だ。

 

「そうだね。

 通信鏡では話をしてたし、不老不死解除の時も側にはいたけれど実際に会って話をするのは久しぶりだ。

 ……帰ってきたことも、婚約の話も、その後の事も、僕はライオットから通信鏡で聞いた。

 ホント、薄情な奴だよな」

「皇子!」


 側で控える奥様が眉根を寄せる。私に言った、と思ったのかもしれない。

 でも実際は傍らに立つリオンに当てつけたものだ。と私達は解るので苦く笑うだけだ。 リオンは実際ちょっと申し訳なさそうな顔をしてるし。

 ヴェートリッヒ様にとっては色々と面白くはないのだろう。

 マリクに身体を乗っ取られたリオンについて話し合ったのが、騒動に直接関われた最後。

 後は、ちょっと蚊帳の外扱いだったからね。

『神』の不老不死剥奪の宣告の時も、その後の決戦も、私達の結婚式についても。


「大祭に入ったらゆっくりと聞かせて貰うからな。覚悟しておいてくれ」

「皇子! 皇女に向かってその言い方は!」

「いいんです。まあ、言える事であればお話しますね」

「楽しみにしている。夕食会にはアンヌティーレも呼んでいいかな?

 あと、まだ幼いのだけれど、僕の息子と娘も。

 食事を同席はしないが、大神官に祝福を賜れると嬉しい」

「はい。喜んで」


 アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子は神殿長を兼ねられているけれど、皇子でもあるのでお妃がいらっしゃる。

 さっき、傍らにおられたのは第一妃のポルタルヴァ様、第二妃のアザーリア様は今日はお留守番だろうか?

 精霊神様の復活から約三年。

 七王家のうち、シュトルムスルフトとヒンメルヴェルエクト、あとエルディランドを除く各王家では子どもが生まれている。

 アルケディウスで三人、フリュッスカイトに二人、プラーミァに一人、それからアーヴェントルクで二人だ。そのうちフリュッスカイトとアーヴェントルクには女の子も産まれている。

 基本的に、女性には参政権が無い世界なので男の子が貴ばれているけれど、王家に生まれた女の子は精霊に愛されることが多く『聖なる乙女』と大事にされている。

 だからこと王家では男子、女子、どちらでも子どもが生まれることは吉兆だ。

 不老不死世が終わってからは特に。


「二歳と一歳におなりですか? お子様は」

「そう。ポルタルヴァが兄の男児を、アザーリアが妹の女児を産んだ。

 兄の方は走り回るよりも落ち着いてものを作って遊ぶのが好きなようだ。

 妹の方が活発でね、室内を駆けまわり乳母や母親を困らせているよ」


 困らせている。という割には声音も表情も明るい。

 笑顔と言っていいくらいに。


「なんだか、凄く楽しそうなお顔をなさっておいでですね。やっぱり我が子は可愛いですか?」

「それは勿論」


 私は確認のつもりで言ってみたのだけれど、あっさりと肯定の言葉が返った。


「可愛いね。自分の子どもというのがこんなに無条件に可愛いものだとは思わなかった」

「皇子は本当に子ども達を可愛がって下さいますわ。

 アルケディウスを真似て、王宮に託児部屋も作っておいでなのです」

「へえ、保育室を」


 王家や貴族の子どもが学ぶ保育室は、元々アルケディウスの第一皇子家と第三皇子家の皇子皇女が交流する為に提案したものだ。今はアルケディウスでも利用しているのは三人だけだけれど、今後、大貴族家で子どもが生まれたり、フェイの子どもが生まれたりしたら利用する予定。

 アルケディウスの未来を背負って立つ子ども達にしっかりとした躾と教育を、という理念に興味を持ったのか、子どもが生まれた各国王家が見学に来ていたことを知っている。

 保育所機能と幼稚園と、ゆくゆくは王族としての教育も与える予定。

 子どもを伸ばして育てる二十一世紀の教育理念を担当する保育士、教師にはしっかりと叩き込んである。


「アルケディウスで薫陶を受けたアンヌティーレ様直属のホイクシが大事に面倒を見ております。私達も最初は一緒に部屋で保育について学び、徐々に離して慣れさせました。

 今は私達の子と、大貴族の子二名の四名がいるだけですが、きっと今後増えて行きますわね」

「子どもの頃の教育は大事ですから、とてもいいことだと思います。

 アンヌティーレ様は、今何を?」

「名目上は皇立保育所の園長だけれど、実質は国内の児童、親子関係の法務の総括、かな?

 子ども達や、周囲の者達に慕われ、前より生き生きしている感じだよ。

 最近は支える恋人もできて、君の結婚式の後、式を挙げて婿を取る予定」

「婿って相手は王族や大貴族ではなく?」

「ずっと支えてくれていた文官らしい。一応貴族ではあるけれど。

 皇族からは外れて、独立した家を作ることになってる」

「アーヴェントルクも色々、変わっていくのですね」


 最初に訪れたアーヴェントルクは、アルケディウスの第一皇子妃アドラクィーレ様の実家の軍国国家ということで正直、怖い国の印象だった。このヴェートリッヒ皇子も馬鹿皇子のフリをして私に的外れなアタックをしてきたりしてたし。

 でも、実際には訪れて、人々と触れあって、どこか牧歌的な国や美しい風景と出会ってこの国も好きになった。

 というか、私は本当の意味で嫌いな国は一つもない。

 みんな、それぞれに個性があって大好きだ。


「アーヴェントルクの技術者達が君に、実力を見て欲しいと気合を入れていた。

 通信鏡に挑戦したいんだってさ」

「はい。話は聞いていますので基盤作りの図面を預かっています。

 課題としてそれができたら、正式契約をして作り方をお教えする、とアルケディウスでも話がついていますので」


 精巧な機械式時計を得意とするアーヴェントルクは、ずっと前から通信鏡の製作に興味を持っていた。今後間違いなく需要が上がっていく品だからね。

 アルケディウスだけでは注文がもう賄いきれないので、今回の訪問を機に技術供与を行う予定なのだ。


「楽しみにしている。産出したカレドナイトもその為に大事に貯めているしね」

「徐々に一つの鏡で複数の人から繋がるようにしたいところですが」

「その辺も意見を出し合っていけるといいね」

「はい」


 そんな会話の後、私は王宮に赴き、皇帝陛下にご挨拶。


「よくいらっしゃった。三日間、夜国をゆっくりと楽しんで頂きたい。

 プラーミァの騒動は聞いているが、決してこの国では姫君に危害は加えさせぬと誓おう」

「ありがとうございます。皇帝陛下」


 傭兵皇帝と名高い皇帝陛下は胸を張る。

 彼のお膝元で同じことをしでかすバカがいたら、きっとプラーミァ以上の罰を与えられる事だろう。

 その後は、明日の儀式の準備をして、夜は話に聞いた通り、アーヴェントルク皇家の皆さんと夕食会。

 愉しい時間を過ごした。

 久しぶりにお会いしたアンヌティーレ様は、本当に前とは大違いで美しさはそのままで大人びたというか、落ち着いた淑女になっておられた。通信鏡で話をしたりしていたから知ってはいたけれど実際に見るとちょっとビックリ。


「お久しぶりでございます。マリカ様」

「お元気そうで何よりです。アンヌティーレ様」


 華やかな金髪をシックに纏め、碧の瞳にも知性の輝きと優しさが見える。

 昔出会った時に感じた我儘な皇女の印象はもう欠片も見られない。


「私がアルケディウスでの勉学を終えて、国に戻ってからもう一年になりますでしょうか? ようやく、この国の児童福祉も軌道にのってまいりました」


 いち早く皇族を送り込み、技術、知識の習得に励んだアーヴェントルクは今、七国でも随一の児童福祉国家になっている。

 孤児院に保護された子ども達に教育を与え、よりよい里親に託すことに力を入れているようだ。アルケディウスでは里親の虐待などが心配でまだ踏み出せていない領域だけれど詳しい話を聞いてみたい。


「ほらほら、せっかくの料理が冷めるよ。ポルタルヴァの農場がマリカ姫の御為に、って最高のチーズや肉を贈ってくれたのに」


 ヴェートリッヒ皇子に言われなければいつまでも話し込んでいたかもしれない。

 

「子どもが国の希望、未来、というのは真でございますね。

 私もマリカ様と子ども達によって新しい人生を開かれた気がします。

 その恩を返し、私が今度は子ども達の為によりよい環境と社会を作っていきたいと思っておりますわ」

「よろしくお願いいたします。アンヌティーレ様」


 アンヌティーレ様は、今では私の三人目の親友と言えるくらい気心の知れた相手になった。特に福祉に関しては広い知識と人脈を駆使してアルケディウスとはまた違う、この国に合った展開を考えてくれているようだ。

 アーヴェントルクでは本当に色々と怖い目にもあったけれど、その一つ一つが今に、未来に繋がっている。

 だとしたら、私の旅も恐怖も無駄ではなかったのだろう。


 私はアーヴァントルク謹製、最上級チーズフォンデュを食べながら、そんなことを思ったのだった。


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