【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 バラの香り

公開日時: 2021年5月3日(月) 08:28
文字数:3,845

 ハチミツシャンプーの契約も終わった次の日。

 私は夜、魔王城に戻った。


 基本的に、休み前の空の日に戻って、木の日の朝戻る、なのだけれど入り口はガルフの、私達の家、だからその気になれば日帰りも十分可能なのだ。


「ちょっと向こうでお風呂に入って来る」


 明日から王宮に料理指導に行くのだ。

 身綺麗にはしておきたいし、練習もしておきたい。


「じゃあ、俺も行く」

「一人で大丈夫だよ?」

「俺の勝手ですることだ。気にするな。アーサー達の様子も見て来たいしな」


 そう言ってついてきてくれたリオンと一緒に私は、魔王城の門を潜る。

 …前にちょっと森へ。

「何してるんだ? 一体?」

「ちょっとね」


「お帰りなさい。マリカ様。アルフィリーガ」

「ただいま。エルフィリーネ」


 私たちが帰ると直ぐに城の守護精霊が出迎えてくれた。


「うわ~。マリカ姉。おかえり!」

「みんな~。マリカ姉とリオン兄が返ってきたよ~」

「お帰り」「おかえり~」「おかえりなさい」


 聞きつけて部屋から飛び出してくるみんな。

 こういうサプライズで戻って来ても笑顔で出迎えてくれるのは嬉しい。


「今日の夕食当番と明日の朝の当番は誰? エリセ」

「今日の夜はセリーナさん。明日の朝は私~」

「じゃあ、ちょっと譲って貰ってもいい? 練習したい料理があって」

「うん、いいよ。嬉しいし」

「私は、お手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか? 料理の勉強の為に」

「もちろん!」


 明日、料理教室で作る予定なのはイノシシ肉の薄切りソテー。パータトの炒め焼き、キャロのグラッセ。

 サーシュラとエナにアップルビネガーで作ったドレッシングをかけたサラダ。

 ミネストローネ。

 それからデザートのピアンのシャーベットの予定だ。


 最初なので簡単に、でも美味しくできる料理を選んだつもり。

 ハンバーグとか豚骨スープとかアイスクリームとか少し手が込んだものは「調理」に慣れて来てからの方がいいと思う。



 で、今回の帰還の重要目的はハーブ類の採取と実験。

 ソテーにハーブ類を使ってみたらどんな味になるのか試すつもりだった。


 城に入る前に採ってきた香草を使ってちょちょいのちょいっと下ごしらえ。


「そろそろいいかな?」

 フライパンの上で良い匂いを放つ肉に串を刺して、火の通りを確認。

 私はセリーナに声をかけた。


「みんなにごはんだよ、って声をかけてきて」

「解りました!」


 皆が食事をする大広間に料理を持っていくと時計が目についた。

 かかった時間は大体二刻弱。

 シャーベットとお肉の仕込み時間と入れないと一刻ちょっとかな?

 最初の料理教室としては良い時間だと思う。


 心配だったみんなの反応も


「おいしい!」「お肉やわらかい!」

「いつもより肉が上手く感じるな」

「香草が効いてるんだね。きっと」


 なかなか良い。

 舌の肥えた子ども達に美味しいと思って貰えるなら自信がついた。

 あとは、香草の香りが強まる朝に新鮮なものを摘んで行って…


 あ、そうだ。


「エルフィリーネ。ちょっと頼みがあるんだけれど…」

「何でございましょうか? マリカ様」




 翌朝、お風呂に入り、城のベッドでよく眠った私は、朝まだ昏いうちに起きだした。

 いくつかの準備をしてから、籠を持って中庭に出ると…


「また、何をしてるんだ? お前はこんな朝早くに」


 ビクッ!

 背後からリオンに声をかけられた。

 あ、いや急に声をかけられたからビックリしたけど慄く必要は何もない。

 胸を張って、しゃんとして!


「何にも悪い事なんかしてないし、しないよ!

 ちゃんとエルフィリーネにも許可貰ってるし! 

 ハーブとバラを摘みに行くだけだってば!」

「バラ?」

「あの花!」


 私は胸を張ると中庭の壁沿い。

 生垣の様に壁に絡みつく蔓とそこに咲く花を私は指さした。


「ロッサの花か? 何にするんだ?」

「バラ…ロッサの花の香油を作るの」


 今まで毎年魔王城の中庭には、初夏から夏にかけて美しいバラの花がたくさん咲いていた。っていうか今も咲いてる。

 中庭を取り巻く壁、入るアーチに薄紅色や紅い花がみっちり。

 花は私の知っている現代の品種改良されたものより随分と小さいけれど香りは強い。


「ここのロッサの花、森に生えている野バラ…えーと野生のロッサの花と違うよね」

「ああ、マリカ様は花好きだったからな。精霊達も中庭にはいつも美しい花を咲かせてくれていた」

「麦を作る為に少し潰しちゃったところもあるけど、それでも今が満開だから、このままにしておくのは惜しいと思って…」


 花より団子。

 今まで、少し摘み取って飾るくらいで殆どそのまま放置していた花を、今年はせっかく蒸留器を作ったのだから香油やフローラルウォーターにして保存しておきたいと思ったのだ。


 エルフィリーネが管理してくれているせいか、普通よりかなり長く咲いてくれているけれどもいつか枯れてしまう。

 向こうの世界ではアロマテラピーが日々の癒しで、香水はつけられなかったけれど、香油をハンカチにつけたり、ポプリを自作したりもしていた。


「花やハーブは夜明け前に摘むのが一番、香りが高まるんだって。

 そしてオイルやフローラルウォーターを作るには沢山のロッサの花がいるの」



 本とアロマテラピー教室の受け売りだけれど、向こうでは蒸留器で花から精油を抽出できるほどのバラを手にしたことなんて無い。

 とにかく大量のバラが必要なのだと聞く。

 比較的手に入れやすかったラヴェンダーはともかく、バラはフローラルウォーターを作る事さえ難しかった。

 一人暮らし、賃貸住まいの保育士にはガーデニングもできなかったし、保育園の花壇にバラは縁遠いものだし。たまに転勤や棚ぼたで手に入れた花をポプリにするのが精いっぱい。

 少し食に余裕ができてきて、蒸留器も自作した今、憧れを実現してみたかったのだ。



「どのくらいいるんだ?」

「たくさんあればあるだけ作る。エルフィリーネに今咲いている花は全部取ってもいいって言って貰ったし」


  魔王城の中庭の壁沿いとアーチ。一株についている花はかなり多いけれどぐるーっと全部回って3~400個くらいだろうか?

 それでもどれくらい採れるかはやってみないと解らない。


「解った。手伝ってやるよ」 

「いいの?」

「俺なら少し高めの所にある花も採ってやれるだろ?」


 呆れるように肩を竦めながらもリオンは躊躇いなく私の手から籠をとる。


「ただし、何を作るにしても島から持ち出すなよ。またガルフに怒られるぞ」

「解ってる。ありがとう」

 二人でまだ、日も上がってこない薄紫の空の下、バラ…ロッサを摘んだ。


「棘に気を付けてね」

「お前こそ指に刺すなよ!」


 私が向こうの花屋で見て知っているバラとロッサはだいぶ、雰囲気が違う。

 内側にすぼむ様にプックリと咲く。所謂シャロ―カップ咲。花びらの枚数は多いけれどふんわり丸く集まっている。

 多分、異世界だから、ではなく花の種類そのものが違うのではなかろうか。

 品種改良を繰り返した美しい現代のバラではなく、古き良きオールドローズ風。 


「ごめんね。大切に使うから」


 この花にも精霊がいると思うので、自己満足だけれど声をかけてから私はその美しい花を手折るように摘み取った。

 プツンと手の中に落ちた花は甘く、優しく元気な香りがする。

 花を摘むだけなら殆どハサミもいらない位に素直に蔓も茂みも花枝を分けてくれる。二人でやると瞬く間に大きな籠二つが満杯になった。200個以上は摘み取ったと思うのにまだかなり残ってる。

 凄いな。魔王城の中庭。



 そして花芯からむしりとった花びらを蒸留機に入れ何度も花と水をつぎ足しながら、フローラルウォーターと精油作りを試してみる。

 まる三刻以上かけてできた精油は1mmL程度、スプーン一杯あるかないか。だ。

 フローラルウォーターは纏まった量が取れたけれど精油はホントに少ない。

 ずっと作業していたから部屋中がバラの香りでいっぱいだ。



「ローズの精油って、ラヴェンターとかよりも手間がかかるし、油分少ないんだなあ。

 高価なのも納得」


 私は小さめに作ったガラス瓶と、その中のものを指で振った。

 ちゃぽり、と液体が可愛らしい音を立てる。

 バラの香りが強く凝縮された濃い精油は、良い香りではあるけれどむせ返るように強い。摘み取ったばかりの花が若々しく元気な香りなら、この精油は強さと優しさを併せ持った感じがする。


 ふと、ティラトリーツェ様を思い出した。

 確か精油は力が強いからそのまま使うのは避けるように、と言われていたっけ。

 あの方によく似ている。


 一方、ローズウォーターの方はそこまでではない。元の摘み立ての花の香りに近い。

 ローズウォーターを少し手に取り顔を洗う。

 それから髪を梳く櫛に水で濡らした布を差し込んで髪を梳かすと香りが髪に残った。

 レヴェンダとは違う、ふんわりとした優しい香りが鼻孔を擽る。


「優しい、いい匂いだ。マリカによく合うな」

「あ、ありがと」


 何の他意も無いと解っているけど、リオンに褒められると…照れる!


 なかなか良くできたけれど、ガルフとも、リオンとも約束したし島から持ち出すつもりは無い。

 シュウ達が作ってくれた箱の中に精油は丁寧に入れておく。

 ローズウォーターも瓶の中へ。  


 その後は道具を片付けて、料理用のハーブを摘んだ籠を持って、私達はアルケディウスに戻ったのだ。


「花が咲いているうちに、もうちょっと、追加したいな。

 あと、ポプリとかも作ってみようかな? 乾燥、ギフトでできるよね」


 そんなことを気軽に思いながら。




 だから、私は悪くない。

 本当にガルフとの約束は守ったし、現物も持ってなかったし。

 ただ、言ってみれば女性のおしゃれ、香りへの執念を甘く見ただけなのだ。



  ホント、怖かった。

  マジ怖かったよ~。

大好き、かつ本人の趣味。

アロマテラピー回なのでちょっと気合入りました。

バラの精油とローズウォーターは憧れですが、一般人にはなかなかに高嶺の花。

ファンタジー世界でなら夢を叶えてもいいよね。


ちなみにまた騒動の元になります。


文章を短くしてみよう週間。

その騒動はまた次話にて。


宜しくお願いします。

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