異国の皇女が、聖なる舞台に立つ事。
この国の人達は嫌だと思わないのかな、とちょっと思っていた。
でも、見下ろせばそんな心配はないのは解る。
皇族の方達とか、大貴族の計算高い人たちはともかく、一般の人達などは純粋な好奇と応援の眼差しで私を見てくれている。
アーヴェントルクの人達は、純朴で優しい人達が多い。
だから、今回の舞は、そんな人たちへの祝福のつもりで踊ることにしたのだ。
で、舞を始めた瞬間から、それが始まっていたのは、解っていた。
絶対に省略できない振り付けにしてからが『大いなる存在に力を捧げる』と宣言しているらしいから。
(あれ? やっぱり……吸い取られている?)
ここは簡易祭壇で『神』もしくは精霊神に力を捧げる為のもの。
だから、だろうか?
舞い始めた瞬間から、力が吸い取られていくのが解るのだ。
それも、
(え? 一人じゃない?)
今まで三か所の大神殿で、舞を舞い、力を捧げ『精霊神』の開放をした時のことを覚えている。
あの時は、足元から力が吸い取られて行くような感覚だったけれど、今回は二方向から力を持っていかれている。
そう感じている。
(うわっ! なに。これ?)
指先をふわりと、空に掲げる。
と同時人々から、うわあ…っ。
そんな声にならない声が零れたのが解る。
私だってびっくりだ。
指先から、まるで金粉が舞う様にきらきらとしたものが空中に零れていくのだ。
そして私の周囲で光を放ち空に溶けていく。
足先でステップを踏む。
すると地面から紫色の何かが舞い上がった。
何かってなんだ、と言われそうだけど、何かとしか正直応えられない。
一番似ていると言えば、地面から沸き立つ水蒸気の紫版?
どこか、ラメを散らしたようにキラキラと輝いて私の手足に絡みついていく。
(ちょ、ちょっと、止めて下さい!
誰ですか! 一体!!)
心の中で呼びかけても、返事なんてないのは解ってる。
ついでに言えば今回はあえて、精霊に来ないでなんてお祈りしていないけれど、これが所謂無害な光の精霊で、一緒に踊ってくれているのではない事も解った。
だって力が引っ張られてるんだもの。
上半身から、金色の光。下半身から紫の輝き。
両方が競い合うように私の力を取って行こうとしている。
ラメっているように輝く光の粒は、多分、私の力だ。
気力、だったっけ?
舞を踊っている以上、余計な事に気を散らすことはできないから、そのまま踊り続けるしかないけれど。
イメージ的にはあれだ、大岡裁きで右と左から手を引っ張られている感じ?
こっちへ来い、いやこっちのもだ。
と引き合っているようで……。
ホントに誰と誰?
っていうか何が起こっているんだろう。
勢いは強いわりに両方がひっぱりあっているおかげで、私の身体から流れていく力は最小限に抑えられているようだ。
そうでなかったら、力を全部、もっていかれて途中で、倒れていたかもしれない。
(お願いします。最後まで踊らせてください。
今回は、アーヴェントルクの為の、舞なんです。
この国の優しい人たち。頑張ってくれる人たちに祝福をしたいんですから!)
私は心の中で、一生懸命祈る。
アンヌティーレ様の陰謀とか皇帝陛下の意図とかもあるかもしれないけれど。
私は舞を踊ると決めた時、そういうのは一切考えないと決めた。
アンヌティーレ皇女よりも上手に踊って、見返してやろう。
とかそういうのも今は、考えない。
料理や化粧品や異世界チートの知識は、私本来の持ち物ではないけれど。
舞は、私自身がこの世界に贈れる贈り物だ。
向こうの世界で学んだ精神を、こっちの世界で磨き上げた。
精霊の力とか、精霊の貴人の能力とか余分なものは足されているかもしれないけれど、異世界に生まれた私、『マリカ』自身の力で贈れる感謝の気持ち。
それを邪魔されたくない。
(どうしても力が欲しいのなら、後にして下さい。
その為の舞の時なら、なんぼでも差し上げますから!)
ここからはクライマックス。
最後の回転と願いの振り付け。
力を取られて、最後まで踊れなくなってコケたりしたら、絶対に嫌だ。
(お願いします。本当に……)
そう思った瞬間
(あ……)
フッと身体にかかる負荷が減ったのが解った。
上と、下で言うなら下から引っ張っていた何かが、スッと手を緩めたように思う。
私のお願いを聞いてくれたのかもしれない。
と、真逆に上からの『力』が『光』が勢いを増す。
大岡裁きで言うなら、痛がる私を思って相手が手を引いたのを良い事に、もう一人が一気に私を自分の方に引き寄せようとしている感じだ。
そして『解る』
(こっち、『神』だ。覚えがある)
二つの気配が混じりあっているときは気が付けなかったけれど、一つだけになれば解る。
以前『神』が私の身体を奪おうとした時と同じ気配だ。
あの時とは比べ物にならないくらい、薄いものだけど……。
これは、私を引っ張ろうとしている。
私のお願いなんて、関係なしだ。
全力で私の力を引っ張っている。
(もう! 止めて!!!)
そう思った瞬間、人差し指の先がチリチリっと熱くなった。
(あれ?)
足元の紫色の靄がふわりと舞い上がり、指先から私の中に入って来る。
さっきまでとは違う、なんだか力が前よりなんか足されて、戻って来た感じだ。
(えっと、これ…いける?)
私は振りつけに合わせて、身体に纏わり付く力を、全力で払いのけた。
(『神』にあげる力なんかありません! 帰って!!)
瞬間、上半身に纏わりついてた、キラキラが弾ける様に周囲に飛び散って消えていく。
負荷が完全に無くなってた身体で、私は最後の大回転を舞う。
身体が軽くて、すっごく気持ちいい。
このまま最後までいけそうだ。
今までいつも邪魔が入って、奉納の舞の本番を最後まで納められたことは実は一度も無い。
気持ちのいい充実感が指先から足の先まで広がって身体から溢れていくようだ。
奉納の舞は、大いなる存在や精霊と心を通わせる力があるのだろうか?
鋭敏になった全身で幸福を感じる。
私達は大きな力に、見守られていると解るから、私は心からの祈りと共に舞う。
(この幸せが、皆に届きますように…)
と。
そして、終わりの終わり。
サビのメロディーラインに合わせて、ゆっくりと膝をついた。
これで、終わりの、マイムをすると、一気に疲れが全身に流れるけど、同時に嬉しさも溢れて来る。
やった! 初めて、本番で最初から最後まで踊り切ることができたんだ!
顔を上げ、観客を見れば、万雷の喝采と拍手。
嬉しくて思わず零れた笑みは、我ながら満面の笑みだったろうけれど、そこから先は、残念ながら記憶にない。
頭の中が、真っ暗になって意識を失ったみたいだ。
と思えたのは後の話。
舞を終えて、祭壇から降りた瞬間に、気絶したっぽいから。
よく、祭壇を一人で降りれたものだ。
祭壇下で待っていたリオンとカマラに抱きかかえられて、無意識のまま退場してしまったので、後の事は解らないし、アンヌティーレ様の舞も見れなかった。
ただ生まれて初めて『聖なる乙女』としての舞を全力で勤め上げた。
誰かに抱きしめられたような気もした。
リオンとは違う、大きくて不思議な何か。
それを考える事はできなかったけれど。
とにかく、私は幸せな充足感に包まれてそのまま眠りについたのだった。
奉納舞の結果と、その後の騒ぎを知る由も無く。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!