しょんぼり、どんより。
膝を付き、落ち込みMAXの私達を見やり大きく息を吐き出すとお父様は
「さてと、ここまでにしておいてやれよ。ティラトリーツェ」
「言われなくてもここまです。言うべき事は言いました。
これだけ注意されて、理解できない子達ではないと解っていますから」
まだ、どこか肩を怒らせるお母様をそっと宥めて下さった。
お母様も本当にこれ以上叱るつもりは無いらしい。スッと後ろに退いた。
「では、改めて種明かしを頼む。
どうやって大人になった? マリカの『能力』か?
そうなれる事は知っていたが、秘術と聞いた。そんなに簡単にできることではなかったろう?」
澱んだ空気を変えるようにお父様が少し明るい声で私達の方に身を乗り出して来る。
お父様には以前、大人になった私達の姿で会った事がある。
魔王城に繋がる古い転移門を壊した時に。
後で再会し問われた時には、特別な秘術、多用はできないと話したのだ。
その後、一度もお父様の前で大人になって見せた事は無い。
「大人になることができる『能力』?
貴方の『能力』と呼ばれる者は『物の形を変える』では無かったのですか?」
「あ、そうなのですけれども、自分と…多分リオンの身体は変化させることができるんです。
ただ今回は、ちょっと違って…」
『僕達が、マリカに頼んだんだよ。
祭りを見たいから、身体を貸してほしいってね』
『あの方がマリカにやった憑依の簡易版だと思え。子どもの身体に『精霊神』の力は余るので一時的に成長強化させた』
精霊獣、もとい『精霊神』お二人が助け舟を出して下さった。
お母様とお父様のお説教の間、口を挟まなかったのは空気を読んで下さったんだろうなあ、多分。
「こちらの獣がプラーミァの『精霊神』と繋がっていることは以前伺いましたが、貴方様もやはり…?」
『アルケディウスの『精霊神』だ。我が子孫ライオット。
君は随分とプラーミァの血が濃いようだけれど…』
『物事の先の先を読み、操る才はアルケディウスのものだろう。良い所を合わせて受け継いだようだな』
「お褒めに預かり、光栄です。
ですが、そのようなことが、そんなに簡単に?」
『マリカとリオンが受け入れれば、別段難しい事では無いよ。僕達は遠い兄弟のようなものだしね』
「この場でやって頂く事は可能ですの? ちょっと信じられないのですが…」
『できるけど、着替えが必要かな? この前の時は時間が無かった事もあって気にせずやったら負担をかけてしまったんだ』
「あ…服! ミーティラ様!」
廊下でずっと待っていて下さったミーティラ様は、やっと声をかけられ中に戻るとホッとしたように抱きかかえていた荷物を机の上に広げた。
古着屋で買った大人物のワンピースドレスと、片方の髪飾り。
私が大祭に行っていた動かぬ証拠である。
「これか。確かに遺留品の髪飾りと対の品だな」
お父様が二つの髪飾りを並べて頷く。
星の飾りと言われていたけれど本当は桔梗のような花を模したもの。
側で見れば花芯もちゃんと解るようにガラスビーズで組まれている。
量産品だと思うけれど、端っこが欠けているので、逆にオンリーワンの品になっている。
「お前の服は? アルフィリーガ」
「貴族街の宿舎に持って帰った。取りに戻るか?」
「いや、いい。俺の服を貸してやるからそれを着て、術をかけて頂け。
お願いできますか? 『精霊神』様」
『了解。僕達の責任だからね』
「マリカも」
「解りました」
服を着替えて裸足になって、深呼吸。
と同時抱きかかえていた精霊獣が、スッと身体の中に溶ける様に吸い込まれて行った。
そして始まる肉体変化。
「う…っ、あああっ!!」
痛みは無いし、もうかなり慣れたけれど…やっぱり、違和感は酷い。
無意識に呻き声が出てしまうくらいには。
指先が細くなり、肩が広がり、胸や腰が膨らんでいく。
体感数分で、私の身体は大人になっていた。
お母様が目を瞬かせたのが解った。
視線が上がって顔の位置が近い。
大人、と言っても十代後半くらいだし、元が小柄(身長155cmくらいかな?)なので身長170cmはあるお母様に比べれば、10cm以上は違うけれど。
一方のリオンは私よりずっと変化幅が大きいので時間がなおかかる。
全体的に細身ではあるけれども、筋肉も体格もしっかりとしているから…。
変化を終えたリオンをお父様は目を細めて見つめている。
「…あの時よりも、背は伸びたな」
「言う事は…それだけか?」
「いや、俺がいつか会いたい、戦いたいと願った憧れの戦士そのものだ。
また会えて嬉しいよ。アルフィリーガ」
はあはあ、と荒い息を吐き出しながら苦笑するリオン。
身長は成長しても今のお父様より少し低い。
でもそれは弱そう、というのと比例しない。
以前、お父様が巨大な長剣を操って戦っていたのを見たけれど、お父様がそれならリオンは正しくカレドナイトの短剣。抜き身の日本刀。
細身で鋭く、それでいて美しい…。
「…貴女も、美人になる、と言ったでしょう?
私の目は確かだったようね」
「驚きました。正しく精霊。このように美しい存在がこの世に存在したとは…」
ティラトリーツェ様とミーティラ様も褒めて下さる。
ちょっと手放しの褒め方だ。
「褒め過ぎですよ。それに、この姿は今の時点での私の成長した姿であって本当にこの姿になれるとは限りませんし」
「逆にそれ以上になれる可能性もある、ということです。励みなさい」
「はい。努力いたします」
厳しくも、優しい。
お母様の励ましに、私は頷いた。
「だが、この姿で、二人一緒に大祭をうろつかれたら確かに目を引くし、噂になるだろうな」
アルケディウスは北方な為か全体的に髪や目は薄い色合いの人が多い。
プラーミァの血の濃いお父様達は例外だ。
だから黒髪や黒い系の瞳は少し目立つ。
「一応リオンは顔かくしに帽子をかぶって、私も頭巾を被ってたんですけど…」
「布で覆っても光は隠し切れない、ということでしょう。しかも、話を聞くに光の精霊を呼び集めた?
ダンスでも一緒に踊って浮かれましたか?」
「はい、その通りです…」
大人しく祭りを見て回って、アレクを応援するで止めておけばそんなに騒ぎにはならなかったのだ。
自分の見通しの甘さには反省するしかない。
『抜け出す為の目くらましの術は私が使った。精霊の『魔法』だ。再現できる者はそういまい』
「そうでしょうね。フェイやソレルティアもできないと申しておりました」
アーレリオス様の言葉にお父様は頷く。
会議の傍らフェイ達にも手をまわして確認してたのか。
「あ、フェイもあの時広場にいたんですよね。気付かれていたんでしょうか?」
「勿論、気付いてる。あの日帰ってから何があったのかと詰問された」
お父様に聞いたつもりだったのだけれど、応えたのはリオンだ。
あの時は既に子ども達の多くは家に帰っていて、ピオさんが送ってくれて。
広場に残っていたのはアレクとフェイ。
そして無理無理女性達に誘われ、踊りの輪に引っ張られたヴァルさんだけだったというけれど…魔王城の子ども達には伝わってるんだろうなあ。多分。
「口裏合わせは済んでたのか?
会議に二人が呼ばれ魔術師としての見解を問われた時のフェイの様子から何か隠している、と感じてそこから推理したんだが」
「相変わらず獣並みの察知能力だな」
呆れたように肩を竦めながらもリオンの言葉には確かな敬意が宿っている。
私も同感だ。
「一応褒め言葉と受け取っておこう。だが…さて、これはどう対処したものか…」
「対処も何も…放置するしかないんじゃないですか?」
「貴女は他人事のように」
私の返しにお母様は眉根を上げるけれど、実の所対処のしようはない。
「でも、結局それしかないと思いますよ。本当の事は言えないんですから」
「まあ、そうだな…」
精霊の正体は私達です。魔法で大人になりました。
なんて言えるわけはない。
故に、なんかの奇跡で精霊が祭りに遊びに来て逃げた。
それで終わりにするしかない。
「暫く騒ぎは続くでしょうけれど、祭りが終わったら落ち着くでしょうし、もう出ないんですからそれで終わりですよ」
「もう出ない、と断言できますか?」
「できます。もうお父様とお母様の許可なく大人になる術は使いません。
あ、よっぽどの緊急事態の時は解らないですけど」
元々、この大人になる術はどうしてもの時の裏技だ。今までだって使わないで十分やってこれた。
リオンが大神官を斃す為に神殿に乗り込み、助けに行く為にどうしても、なんてことが無い限りは使う必要はないと思う。
逆に多用して、大神殿に能力が知れたりしたらそれこそ、逃げられなくなる。
「本当に使わないな?」
「『星』に誓って」
「なら、それでいいか。実際、人の噂話は止められん。
放置して自然消滅を待つしかないからな」
お父様が息を吐き出した。
「そんなに噂になってるんですか?」
「ただでさえ、不老不死世界の数少ない娯楽である祭りに浮かれる民達。
勝ち国に集まってきた大量の行商人。かきいれ時にはりきる吟遊詩人。
皆がこぞって目の前で起きた奇跡を触れ回っているからな。
前日に兄上の上に精霊の祝福があったことと合わせて、とんでもなく盛り上がっているな。
今知らないのは貴族くらい。
でも、明日の宴ではその貴族達の耳にも入る。おそらく数か月のうちに各国に知れ渡るだろう」
「うわ~~」
もう溜息しか出ない。
中世の退屈しきった人達の噂の力。舐めてたかも。
「とにかく、この件に関しては一切放置とする。
危険が無い事が確認できたのなら後はもう、本当に手を触れない方が良い。
下手に俺達が介入すれば『聖なる乙女』に外見が似ている。もしや関係があるのでは?
なんて言ってくるやるが出ないとも限らん」
「お手数をおかけしてすみませんでした」
「別にいい。ただ、覚悟はしておけよ。
最初に言ったことは別に脅しや嘘じゃない。
ガルナシア商会や商魂たくましい商人共はアルケディウスに現れたお前や復活した『精霊神』という『商品』をそのまま放置したりはしない。
マリカに許可が降りないなら『大祭の精霊』を活用しようと思う輩は多いだろうし、それには皇家も手を出せないからな」
「はい…覚悟します」
肖像権の侵害だ、とかプライバシーが、と言いたい事はあるけれど、他人と白を切るのなら権利は主張できない。
ここは、萌えが人の心にどう作用するかのテストケースと割り切ろう。
それによって貴族社会に萌え、というか潤いをどう提供するか考える。
…『精霊神』様達に相談してから。
『あんまり長く変身させておくと力の消耗が激しい。
元に戻すぞ』
「失礼しました。お願いいたします」
アーレリオス様の問いにお父様が頷いたのを確認して『精霊神』様達が力を解いた。
元に戻るのは割と一瞬で、空気中に解ける様に増えた分が散って。
私達は元へと戻っていた。
「もう少し、見ていたかった気もするがな…」
「…直ぐに追いつくさ。今度はお前が待ってくれているんだから」
リオンの肩にマントをかけながら、お父様は笑う。
どこか、幸せそうな笑みで。
「さっきも言った通り貴女の成長の形は決まっているかもしれませんが、もっと良くなることは可能で在る筈です。
でも焦ってはなりませんよ」
「はい。お母様」
お母様もぺたんと脱力して膝を付いた私に手を貸して立たせてくれながらそう励まして下さった。
外見だけ美しくても中身が伴っていなければ意味がない。
お母様のおっしゃる通り内面も、外見に負けないくらいに育てていかないと。
「用件はこれで終わりだ。
部屋に戻って休め。明日は大祭最終日。
晩餐会と舞踏会だ。今度こそ、何事も無く終えたいものだがな…」
「本当に。気を抜かず、騒ぎを起こさないように注意するのですよ」
「騒ぎを起こそうと思って起こした事は無いのですが…気を付けます」
そんな祈るような思いと共に私達の大祭二日目は終わりを告げた。
明日はいよいよ大祭三日目、最終日である。
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