その日、国境の街はお祭りになった。
あちらこちらで篝火が焚かれ、音楽が鳴りやまない大騒ぎ。
立派な領主の館の上階にいてもその活気が見えるようだ。
「うーん、どうしよう」
呟いても答えは返らない。ここには侍女も随員もいないし、唯一の側近カマラは外で見張りをしてくれているからだ。
オアシスでの式典、というか事件の後、事態把握の為に私達は国境の町に急遽一泊することになった。
何が何だか分からないうちに始まり終わった『聖なる乙女』の創造の儀式。
それは、依頼してきたシュトルムスルフトの想像を超える、とんでもない状況を生み出していたのだった。
元々シュトルムスルフトが行っていた『儀式』というのは砂漠のとある場所にカレドナイトを埋め込む。
そのカレドナイトに『聖なる乙女』が祈り(血)を捧げると泉が生まれ、その周囲に緑が徐々に生まれてくるというものだった。
最初、私にもまったく新しい場所にそれをやらせ新しいオアシスを作らせる予定だったらしいけれど、それに国境の大領主からの待ったが入った。
ファイルーズ様のオアシスが失踪後、力を失ってきている。
国境で砂漠の要所。どうにかしてほしいという希望があって、そちらに私の力を注ぐことになったのだという。
私が新しいオアシスを作れたとしても、その後、広げることも管理もできないのなら、既存のオアシスの強化に使った方がいいかもしれない。
そんな思惑が実際にあったのかどうかは解らない。
ただ、私はファイルーズ様のオアシスで儀式を行い、結果として見ればオアシスは潰れた。
泉こそ残っているけれど、かわいらしい砂漠のオアシスは完全に消えて、熱帯雨林かっておもうくらいの密林になっている。
そしてオアシスを出てみれば、周辺の砂漠が消えて緑の丘に置き換わっていたのだ。
街の人達もびっくりしたらしい。
あたり一面砂の砂漠だったのが一気に濃厚な緑の丘だから。
もう冬も近いというのに広がる風景は芽吹きの春を思わせる。
彼らはその風景に涙し、歓喜した。
見捨てられた砂漠に、『精霊の恵み』が戻ってきた。
と。そしてお祭り騒ぎを始めたのだ。
窓から見てもはっきりと解る緑の野。
周囲三方向は相も変わらない砂漠なのに、明らかに不自然だ。
「私、何をやっちゃったんだろう?」
周囲を調査し、具体的に何がどうなったかを調べるから、今日はここに待機をと言われて私達は国境の町に居残ることになった。
客間に戻る前の報告では、オアシスから半径約二十レグランテ程が緑地化。
オアシスは泉を残して熱帯雨林になっているという話。
ココの木やデーツだけでなく、見たことも無い木も増えていると言っていた。
「まるでプラーミァの森をそのまま持ってきたようだ。
私とて直接知るわけでは無いが、精霊神の怒りで大地が砂漠化する前はこのような土地だったのではないだろうか?」
とは侯爵の談。
私の血一滴が、どうしてここまでの事態を引き起こすことになったのだろう。
『うーん。『精霊の力』
その認識の相違だね』
「え? ラス様?」
『君が何かをやった訳ではないから、気にしなくてもいいよ。
そもそも悪い事では無いだろう?』
かけられた声に振り返ってみれば、ベッドの上、灰色短耳兎が伸びをしている。
『あー、疲れた。あんなに本気で緑を生やしたの何百年ぶりだろ。
楽しいけど、やっぱり疲れるね』
「え? あの森と丘を作ったのラス様なんですか?」
『僕一人の力じゃないけど、まあ、そうかな。
どうしても騒ぎになりそうな時には僕の正体ごと話してもいいよ。
緑の精霊神が、乙女達の願いに応えてやってくれたって』
オアシスでの幻想的な光景を思い出す。
水の上で飛び跳ねるように力を広げていたあれは……。
「もしかして儀式の時に水の上で跳ねていたのももしかして、ラス様?」
『そう。オアシスの子も許可を出してくれたし『星』の精霊の力を希釈しないといけなかったしね。
思ったより大事になっちゃったけど、これで、少しジャハールにも力が行くだろう』
「希釈? ジャハール?」
今回の儀式を行うにあたり『精霊神』様が何か思惑を持っていたのだということは解っているけれど。その為に何かをやらかしたのだということも解っているけれど、意味がよく解らない。
目を白黒させる私にくすっと、小さく微笑んだ(ように見えた)精霊獣は私に向けて、ぴょいぴょい、と手招きする。
そして、促されるままベッドに近づき腰を下ろした私は。
「わああっ!」
気が付けば無重力。
『精霊神様』達の白い異空間にいたのだった。
「ここなら、他人に話を聞かれる心配はないからね。
念の為」
「ラス様」
この無重力空間には、当然ながら私をここに呼び出した人物、ラス様がいる。
勿論、精霊獣モードではなく、本物(?)の少年神の姿だ。
「いつでも、この秘密空間、開けるんです?」
「『自分の』空間に行こうと思えばアルケディウスにいないと無理。
ここはどっちかというと『星』の空間だね。君がいるから」
「『星』の?」
「まあ、その辺の説明は今はできないことだから気にしないで。一種の結界だと思っておくといいよ。大事な話だから聞かれないように小部屋を作って鍵をかけただけ」
「解りました。大事な話、というのを聞かせて頂けますか?」
「頭のいい子は好きだよ」
つまりラス様は大事な話があるから私をここに呼んだのだろう。
余計な話をしている暇はない。
諸々の疑問は置いておいて、私はラス様に向かい合った。
優しい眼差しで私を見るラス様は、
「今回の件について、説明しておく。
あいつらに話すか話さないかはともかく、君達は自分の力について知っておかないと危険だからね。今、アルフィリーガの方にはアーレリオスが行ってると思う」
そう言って、説明して下さった。
「まず、理解しておいて。『精霊の力』っていうのは基本『助けの力』だ」
「助けの力?」
『精霊』の力についての、人間と『精霊』の理解、というか認識の違いを。
「そう。元々、この世界には自然の力があり、人間はそれを使って生きていくことができる。
ただ、自然の力だけを使って人間が生活していくのは大変だ。
自然は子どもと同じでこちらのいう事を素直に聞いてなんかくれないからね」
「はい」
私は向こうの世界で暮らしていたからよく解る。
地震に、津波、火事から、花粉症とかアレルギーに至るまで。
自然の法則を理解し、科学として発展させて利用してきた現代でさえ、大自然の驚異という言葉は消えたことが無かった。
「それを補助する為の存在が『精霊神』なのさ。
自分の力の使い方の解らない子に正しい力の使い方を教えるモノ。
まあ、正しい、というのが人間の都合の良いように、と言われればその通りだけれど。
水の精霊は人が水をより良く便利に使う為に、緑の精霊は植物を自然のものよりも効率よく、実りを収穫する為に在る」
「ああ。そういうことなんですか? 精霊があるから自然があるのじゃなくって、自然があるところに精霊が生まれる」
「そういうこと。今となってはどちらも大して変わらないけれどね。
原初の大地には自然があっても『精霊』はいなかった。『精霊の力』も無かった。
そこに『星』と『精霊神』が『精霊の力』を生み出し、『精霊』を導き育てたんだ」
向こうの世界のように自然はあってもそれを思うように使うことができない世界が最初は始まりだったのだろう。地球には助けてくれる『星』や『精霊神様』はいなかった。
代わりに自然を使う為に人間は様々な知恵を使って道具や物理法則を発見し、活用してきたけれど。
「正確に言うと『精霊の力』を生み出せるのは『星』だけだ。
僕達はそれをそれぞれの得意分野で、効率的に変化させて増やして使うことができる。
使う分野では『星』のよりも上手い自覚があるよ。ただ0を1にはできない。
それが『精霊神』の限界。
今回は君の血という最高の『精霊の力』があった。
それを僕が増幅して、緑の精霊に変化させて大地に根付かせたっていうのが事の真相さ」
ラス様はそう言って、今回の儀式と、世界の真実、その欠片を話して下さったのだった。
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