楽しいお休みはあっと言う間に過ぎていくのは前世も現世も同じ。
明日からはアルケディウスに戻ってお仕事だ。
最初に、皇王家の方達への報告、数日後には夏の戦が始まると聞いてびっくりした。
「夏の戦は毎年地の一週か二週から始まる。
今年はマリカが旅に出ているから第二週から始めるって合意していたらしい」
「ゴメンね。リオン、色々と余裕が無くなっちゃんじゃない?」
私は完全に一週間のお休みを貰っていたけれど、リオンはその間も何度か国に戻っていた。
戦の打ちあわせがあるのだと。
「その辺はお前は心配しなくていい。
むしろ、戦が終わったらアルケディウスで精霊石に捧げる舞をするんだ。
そっちの方を心配しろ」
そう言われればそうだ、と思い出す。
戦が始まる前の出陣の宴で、予行練習。
戦から帰ってきたら、大神殿での本番。
確実に、アルケディウスの精霊神からの動きがあるから、心構えはしておかなければいけない。
「今回は、俺が先頭に立って戦って良い事になってる。
だから、今年も最短で片付けるつもりだ」
「最短って一週間?」
「いいや。三日で」
「三日! え? でも一週間はやらないといけない戦いなんじゃ?」
あっさりと言ってのけるリオンに私は心配になるけれど、大丈夫だと彼は笑って首を振る。
「今回は苦情が出てもいい。
圧倒的な力を見せつけろ、と言われている。
指揮官であるトレランス皇子からも了承を得ている。
元々、長引かせるとアーヴェントルクはやっかいなんだ。国全体が高地で兵士の身体能力が高いからな。
闇に紛れられたり、罠を使われたり。
俺がやったみたいに陣に火を放つなんてこともしてくる」
だから、早期に片付ける、とリオンは言いきった。
勝算はあるのだろう。
ならば、私に何か言う権利は無い。
「アーサーとクリスも連れていくんでしょう?
気を付けてね」
「ああ、アーサーには本陣の精霊石の守りの補助を。
クリスには連絡係を頼むつもりだ。前戦には出さないから安心してくれ」
「リオン兄の事はおれ達が守るからさ!」
「安心して。マリカ姉」
アーサーとクリスはやる気満々だけど、遊びとはいえ戦に出すのはやはり心配。
「心配するな」
そんな私の表情を読み取ったのだろう。
リオンはぽんぽんと、私の頭を撫でてくれた。
「俺は、俺の持ち場で全力を尽くす。
だから、お前はお前のやるべき事をしっかりとやってくれ。
俺達が帰る場所は、お前のところなんだからな」
帰る場所。
そう言われたら、私がその場所を揺るがせる訳にはいかない。
「うん、必ず守るから、無事に帰って来てね」
「ああ、任せておけ」
その強い眼差しを、私は信じる事にした。
最終日の夜はご馳走を作って皆で食べた。
それから、女の子皆で大きなお風呂で身体の洗いっこ。
「こんな、大きなお風呂、初めてみました…」
私の影武者になってくれることになったので、ノアールも正式に魔王城に入れる事になった。
プラーミァやアルケディウスとか大きな城には慣れている彼女も魔王城には色々とビックリしたらしい。
特に精霊術を便利に生活に使っている事と、魔王城の守護精霊にも。
「プラーミァには無い? お風呂」
「気候が暑いので、あまり熱いお湯に入る習慣がそもそも…。
水浴や少し冷たくない程度に温めるくらいで…。こんなに水を貼りお湯を温めるのも大変ですし」
「だよね~。精霊術が使えるようになるまではその辺、大変だったし…」
「アルケディウスの浴場は皇家の方以外には使えませんからね。
こういう浴場を一般市民も使えるようになるといんですけど…」
セリーナも心から同意という顔で頷いてた。
アルケディウスは冬が寒いから、色々と大変らしい。
水道も無いから水汲みとかも大変だし。
魔王城にきて一番うれしかったのはお風呂だという。
解る気がする。
全身をお湯につけて温まると、疲れや嫌な事が全て溶けて消えていく。
「マリカ姉。またお風呂で倒れないでね」
「…う、ハイ。解ってます」
しっかりものの妹に注意されて、皆には笑われたけれど、そんな一時も、私には幸せだった。
こんな時間もまた暫くはとれないだろうなあ。
と思うとなおさらに…。
年少の子ども達を寝かしつけ、皆も寝静まった夜。
私はこっそり、一人で部屋を出た。
寝ているピュールも置いて。
リオン達の部屋は遠いから多分、気付かれないだろう。
勿論。
「マリカ様、何か御用ですか?」
「エルフィリーネ」
魔王城の守護精霊には隠せないけれど。
「ちょっと聞きたい事があるの。
女王の部屋を開けてくれる?」
「…かしこまりました」
一階の公共エリア。二階のオフィシャルエリアを抜け、三階の王族のプライベートエリアの女王の部屋に入っていくと私は内側から鍵をかけた。
ここからの話はちょっと聞かれたくない。
リオン達が本気で気づいて、本気で止めようとすれば転移術や瞬間移動で来れるかもしれないけれど。
話を聞かれたくないという意志表示にはなる筈だ。
「マリカ様?」
「御免。エルフィリーネ。
この上も開けて欲しいの」
「解りました」
魔王城の女主人の部屋には、さらに最上階に続く秘密部屋への通路がある。
寝室の横の白い壁。
そこにぽっかりと開いた扉の奥の階段を私は注意深く登っていった。
前に、ここに来た時はリオンが手を引いてくれたなあ、なんて思い返しながら。
階段を上って、さらに不思議な見えない扉を潜り抜けた先に魔王城の最上階はある。
外からはどこにあるのか解らない、尖塔のてっぺんの様なここに来るのはほぼ二年ぶりだ。
ここにはかつて、石に封じられた精霊獣 オルドクスがいた。
彼は今、もう魔王城の守護霊獣となっているけれど、その時と変わらないモノが一つある。
空中に浮かぶ大きな精霊石。
こうしてみると各国で見た精霊石とよく似ている。
少し小ぶりな所以外はまったく同じに見える。
「エルフィリーネ」
「はい」
「二ケ月の旅でね。色々な事があったの。
プラーミァとエルディランドの精霊神様と出会って復活させて、プラーミァの精霊神様からは通信もできる精霊獣も頂いたの。
今は疲れて眠っているみたいだけど」
「存じております。ご挨拶を頂きました。
私が付いていけぬ外で、マリカ様のお力になって下さるとのお言葉を賜り安堵しております」
「やっぱり知り合いだった?」
「はい。もう数百年以上もお会いする機会が無かったので嬉しい再会でございました」
「そう…。あと、クラージュさんにも会ったの。
元魔王城の騎士団長。覚えている?」
「はい。人間でありながら卓越した腕と心を持つ真の騎士でした。
彼が『星』の戦士となり、戻ってきてくれるならこれ以上心強いことはありません」
「彼が『星』の転生者になったことは知ってた?」
「はい。『星』に知らされましたので」
「苦労してたよ。なんでエルトゥリアに戻れなかったんだろう、って」
「『星』の転生者の転生場所は、『星』の定めるところ。
私はおろか、転生者にも選ぶことはできません」
「リオンもそう言ってたね」
軽い報告を兼ねた切り込み。
エルフィリーネも感じている筈だ。
精霊は嘘をつかない。
隠し事はするけれど、その時は言えないとはっきりという。
だから聞きたい事は真っ直ぐに。
「皇王陛下 お祖父様が教えて下さったの。
先代、私にとっては先先代かもしれないけど、『精霊の貴人』は男性型の人型精霊を従えていたって。
もしかして、それはこの精霊石?」
「はい。『彼』は精霊石の長。
人と精霊石を導く者として最初に作られたモノにございます」
「既に、死んでいるってシュルーストラムが言ってたけど」
「はい、魔王との戦いがきっかけで。
完全に力を失っておりますのでここにあるのは残骸。マリカ様がお力を注がれても『精霊神』のように元には戻りません」
もしかしたら、と思っていたけれど、先にダメだしされてしまった。
けれど、有益な情報も一つ。
「魔王って、実在したんだね?
私は『神』が『精霊の貴人』に罪を擦り付けたねつ造の存在だと思ってたんだけど」
「はい。実際に『神』が作り上げた端末。
『神』にとっての『精霊の貴人』に位置する存在がおりました。
魔性達を率いる都合上、『神』とは無関係を装って、大神殿にはもう一人別の端末を作っていたようですが…」
「その魔王は? もういないの? 転生とかしてない?」
「神の端末たる『魔王』はもうこの世には存在しておりません。
『精霊の貴人』と『長』の力によりこの世界から完全に消し去られたのです。ただその過程で『長』はその命、存在全てを失う事になりました」
なるほど…。
なんとなく、私の中でぼんやりと思っていた事が一つに繋がった。
でも今は言葉にするのは止めておく。
言葉にしてしまったら、きっと私達の関係や、思い、色々なものが変わってしまう。
「解った。ありがとう。エルフィリーネ」
私は話をそこで打ち切る。
他にも色々と聞きたい事、聞かなければならない事があったような気がするけれど、今はちょっと思い出せないし、どうでもいいことだ。
「エルフィリーネ。
明日から、また私もリオンも暫く魔王城に纏まって戻ってこられないかもしれない。
こっちのことは宜しくお願い」
「はい。どうぞお任せを」
「私達の帰る場所は、アルケディウスでもあるけれど、やっぱり魔王城だから。
リオンやみんなの大事な場所。守る為に私も全力で頑張るからね」
エルフィリーネを促して私は最上階を出る。
うん、どうでもいいことだ。
私の生まれとかリオンの正体とかも。
「長の精霊石。…ありがとう」
一番大事な事に比べたら。
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