大祭の最後を締めくくる晩餐会は皇王陛下の乾杯の合図と共に華やかに始まった。
楽師たちの奏でる優美なBGM。
去年もあったのかな? 緊張して覚えてないや。
皇女として席を用意されての初めてのアルケディウスの晩餐会。
子どもは当然のごとく私一人だけれども、正式な晩餐会そのものは、何度か体験してきたのでそんなに不安は無い。
食事のマナーや立ち居振る舞いは、きっちりガッチリ叩きこまれて来たし、基本はそんなに変わらないので違和感はない。
カトラリーも去年あたりから三つ又のフォークなどが貴族向けに販売されるようになり、パスタや料理を食べやすくなったと評判だ。
料理もザーフトラク様とペルウェスさんの自信作なので、文句なく美味しい。
自分が作って食べるよりも、他人に作って貰って食べる方が倍美味しいのは言うに及ばず。
「まあ、なんて素晴らしいの」
「まだまだ『新しい味』はこれほどの美味を隠していたのか!」
食前酒のビールから料理が出るたびに子どものように目を輝かせる大貴族の方達を見ているのも嬉しかった。
「今回は『新しい味』の真価を伝える料理を、と命じました」
手放しの喝采に顔を綻ばせるのは今回の料理の指揮をとるアドラクィーレ様。
「ペリメクやシチーなど、古くからこの地に伝わる料理も『新しい味』の技法を取り入れて工夫していく事でより素晴らしい味が生まれるのです」
「物を食する、ということによって、力が間違いなく生まれる。
それは一般の民も例外ではない。夏の戦に置いて食事を与えられた我が国の兵士達はアーヴェントルクを圧倒する胆力を見せた。
今後、食料の増産など民の力が今後必要になってくると思うが、彼等にも食を与えてみると良い。
きっと今までにない力を発揮するだろう」
補足するケントニス様の言葉に大貴族達は顔を見合わせながら思案している様子だ。
去年の秋の宴から今迄の間に、目端の利く大貴族の中には自領で農業を再開させている人も少なくない。
この美味を領民に? そんな囁きが聞こえたので、
「民が、食材を作り、狩り、育てなければ『新しい食』はないのです。
無いものは食べられないですよ」
私も少し援護射撃させて貰った。
食を復活させるなら第一次産業従事者の保護育成は絶対急務なのだから。
「マリカ」
お母様が少し眉を潜めたけれど大貴族達の決心を後押しできたのならいいと思う。
「このビール、ラガーはエクトール荘領の昨年産麦で作った最後の酒。
エールの方はゲシュマック商会が先んじて稼働したエクトール荘領以外の蔵で作った初めての酒だ。この通り、エクトール荘領以外でも見事な酒ができた。
今年は間もなく麦が収穫され、エクトール荘領の他、王都、プレンティヒ侯爵領、パウエルンホーフ侯爵領で新しい蔵が動き出す予定だ。
ビールは作る土地の水や麦で味が変わるという。
秋の戦を楽しみにするといい。
きっと新しい感動に出会えることだろう」
第二皇子トレランス様も胸を張る。
「一年前とは別人だな。トレランス」
黄金色のピルスナーを口に含みながら皇王陛下が微笑む。
「確かに、楽しい一年でございました。
蔵に赴き、蔵人達と意見を交し、まったく移動で泡立たない酒を飲む。
この充実感はなんども言えぬモノですな」
楽し気に酒造を語る様子はとても生き生きしていた。
「麦が出来たらどんどん持ってくるがいい。
大麦は半額などとゲシュマック商会のようなケチな事は言わぬ。酒造局がありったけ買い取ろう」
「…その辺は求める種の違いですから」
「我が領地でもぜひ新しい蔵を作りたいものですが」
「初期費用の覚悟があるのなら、いくらでも相談に乗るぞ。
だが温度管理が魔術師無しの場合はかなり難しく、違うタイプの酒になるだろうがな。それでもかなり上手い酒がきっとできる」
一年間本気で酒造を勉強したらしいトレランス様の言葉に大貴族達の目が輝いていた。
「我が領地は寒冷地、土地もあまり肥沃とは言えず麦などの育成は難しいのだが…」
「最北のトランスヴァール領は魚介類とナーハの油で現在、かなりの富を得ている。
寒冷地に合う野菜などは無いか。マリカ」
「ございます。パータトやナーハ。あと、今度エルディランドから輸入予定のソーハは力を入れて買い取る予定でございます。
寒冷地でもかなり成果が望める食材。ぜひお力をお借りしたいものです。
それから、土地が肥沃ではなくてもキノコなど森の幸は採れることがあります。キノコは毒種もあるので注意が必要ですが美味なモノも多いですよ」
横から声をかけて下さったお父様に私が応えると、苦い顔をしていた大貴族の一人の顔が輝いた。
油とじゃが芋…パータトが豊富に仕えるようになったらフライドポテト作りたいよね。
ビールと相性抜群だし。
ビールとの相性抜群と言えば今回の一押しは猪の丸焼きだ。
元々、宴会料理の定番ではあったらしいけれど、肉をメインに食べるローストポーク。
それを今回はさらにひと手間かけて、皮も味わって貰う広東料理風にしてもらった。
忘れられないのは向こうでの生活時代、唯一の卒業海外旅行。
台湾の屋台で食べた子豚の丸焼きだ。肉と野菜を一緒に食べるのも美味しかったけれど、何といっても美味だったのは皮と皮目の油。
カリッとしたチップスのような食感と、柔らかくて口の中にじゅわああっと広がっていく脂のハーモニーが絶品。薄い皮で巻いたり、酸味と甘みの効いたソースをつけて食べると超美味しい。
皮には焼くときに蜂蜜と香辛料を混ぜたものを何度も塗っているのでツヤツヤテカテカ。
見ているだけで、香ばしさと甘さが加わって涎が出て来そうになる。
ソースの配合は流石に覚えていなかったけれど、ペルウェスさんがウスターソースをベースに作ったものは屋台で食べた時と同じかそれ以上の感動をくれた。
豚は捨てるところが無いと沖縄などでは言われている。
モツの使い方や臭みの取り方。
あとはミミガ―なども教えたので、ザーフトラク様は後で賄いで使うと言っていた。
プラーミァとエルディランドから仕入れて来た食材で、またアルケディウスの料理のレベルはアップしたと思う。
前菜からデザートに至るまでかなり高レベル。
こちらの世界の料理も取り入れたので、向こうの世界の劣化コピーではなく、この世界の正しく『新しい味』になっている。と思う。
食事をしながら交される会話は第一皇子、第三皇子の派閥関係ない活発なもので、昨年までとはまったく違う、と後でお父様は言ってた。
国務会議も同様に農地拡大や、領民をいかに第一産業に戻すか活発な議論がなされたのだそうだ。
私も請われて料理の説明や、話に混ざったけれど。
聞き逃す事はできなかった。
「…真、姫君は新たなこの国の要であらせられますな」
一人、食事とビールを食しながらほくそ笑むように溢した神殿長の呟きを。
晩餐会の後は舞踏会。
昨年は怪我で踊れなかった私だけれど、今年は大丈夫。
エスコートしてくれるリオンと、皇王陛下の前に跪いてから舞台の中央に立って一緒に踊る。
今日はもうしっかり、二人でお願いしたし精霊神様もいるから、精霊達は集まって来ない筈だ。
精霊獣は晩餐会の場には連れてこれなかったけれども、皇王妃様にも言われたのでこの会場には連れてきた。
二匹の短耳アンゴラうさぎ達は興味深そうに覗き込んで来る大貴族達の思惑なんて知る風も無く、用意されたテーブルの上の籠の中で、丸くなっている。
浮かれるとそれでも出てくるかもしれないので気を引き締めて。
でも、リオンとのダンスを楽しむ。
「祭りのダンスも悪くなかったが、こっちの方が安心するな」
小さな吐息のようなリオンの囁きが耳に届く。
「どうして?」
「こっちの方が、お前が他の奴と踊ってるの見ないで済むから。
自分でも最近自覚したけど、俺は結構嫉妬深いらしい」
「最近?」
顔を見合わせ、くすりと笑う。
でも、気を抜く事はできないと、解っている。
会場の一角で、泰然と大きなソファに腰を落している神殿長。
彼はこっちを見ている。
私と、リオンを。
「神殿長は…リオンの正体を知らないよね?」
「その筈だ。大神官も神官長もそこまで他の駒を信用してはいまい」
「じゃあ、何をするつもりなんだろう?」
「さあな。ただ、間違いなくマリカを取り込もうとしてくるはずだ。油断はするなよ」
「うん」
一曲を踊り終えてホールの中央で頭を下げる。
それからリオンと並んでゆっくりと皇王陛下の前に進み出た。
皇王陛下の側にはお父様とお母様。
「父上 アルケディウスを導きし皇王陛下」
お父様が私達の少し前でお母様と並び膝を折る。
「父として我が娘の未来を守る将来の伴侶をここに定めます。
どうかアルケディウスの未来を担う二人に祝福を」
この場で、皇王陛下に私とリオンの婚約を告げて、承認して貰う。
という流れなのだ。
婚約者を公式に発表してしまえば『聖なる乙女』よりもアルケディウスが『皇女』の立場を優先している事が広く伝わる。
神殿を牽制する為の計画だった。
「うむ」
小さく頷き皇王陛下が王杓に似たというか、多分王杓。
大きな宝石のついたワンドを私達に向けて差し出す。
「ここに…」
「お待ちを!」
会場中がざわざわと騒めいた。
アルケディウスにおいて、上位者に言葉かけ、行動を妨げる事は許されないマナーの一つ。
けれど、それを国のトップの集まる場において平然と、その男はやってのけたのだ。
「その婚約に『神』と『星』と『精霊』の名において異議を申し上げます。
どうぞご再考の程を」
アルケディウス神殿長 は。
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