【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

水国 新型船の進水式 後編

公開日時: 2024年7月27日(土) 10:05
文字数:3,863

 後ろや、周囲は見ない。

 リオンや、カマラ。皆が持ちこたえてくれていると信じて、私は自分の前。

 淡い水色のシャボン玉に手を触れる。

 そして、全力集中。

 目を閉じて、自分の中の精霊の力を感じ取る。


 私の、人間の中には『精霊の力』と『気力』という二つの力がある。

 気力は精霊が使う術の源で『精霊の力』を発動させる為のもの。

『精霊の力』は万物に宿る助けの力。

 このシャボン玉は既に完成された術式だ。今から気力を送っても多分、あまり意味はない。

 なら私の中に在るという無色の『精霊の力』を送り込んでシャボン玉を強化するのがきっと正解。


(「私の中の、精霊の力よ。守りの力を高め、船を守り給え」)


 強く、思いを込めて願い触れた、強くて柔らかい水の膜。

 守りのシャボン玉がふるると、大きく震えたのが解る、と同時にシュルーーー、ともビシャンともつかない音と共に何かが広がり、伸びていく感じがした。

 何があったかとおそるおそる目を開けて見れば……。


「わあっ!」


 船を守っていた水の膜。シャボン玉が息を吹き込まれたように大きくなって船全体を包み込む。マストの先端やピークヘッドに取りついて体当たりをかましていた魔性達は、ぽよよん。と柔らかい音を立てて船の周囲から弾き飛ばされて行く。


「ありがたい。守りの結界が拡大された。これで船全体を守ることができる」


 メルクーリオ大公の安堵の声にホッとできたのもつかの間。


「キギャアア!!」


 今度は弾き飛ばされた魔性達が私の方に向かってくる。

 結界を広げて船から追い出したのが私だと思ったのか。それとも美味しそう、だったのか?

 瞬きの間に近づいてくる魔性に、私が身動きできないでいると


「させるかよ!」「マリカ様に傷一つつけさせません!!」

「アル! カマラ!!」


 私の左右を守るようにアルとカマラがついてくれた。

 白銀に輝く、精霊の剣を持つ二人は急降下してきた敵を同時に一刀両断。

 二人に左右の翼を奪われて、地面に落下したワイバーンもどきは微かな叫びと音と共に空に還る。

 私がリオンと離れたのを見て助けに来てくれたのだろう。

 リオンは私達の方に軽く目くばせする。

 魔王エリクスの相手をしながら、私に気を配ってくれていたリオンだけれど、二人がついてくれたのを見てエリクスとの相手に戻っていった。

 目の前の相手に専念できれば、リオンがエリクスに負けることは無い。筈だ。

 フリュッスカイトの護衛兵達も魔性との戦いを続けているけれど、船や大公様、来賓客達を守るのに手いっぱいの様子。

 助かった。


「ありがとう!」

「マリカ様。お力はまだ残っておられますか?

 また使い過ぎで倒れるという事は?」

「今は、まだ大丈夫」

「油断すんなよ。まだ魔性は撤退したわけじゃねえんだ」

「うん」


 アルの言葉に私は頷き船を見上げる。

 マストの先端部が二本折れて、帆がだらりと垂れ下がっているのが見えた。

 船首も美しい女性の首が折れて可哀相にスプラッタ。

 でも、それ以外の機関部に大きな障害は見られ無い。


 ピーーーッ!


 号令の笛のような高らかな音が港に響き渡る。

 実際に号令だったのだろう。港全体に広がりかけていた飛行魔性達は全員残らず空中へと逃れていく。

 幾人かが矢を放っても届かない。


「船を大破させられなかったという点において、成功とは言い難いですが、少なくともこれで数か月は船を動かすことはできない。

 目的達成まで邪魔されることは無いでしょう。『主』が目的を果たされた後であれば、まあ、外洋に出ようと、船が沈もうと我々に関係ありませんから……ね……!」


 上空に逃れて、私達を見下していたエリクスが、フッと言葉を止めた。

 地上から、唯一、魔王の所まで届いた矢が一本。

 あわや翼を捕らえて撃ち落とせたかというそれは、残念ながらエリクスの手に掴まれる。

 上空への射撃、重力に威力を殺されながらも、そこまで届かせた射手の腕もさることながら、矢を捕らえたエリクスも人間離れしている。

 魔王に変生した時点で、ほぼ人間を止めているのかもしれないけれど。


「流石、ですね。五人目の勇者の仲間。射手、ヴェートリッヒ皇子」

「僕の名を知っていてくれて、光栄だ。

 君はやはり、魔王にしておくのはもったいないかもね」


 エリクスは自分を射抜きかけた矢と、皇子、そしてリオンを見やり小さく笑う。

 今までの余裕のそれではなく、苦笑……もしくは失笑と言った感じの、何かを含んでいると私は感じたけれど、それが何かは解らなかった。


「もし、君の『主』が君を要らないと言ったのなら、遠慮なく僕の所にきたまえ。転職の手伝いくらいはするよ」

「ご厚情、感謝いたします。

 では、今日の所はこの辺で」


 フッと、かき消すように魔王の姿が消えると同時、魔性達は三々五々、四方八方に去っていく。もし、これが一方向に向かって集団で逃げていたら、もしかしたら、その後の方角で敵の本拠の手がかりが掴めたかもしれないのに。

 そんなに甘くは無いか。



 魔性達が港から完全に消えて、周囲に安堵の吐息が漏れ始めた頃。

 船から一人の少年が駆け降りて来る。


「兄上、申し訳ありません! 船を守り切れずに」


 ソレイル公子だ。船に守りの術をかけ魔性から守り切った立役者。

 でも本人も疲れ切っているだろうに、大公様に膝を付く。

 杖を縦持ちにしていなければ土下座していたような、勢いだ。


「いや、お前は良くやった。船の機関部は守りきれたのだ。一部壊れた場所はあるが、何。優秀な船大工達なら直ぐに直してくれる」

「でも……今日の式典は……」


 周囲に落ちた木片や先端の無くなったマストを見つめ、公子は歯を食いしばる。

 ほんの数刻前、優美な姿を見せていた外洋航海船は、今、確かに見る影もない。

 己の力不足に必死に 涙をこらえている感じだ。

 でも……


『諦める必要は無い。お前達はフリュッスカイトの誇りを守り切ったのだ』

「え?」「マリカ皇女? いや……まさか?」


 お二人に みんな気を取られていたから、多分気付いた人は多くなかっただろう。

 私の肩に猫の容をした精霊獣が飛び乗ったことも。


『マリカ。頼む。身体と能力を貸してくれ』

「オーシェアーン様?」

『船を直してやりたい。頼めるか?』

「はい」

「おい!」「マリカ!」

『心配するな。少なくともマリカの力だとは知られないようにする』


 それが、私の身体の中に溶けて行ったことも。


 私の身体に乗り移ったオーシェ様。

 でも、今の身体の主導権は私に在る。

 オーシェ様は、多分、私の外見を変えたり『精霊神』っぽく周囲を威圧したりするのに力を使っておられる。


(『マリカ。『能力ギフト』で船を元通りにしてやってくれ。お前なら出来る筈だ。

 力が足りなければ私の力を使ってよい)

(「ありがとうございます。でも、多分大丈夫です」)


 私は船に近づき、ぺたりと両手をつける。

 今度、手に伝わってくるのはぷるるん、シャボン玉ではない、木材の強くて暖かな手触り。


 もう一度、集中。

 少しずつ解ってきた。私の『精霊の貴人』の『能力ギフト』は本来、万物に宿る『星』が生み出した『精霊の力』に干渉して、あるべき姿を守る為のものなのだろう。

 だから、戻すことはできる。例え、分かたれても。

 元が一つのモノであるのなら。


 私の指先に光が生まれ、それが船を包み込んでいく。

 守りの結界がシャボン玉なら、今の力は光のコーティング。

 水に垂らした油が煌めいた膜を作るように船を全体に広がっていく。

 と、折れたマストがまるでビデオの早戻しを見るかのように、元の場所に戻って接着される。いや多分、折れたものが接着して直ったのではなく。分子、原子レベルで融合し元に戻ったのだ。

 船首の女神像も気が付けば、元の美しさを取り戻している。


「信じられない」「これは『神』の神官の力?」

「いや『精霊神』のお力だろう」


 港を埋め尽くす観客たちから唖然とした吐息や声が零れる。

 と、思った瞬間、足元ががくん、と逝った。

 うーん、力はセーブしていたつもりだったのに、やっぱり持っていかれたか。


「マリカ!」


 リオンの手が、地面に崩れ落ちる瞬間に私を捕まえ、大きな手で、抱きしめてくれた。

 足元がふらつくけれど、リオンが支えてくれているならなんとかなる。


「大丈夫。メルクーリオ様、ストウディウム伯爵」

「あ、貴方は? 皇女か? 戻られたのか?」

「はい。船を『精霊神』様が直して下さった今のうちに進水の儀式を」

「今の奇跡は『精霊神』様が? いや、解った。おっしゃるとおりにしよう」


 大公様は周囲に控えていた大工さん達に目で合図をする。

 彼らは頷き合ってそれぞれの持ち場、配置に慌ただしく動き着く。

 そして、混乱も落ち着き、再度位置に着いた来賓達の前。


「皆様方、ご照覧荒れ。魔王の襲撃にも耐え、精霊神の祝福を得た希望の船の進水を!」


 高らかな宣言と共に、船を止めていた滑り台の止め綱が切られた。

 勢いよく、轟音を上げて船台を滑り降りていく船は、迫力としか言いようがない。


 バシャーーン!


 弾ける水しぶきと共に、船は無事進水。会場全体から拍手が沸き上がった。

 良かった。これで、とりあえず式典は成功だ。


 そう思った瞬間、頭の中で何かがプツンと切れる音がした。

 緊張の糸?


「? マリカ。どうした?」

「ご、ごめん。限界……。あと、お願い……」

「マリカ!」


 リオンの腕の中に倒れた込んだのが最後の記憶。

 今度こそ、気絶しないで終わらせたかったのに。

 私は例によって、例のごとく意識を失い、バタンキュ。


 式典後の祝賀パーティには欠席して、大公様達や随員達を心配させることとなってしまった。

 そして。

 いつもいつも、気絶しているから知らなかったし、気付かなかったのだ。


 私達を見やる貴族達のねばりつくような眼差しに。


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