夢のような一時だった。
家族みんなで、当たり前の親子のように笑い合い、一緒に祭りの輪の中に入る。
屋台の料理を頬張り、見知らぬ誰かと手を取り合い、踊る。
夜更けまで。
大切で愛しい人たちと。
大人も、子どもも分け隔てなく受け入れられて。
それは、本当に幸せな一時。
私が求め続けた『夢』そのものだった。
大祭初日、中央広場での祭りのメインイベントの一つ、皆でのダンスはたいてい日が変わる頃にお開きになる。
広場が閉鎖されるとかではないけれど、楽師達の演奏が終わるから、最後の曲が終わるとそれ以上広場に居座ることなく、明日からの祭りの為に、皆それぞれに引けていくのだ。
私達。
私と、リオン、お父様とお母様、それからフォル君とレヴィーナちゃん。
第三皇子家も少し前に帰路に就いた。
騒ぎにはならなかった。
もしかしたら精霊神様がステルス魔法をかけて助けて下さったのかもしれないけれど、私達はあくまで当たり前のアルケディウスの大祭に参加した家族として中央広場を、祭りを後にした。
帰り道はリオンの転移術を使うか、フェイを呼ぼうか考えたけれど。
「貴族区画の入り口に馬車を待たせてある。
お前達も乗っていけ。この状況で術を使って戻るのも変だろう」
「皇王陛下と皇王妃様には、もし騒ぎが起きて合流したら私達が保護して連れ戻すから、と伝えてあります。心配はいらないわ」
お父様とお母様がそうおっしゃるので甘えることにする。
「騒ぎが起きる前提だったんですか?」
一応膨れて見せたけれど、
「実際に起きたでしょうに。
でも、貴方達が目を引き、大祭の精霊だと騒がれた時には『大祭の精霊』ではなく『皇女のお忍び』とするように皇王陛下からもいいつけられているの」
「信用無いんですね。私」
「自分の今までの行動を鑑みろ。
お前にそういう気は無かったとしても結果的に必ず騒ぎは起きる。予測対応は当然のことだ」
そう畳みかけられれば、私から言える反論などは無い。
私が悪うございました。
貴族街の門の側に待たせてあった馬車の中で落ち着いて間もなく
「ふわあっ~」
思わずあくびが零れてしまう。
「疲れましたか?」
お母様には笑われたけれど、まあ実際疲れて眠い。
でも双子ちゃんがそれぞれ、お父様とお母様の膝で寝ているので、お姉ちゃんととしては頑張らないと。
「疲れましたけど、楽しかったです。祭りの輪に入ってあんなに思いっきり踊ったの初めてでしたから」
大祭の終わりを締めくくるダンスは確か子どもは入れない、みたいに聞いていたけれど、今年は止められなかった。というかむしろ入ってと誘われた。
私達を見つけたアレクがノリのいい音楽を引いてくれたのをいいことに、大はしゃぎで祭りの輪に入って踊ってしまったのだ。
フォークダンス調の明るいステップのダンスを、いろんな人と手を取り合って何週も。も。私達だけでは無く、双子ちゃんも、お父様とお母様も輪に入って踊った。
皇女だからと特別扱いすることなく。
勿論、ちょっと緊張した様子とかは見られたけれど、エンテシウスが言ったように大祭を楽しむ仲間として迎え、受けれてくれた人々のおかげで、私達は本当に楽しい時間を過ごすことができた。
誰か一人でも抜け駆けして、皇族である私達にすり寄ってきたら、楽しい時間はそこで終わりと言われていたのだけれど。
「俺も民があそこまで協力してくれるとは正直思わなかったが。
愛されているな。お前は」
「私、だけじゃなくてお父様や皇王家が愛されているのだと思います」
「……そうかもしれん。ありがたいことだ。
後でエンテシウスには労をねぎらってやれよ」
「はい」
エンテシウスが助け舟を出してくれたことは勿論だけれど。
あの場にいた皆が、大祭という楽しい時間と私達を守ろうと心を砕いてくれたおかげで祭りを満喫することができたのだと思う。
多少不埒な存在もいた気配はあるけれど、ヴァルさん達とか、クラージュさん達がこっそり排除してくれていたことも知ってる。
正直、感謝しかない。
「あ、でも結局、今回は『大祭の精霊』は出なかったことになりませんか?
いいんです?」
「大祭が盛り上がれば良いのだ。別に構わんだろう」
「多分、この後、民の間で色々と想像が盛り上がるわ。噂話は民の娯楽ですからね。
皇王陛下は『大祭の精霊は実は皇女マリカだった』と民に周知したいお気持ちもあるのではないかと思います」
「え?」
お母様の思いがけない言葉に思わず目がぱちくり。
なんで、と思う私にお母様は、さらに笑みを深める。
「『大祭の精霊』の人気を貴女の物として取り戻したいのでしょう。
不可逆の成長は『精霊が愛し子の姿を借りたからだ』とでも理由づけるかしら。
もしかしたら来年あたり、エンテシウスがそんな劇を作るかもね」
「いっ!」
「お前も、最初の提案の時に言っていたし、ここ数年、エンテシウスの劇を見ていて改めて実感したが、舞台や物語というのはなかなかに人の心を動かし、友愛、親愛を育てるのに役に立つ。
だからこそ、毎年アルフィリーガの劇が上映されていたのだろう。物語も売られていたのだろうと今なら納得がいくな」
「貴女が嫁ぐにあたり、民が貴方達を忘れないように、末永く愛されるように、ということではないかしら」
確かに劇団を作る時に『精霊』や『精霊神』のイメージアップができればと思ったのは事実だけれど。
「イヤですよ。今年の劇でさえ、見ていて気恥ずかしかったのに」
自分の行動を変に美化されて広められるのは結構クる。
アルフィリーガ伝説を見させら続けたリオンなんか、特にキツかったことだろう。
でも、お母様は多分、私のそんな思いを十分に理解した上でコロコロと鈴を鳴らすように鮮やかに笑う。
「あら、私は今年の話、良かったと思うわよ。子ども達も喜んでいたでしょう?
本物よりも少し優等生で素直ではあったけれど」
「ああ。彼女くらい人の話を聞き、周囲を頼ってくれるのならありがたいのだがな」
「あう~~~っ」
後でエンテシウスに、私をモデルにした脚本は作らないように頼んでおこう。うん。
でも、確かに民衆を味方にするには劇は効果的だ。
今は王家の上層部しか知らないアースガイア誕生の真実。
それも劇などで知らせれば、一般の人にも親しまれやすいかも。
未だ眠り続け覚醒の時を待つ『神の子ども達』も受け入れて貰えるかも。
そんなことを考えていると、また、大きなあくびが口から零れる。
ヤバい。頭が疲れて働かなくなってきた。
「眠っていてもいいわよ。館に着いたら起こします。
明日は皇王妃様主催のお茶会や、技術会議があるのでしょう?
少しでも身体を休めておくといいわ」
お母様はそういうと、自分の膝をとんとんと優しく叩いてみせた。
膝枕してくれるってことかな? と感じて。
横の座席で眠るレヴィーナちゃんに少し罪悪感を持ったりもしたけれど。
でも、懐かしい女騎士ティラ様の姿をしたお母様の優しい誘惑に抗えず、私はこてんとその膝に頭を落とした。
しなやかで、優雅で暖かいお母様の膝は眠気を誘う。
絶対に安心できる場所だと解るから、だろうか?
「ありがとうございます。お母様」
「今日は大活躍でしたからね。お疲れ様」
額に白くて細い手が触れて、私の目元をそっと撫でる。
それがあまりにも気持ち良くて、私はいつしか眠りの中に落ちて行ったのだった。
お母様は、着いたら起こすと言って下さったけれど、多分起こさないようにと気遣って下さって。
私は(おそらく)リオンに部屋まで運ばれて、そのまま寝台で眠りについた。
皆で過ごした楽しい祭りの夢を見ながら。
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