【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

閑話 初夢 子ども達の時間 エピローグ

公開日時: 2022年1月4日(火) 21:27
文字数:3,276

 目が覚めた時、というか気付いた時、私は椅子に座っていた。

 今が、何時なのかは解らないけれど、多分、そんなに時間は経ってない気がする。

 私の周囲は…多分、意識を失っていたと思しき時から…何にも変わってないから。


「…あ、うん…なんだ? 今の?」

「夢、と言うには妙に生々しくて…」

「夢だったのか? マリカの世界に行って、みんなで遊んだの?」

「リオン! フェイ! アル!!」


 私は周りを見回して、同じ部屋の中にいる四人に声をかけた。

 周囲には他に誰もいない。四人、だけだ。


「マリカ…こっちの世界の服…だな」

「向こうでは考える間もありませんでしたが、まったく違いますね。

 僕達の服も、戻っている…」

「って、ことは三人とも、向こうの世界の記憶が残ってるの?」


 ぼんやりと、頭を振る三人に私が呼びかけると三人とも、三者三様に、でもはっきりと頷いてくれる。


「ああ、マリカが転生する前にいた、という世界に行った。

 そこでお父上やお母上に会って、一緒に食事をした。買い物をし、遊び、本を読み、花火をしたことを覚えてる」

「インターネット、という情報の繋がりを教えて貰いました。それから一緒にチェスやリバーシをしたでしょう?

 お母上に飼って頂いたジュース。あんなに甘くてそれでいて刺激的な飲み物は初めてでした。

 それから甘いのに塩辛い。不思議な食感のパータトの薄切りフライも、ビエイリークよりも種類豊富な魚売り場も」

「飛び跳ねる床、投げたら弾む柔らかいボール。一緒に遊んだ子どもを覚えてるぜ。

 腹いっぱい食べたカレーも、四人で山の上から見た街の風景もしっかりと記憶に残ってる」

「…じゃあ、あれは…」


 夢だけど、夢じゃなかった。


 それは、古い大好きなアニメのワンシーン。

 使い古された言葉だけれども、今の思いを言葉にするのに、それ以外も、それ以上の言葉も見つからない。


「マリカ!」「どうしたんです?」


 気が付けば、私は立ち尽くしたまま、ボロボロと泣いていた。

 泣こうと思ったとか、哀しいとか、寂しいとか、そんなじゃない。

 ただただ、本当にただひたすらに涙が溢れて来る。止まらない。

 どしたらいいか、解らず立ち尽くす私の肩を、身体を暖かい何かが包み込んだ。


「マリカ!!」


 それがリオンの腕だ、なんて意識している余裕は私には無かった。

 でも伝わってくる体温が、凍ったように強張っていた身体を溶かしてくれる。


「リオン! リオン! リオン!!」 


 私はリオンの胸にしがみ付いて泣いた。

 もう、周囲の目をはばからず、ワンワンと。


 誰かが聞いていたら心配かけちゃうな、とか男の子に抱き付いて…なんてことも、頭の奥の奥、欠片のようなすみっこにちょっと感じていたけれど、出てはこない。

 とにかく、もう自分でもどうしたらいいか、解らない位、ぐちゃぐちゃな思いが涙で流れて溶けて消えるまで。

 リオンは、私の事を、ぎゅう、と抱きしめてくれていたし、フェイとアルも黙って、本当に黙って見守ってくれていた。




「少し…落ちつきましたか?

 マリカ」


 多分、随分、時間は経ったのだと思う。


「あ、うん…ありがとう」


 私はリオンの胸元から離れて大きく深呼吸した。

 フェイが指し出してくれたハンカチで目元を拭う。


「あ、気持ちいい…」


 ひんやりと冷たく濡れた布が、目のほてりを沈めてくれるようだ。



「マリカは夢だと言ったけど、夢じゃなかったのか?

 四人で、同じモノを見た、なんてさ」

「ううん、多分、夢。

 あの世界、現実のようでそうじゃなかったもん」


 私はアルの言葉に首を横に振った。

 向こうの世界で、私は今と同じ『マリカ』の姿をしていた。

 学童保育の先生も、違和感なく挨拶してくれたけれど。

 夜色の髪、紫水晶の瞳。

 落ちついて考えれば、日本人じゃない。

 お父さんとお母さんの娘『北村真理香』の小学生時代はまったく違う顔形だった。


 菊地先生と清水先生。

 児童館にいた学童保育の先生は、私がいた時の担当。

 私が十一歳の頃には人事異動で別の幼稚園に行かれていた筈だ。


 他にも小さい事は細々あるけれど、徹底的だったのはお母さんが土曜日家にいた事。

 保育士だったお母さんは、仕事をしている保護者の子どもを見るのが仕事。

 土曜日に休み、なんて滅多になかった。

 私達がキャンプに行ったのは連休とか特別の時だけ。


 それに…


「もう、こうしてみてもお父さんと、お母さんの顔、思い出せないもん…」

「あ…」


 小さく呟いたのはリオンだけど、きっと、フェイやアルも同じ。

 鮮やかなあの世界の記憶はあっても、きっとお父さんやお母さんの顔は思い出せないだろう。


「…あれは、きっと誰かが見せてくれた一時の夢だったんだと思う」

「誰か…か」


 私の記憶の中の都合のいい夢に、皆の気持ちがシンクロした。

 誰かが見せてくれた優しい夢。それでいい。


「あー、楽しかった。

 まさか、夢の中ででももう一度お父さんのベーコンと、お母さんのカレーを食べて、皆で遊べるとは思わなかった。

 でも、どうせ向こうに行くのなら、もっと凄い物とかも見せてあげたかったんだけどね。

 東京タワーとか、金閣寺とか。新幹線とかも乗せてあげたかったな。

 速いんだよ。本当に、びゅわーんって…」

「マリカ…」


 リオンの漆黒の瞳が私を真っ直ぐに見つめる。


「帰りたいのか?」


 静かな問いかけが、私の心に届いた。

 まるで水面に投げ込まれた小石が波紋を作るように、私の胸に広がっていく。

 この問いかけは二度目だ。


「ううん」


 だから、私はあの時よりもはっきりと首を横に振って応える。

 応えられる。


「向こうの世界は便利で、ステキなとこだったけど決して楽園、って訳でもないし」


 リオン達には見せずに済んだけれど、戦争、紛争、病気、事故、当たり前の日々や日常の中に死や悪夢は転がっていたし、辛い事もたくさんあった。

 大人になった時の方が世界は色々便利なのに、子ども時代に行ったのは、多分あの頃が一番幸せだったからなのだ。

 北村真理香の職場や家を見せていたら、きっと、笑顔で楽しい思い出は作れなかっただろう。

 それに…


「私の居場所はここ。

 魔王城で、アルケディウスで、皆の側。それでいいの」


 ここには、私のやるべきことがある。

 家族がいて、大切で守りたい人がいて、不幸な子ども達がいる。

 私は皆を幸せにする為に全力でやると決めたのだ。


「ああ、それならいい」


 私の返事に少し、リオンが頷き微笑む。

 その眼と表情には、ホッとしたものが浮かんでいるのが解った。


「良い世界だったな、マリカの世界。みんな、笑ってて、楽しそうだった」

「うん」

「色々な品物が豊富にあって、誰でも平等に何でも手に入れられて、食べられて、何でも知れて、どこにでも行けて」

「うん」

「子どもが幸せで親やみんなに見守られてて、笑ってられる暖かい世界」

「うん。だからそんな世界を、こっちに作りたいの。みんなと一緒に」


 向こうの世界は私がいなくても大丈夫。

 でも、この世界を変えられるのはきっと私、ううん私達だけだから。


「ああ。大丈夫だ。一人になんかしない。

 一緒にやりとげていくんだ」

「約束、しましたからね。お父上とお母上に」

「うん、絶対に守るって約束したもんな」

「みんな! ありがとう」


 リオン、フェイ、アル。

 私は一人ずつ、ぎゅうと、胸の中に抱きしめる。

 

 みんなと一緒に向こうの世界で遊ぶことができた。

 いくつかのお土産ももってこれたし、なにより。

 自己満足かも知れないけれど、たった一つの心残り。

 両親とのお別れもできた。


 私的には本当に最高の夢だった。


「あ、今、何時かな? もしかして凄く寝過ごしちゃった?」

「大丈夫だろ? 少しくらい息抜きも必要だ」

「でも、色々とやらなきゃいけない事は山積みですからね。行きましょうか?」

「そうだな。みんな待ってる」


 私は一度だけ、目を閉じた。

 あんな夢が、また見れたらいいな。と思う反面、ダメだろう、ということは解っている。



 眼を開き、深呼吸。前を向き歩いていく。

 大丈夫。

 もう『向こうの世界』に未練は無い。

 私はここで生きていくのだ。


 皆の側で。

 皆と一緒に。




 向こうの世界に、もう思いは残さない。

 残すのはただ一つ。



「お父さん、お母さん、さようなら…

 今まで、本当に、ありがとう」



 感謝の言葉と思い。

 それだけでいい。

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