空の月が本格的に始まった。
地球の日本で言うなら晩秋の10月後半から11月ということになるだろう。
この時期、毎年秋の戦と大祭があり、冬の準備を本格的に行う。
仕事が無い者達は秋の戦でお金を稼ぎ、冬支度を整えたりするのだ。
不老不死世が終わって初めての秋。
毎年恒例の秋の戦は見送られることになった。
今まで、命の危険がなかったからこそのスポーツだったけれど、今年は気を抜けば死亡も在りうる。
国同士の信念や譲れない理由があっての戦ならともかく、遊びの戦で傷を負ったり死ぬようなことになっては命がもったいない。
来年以降をどうするかはさておき、今年はやらなくてもいいだろうということに。通信鏡で年に一度の国王会議以外にも七国が意見をすり合わせられるようになったことは大きいね。
その代わり、各国の大祭は派手に行う。
戦の勝敗で、一喜一憂するドキドキが無いので少ししょんぼりしてた民に、大聖都の大神官が、民の前で舞を披露するので楽しみに準備をするように、と布告が回ったのだそうだ。
おかげで、みんな祭りの準備に余念がない。
今まで秋の戦で日銭を稼いでいた仕事にあぶれた男達も、農作業の収穫、鉱山での鉱石発掘、道路や街の整備工事等々。働く気になれば仕事はいくらでもあるので困ることはないだろうと聞いている。
ちなみに舞を披露する大神官というのは私。
現在、七国のアルケディウスの通信鏡をお借りして、大祭スケジュールの確認会議中だ。
「最初がプラーミァですね。よろしくお願いいたします」
『うむ、楽しみにしているぞ』
鏡の向こうでプラーミァの国王陛下、ベフェルティルング様が笑っておられる。
『そうだ。『精霊神』様がおっしゃるには
『今年は無理に神殿の奥で舞を舞う必要は無い。
マリカの心があれば、力は国のどこからでも届く。民達に見せて励みにしてやるが良い』とのことでな。野外に舞台を作るので、舞を所望する』
「解りました。そのように準備をしてまいります」
『頼む』
一国でそれをやれば、多分、全ての国で同じように望まれることになると思うけど、それはそれで構わない。私の舞で、精霊神様に力が届き、人々が笑顔になれるならそれで。
細かい手順の打ち合わせを終えた私に、ふと
『マリカ』
兄王様が真顔を見せる。
「はい。なんでしょうか? ベフェルティルング国王陛下」
『お前は何か欲しいモノは無いのか?』
「なんですか? いきなり??」
『いや、お前には借りが増えるばかりだからな。間もなく結婚式だし祝いくらいしてやりたいと思うのだが……、何か欲しいモノは無いのか?』
「ありません」
『おい』
きっぱりと言い切った私に兄王様は困った顔を見せたけど、本当に無いものはないのだ。
「私、自分で言うのもなんですが安上がりなんですよね。舞の衣装もドレスも日常使い込みで十分持っていますし、装飾品も付けるのは一人だから、そんなにいらないし。
孤児院ができて、子ども達が幸せになるのと、お砂糖や香辛料が安く手にはいること以外にはまったく思い着きません。あ、あと、プラーミァの図書館で本を調べさせて頂きたいなあ、くらいで」
各国秘蔵の書物には興味がある。
どんな技術が書かれているかもしれないし。
プラーミァの精霊古語はヒンドゥー語? で難しくて手出しできなかったけれど、今なら読めるかもしれない。内容が理解できるかはともかく。
『精霊古語のだろう?
それを読み解いて貰うのは、仕事のようなものだ謝礼にならん』
「じゃあ、無いです。とりあえずとっさに思い着きません」
『血は繋がっていない筈なのに、お前は本当にティラトリーツェの娘だな。
いや、あいつの方が、剣が欲しいとか、まだ我儘を言っていたぞ』
「じゃあ、プラーミァの血じゃないですか?」
『プラーミァはそんな無欲な国ではない。むしろ、欲しいものがあれば実力で獲りに行き、何があろうとも手に入れる。それが戦士の国たる誇りとプライドだ』
「あ~。それは解る気がします。私も、欲しいものを前にしたら、諦める気まったくありませんから」
北村真理香、シュリアさん。
負けず嫌いでこうと決めたら譲らない性格は始祖どっちからの血だとしても私が多分一番濃い。
『そのせいで、お前の獲得に関しては負けっぱなしだがな』
「ははは……すみません」
『まあ、よい。お前という娘をプライドを度外視しても手に入れたことに関してはティラトリーツェの文句のない手柄だ』
兄王様は、私をライオット皇子の浮気の子と思っているので、ティラトリーツェ様が邪険にしなかったことが最初は不思議だったという。
私じゃなくてもティラトリーツェ様は、継子いじめをするような方ではないと思うけれど。実際は実の娘でもあったわけだし。
『まあ、祝いと褒美については後で考える。一週間後。待っているぞ』
「はい。よろしくお願いします」
兄王様からの通信鏡を切って、私は息をついた。
外での舞はいいのだけれど、ってことはアーレリオス様と差しでお話しする時間は無いのかな?
真実を知って初めての訪問だから、お話してきたかったのだけれど、まだ拗ねてるとかだったらどうしよう。
私からは神の空間に繋げないんだよね。
まあ、その時はラス様か、ステラ様にお願いして仲介して頂こう。
ふと思い出す。
二年前、旅の間。
ずっと一緒だった白ふわの精霊獣ピュール。
大聖都が『神』の結界に閉じられてからは滅多な事では大聖都の中に入って来てくれなくなって。外でもめっきり会う機会が減った。
あのもふもふが恋しいと思う反面、私はお父さんに甘えたり抱き着いたり、一緒にベッドで寝たりしていたんだなあ、と思うとちょっと気恥ずかしさもある。
あの子がまた戻ってきてくれればいいなあ、とちょっと、思った。
『神』レルギディオス様、結界、そろそろ解いて下さらないかな。
そういえば、封印された彼はどうしているだろう。
反省してくれているといいのだけれど。
「あ、いけない。プラーミァに行く前に、あっちの件も片付けていかなくっちゃ。
リオンに連絡!」
私は大型通信鏡の間から出ると、自分の小型通信鏡のスイッチを入れた。
「では、レオ君をお預かりしますね」
プラーミァ出発前前々日の、アルケディウス皇立孤児院。
私は馬車の前に集まる子ども達や、職員に声をかけた。
リオンに抱き上げられ、抵抗なくその腕の中にいるレオ君はちょっと、視点が会っていない感じで、ぬいぐるみを抱いたまま、どこかぼーっとしている。
「マリカ様、レオのことをよろしくお願いします」
リタさんが代表で声をかけてくれているけれど、どこか曇った表情を浮かべているのは彼女だけではなく、孤児院の保育士みんな&子どもも。
初めて就職ではなく親かもしれない人物の所に行くという形で孤児院を出る子を、期待と心配の眼差しで見つめている。
一番仲良しのデイジーちゃんは、意味が解らないのかどこか、キョトンとしているけれど。
「彼は、私が責任を持って預かり、連れて戻ります。
最短三日、最長で一週間後には必ず。その結果は必ずお伝えしますから」
「解りました」
これから、レオ君は外国にいる親かもしれない人に会いに行く、ということになっている。
嘘では無く、実際に海を渡り、魔王城に行くのだけれど。
彼は普通の子どもではなく『神』と『星』の間の子。
精霊だから、母であるステラ様の判断次第では魔王城に引き取ることになるかもしれない。皆が心配して集まってきている。実際にそうなったら寂しがるかなあ、と少し心が痛い。
でも、長くぐだぐだしていても、かえって辛いだけ。
分離はきっぱり。
「では、行ってきますね」
私はリオンを促し、馬車に乗った。
馬車の扉を閉めた途端に、何かを察知したのだろうか。
デイジーちゃんの顔色が変わり、馬車に縋ろうとして来る。
「レオ!!」
「これ! デイジー!」
「危ないよ。皆下がって!」
馬車の発車は、車の出発と同じくらい、危ない。
それが解っているから、子ども達はみんな素直に下がってくれるけれど、デイジーちゃんだけはお母さんであるローラさんに手を引かれても、だっこされても。
「レオ! どこいくの! いかないで!!」
必死でレオ君を追う。
その大泣き声が、馬車の中まで聞こえてきた。
彼女の思いは声は、きっとレオ君にも届いているようで。
でも、だからこそ。
「いいのか?」
横に座るリオンの声にも応えず、レオ君は目を閉じ、ぷいっと顔を背けたのだった。
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