お父様は前から思っていたけれど、小説家の才能がおありだと思う。
嘘と、嘘では無い事実を取り交ぜて偽真実を作り出し、言えない事を覆い隠す。
それが本当に上手いのだ。
私の養女問題とか、知識の出処についてとか。
そして、今回の私の『治癒の能力』についての説明も。
「では、マリカが『治癒の能力』に目覚めたのは大祭の後である、というのだな?
ライオット」
「御意。『精霊神』様に身体をお貸しした際、力の使い方を覚えた。ということのようです。
そうだな? マリカ」
「はい。それまではできなかったことです。
今、孤児院に保護されているタシュケント伯爵家の女の子達に施したのが初めてでございました。もしこの点に関してお疑いでしたら、孤児院の子ども達に聞いて頂いても構いません」
お父様の言葉に、私は話を合わせる。
この辺に嘘は無い。
孤児院の子ども達にはお母様が口止めしているけれど事情を知れば許して下さる筈だ。
「皇王陛下がおっしゃったとおり、不老不死者にはあまり意味がありません。
ですので言う機会を逸しておりました。申し訳ありませんでした」
言い忘れていただけで、隠していた訳じゃないよ。と一応強調。
皇王陛下には通用しないだろうけれど。
「子どもの『能力』というものは一人でいくつも持てるものなのか?
一人一つの印象があったが」
「その点については解りません。そもそもが『能力』と我々が呼ぶ力が、どういう仕組みで子ども達の中に芽生え、発現するものなのか、正確には解っていませんから」
『能力』とは『精霊神』様曰く
『助けの力である『精霊の力』が子ども達の願いや思いに呼応し目覚めたもの』
と言っていたけれど、細かい発動条件は今だ不明で個人差が大きい。
ただ、子どもが何かをやりたい、何かになりたい。と強く思った時、それを助けてくれる力が発現する傾向が強いようだ、という話で、実際の発現事例を見ていると間違っていないと思う。
大抵は身体強化系。足が速くなったり、頭が良くなったり、力が強くなったり、精霊が見えるようになったり。人の心の機微を理解できるとか、人に気付かれにくくなるとか、変身できるとかも自分の身体に纏わる力の延長線だ。
瞬間移動で、好きな所に行けるというリオンの『能力』も移動能力の強化、と見れば解らなくもない。その中で私の『物の形を変える』はちょっと変わっているけれど、自分の手や包丁の代わりだから、おかしくはないよね。うん。
ただ、私が便利に使う以上に多分危険な能力であることも解っているので、今の所魔王城の外では殆ど使っていないし、教える人も厳選している。
随員の中でも知っているのは魔王城について知っているカマラとセリーナ、ノアールだけの筈。ミュールズさんにも教えていない。
『治癒の能力』についてもお母様に
「『治癒の能力』はおそらく『物の形を変える能力』の派生形です。
子どもを守りたい、助けたい。という思いから生まれたのでしょう。
軽々しく使用しないように」
と言われているので外では使っていなかったのだけれども。
「マリカ。ライオット。
お前達の恐れや考え。
解らんではないが、マリカに関しての事は隠すことなく速やかに知らせるように。
いざという時対応が遅れかねん」
「はい」「申し訳ございません。父上」
きっとこういう騒ぎになることが解っていたのだと思う。
「人の身体を治癒できる、という能力は、確かに今の不老不死世では意味が無いように思えるかもしれん。だが、別の世であれば、何よりも得難い能力としてそれこそ『聖女』『神の娘』と崇められていたかもしれんぞ」
「……そうですね」
「しかも、不老不死者にその力、効果が無い、とは限らぬ」
「?」
「魔性の牙や爪による傷は、不老不死者をも傷つける。直ぐに塞がるとしても治癒の力が不老不死者に効けば被害もより小さくできるだろう」
「なるほど」
「そして……別の使い方もできるやも……」
「え?」
「いや、これは独り言だ。気にするな」
どこか曖昧な様子で頭を振った皇王陛下は改めて私達に向かい合う。
「だが、それを他国や大聖都に知られれば、新年の二の舞。
ただでさえ、其方を大神殿の巫女に収めよとか。来年以降も其方を派遣してほしいとか他国の要求が厳しいのだ。
加えて其方が『癒しの力』を手に入れた、となれば各国、特に大聖都が『聖女』を欲してより騒ぎ出すだろう。今まで通り、口外禁止。人命に関わる時を除いて使用も禁止する」
「かしこまりました」
「まあ、禁止などしてもお前は子どもの危機となれば許可など待たずに使用するであろうが」
「はい」
「少しは逡巡する振りをして形だけでも『命令は守ります』と言って欲しいものだが、まあ良い」
皇王陛下が顔を顰めたけど、緊急時は勿論使う。
禁止されていても子どもの命に勝る命令は無いものね。
「ライオット。マリカ」
「「はい」」
「もう、我々に隠していることは無いか?」
「隠し事……ですか?」
「ああ、マリカに関して、リオン、アルフィリーガについてだ。
特に偽勇者エリクスが、何故魔王になったのかが理解できぬ。
勇者の転生がリオンだというのであれば『勇者が魔王を倒したが故に悪しき魂に憑りつかれた』としてもそれは奴ではあるまい?」
「元々、我々は真の意味で世界を闇に覆っていた『魔王』を倒してなどいないのです。
ですから、解りません。という他には……」
「ふむ。難しい話だな。新しく現れた『魔王』が『神』の差し金で、両者が繋がっていたとしても、人をあのように姿形まで変化させることが可能なのか?」
皇王陛下は顎に手を当てて考え込んでしまう。
「皇王陛下も『神』が『魔王』と繋がっていたとお考えなのですね?」
「勇者アルフィリーガ達が『魔王』を倒していないのに、世界の闇が晴れたとなればそういう事なのであろう? お前達の言葉を信じればいくつもの謎と思える事柄も筋も通る」
どこか憮然とした口調は、自分達を騙していた『神』に対する不信の表れだろうか?
「まあ、それはさておき、だ。
後は隠していることはあるまいな。特にマリカに関して共通理解しておくことがあるのではないか?」
「ありません」
ではないところにお父様の誠実さを感じる。
「今の所、お話できるのはここまででございます」
「……まあよい。何かあったらすぐに知らせるように」
「ありがとうございます」
神妙に頭を下げるお父様に、皇王陛下も何かを感じたようだけれど追及はしないで下さった。
ホッとする。
私の本当の『能力』についてはやはりまだ言うのは怖いから。
下がっても良い。と言われたので、私達はお父様と一緒に退室する。
「「ふう~っ」」
ため息が二つ。ぴったりとユニゾンで零れる。
「全く。こんな流れになるとは思わなかった」
「はい。でも、最終的に被害が少なくて良かったです」
「そうだな。ゲシュマック商会のカエラ糖採取には騎士団から護衛を出そう。
リオンとフェイも戻さんとならんしな」
「お願いいたします」
新年の参賀まであと一月足らず。
カエラ糖採取も大詰めだ。フリュッスカイトからの研修生も来ているし、ここは大陸でも有数のカエラの産地。金貨数百枚を生む大事業だし手を止めることはできないだろう。
「マリカ」
「何ですか? お父様」
「前にも言ったが、父上には気を許しすぎるな」
「皇王陛下に? もう色々秘密もバレてて今更だと思うのですが」
「それでも。だ。最近父上は、お前のことに対しては目の色が変わる。
良い意味でも悪い意味でも、だ」
「あー、はい。なんとなく解ります」
お父様の話に、私は同意する。
前と見る目が違うというか、獲物を睨む猛禽のようなというか。
孫に甘い、好々爺の顔ばかりではない。
国を率いる王として、私を掌中に掴んで利用しようとしてるのではないかと思う時がある。
敵では無い。
それは信じられるのだけれど。
「お前の人生はお前のものだ。利用されるな」
紅の眼差しは射るように強いけれど、どこか優しい。
きっと五百年前、勇者アルフィリーガ。リオンもこの器の大きさに癒され、孤独を慰められたのだろうと納得できる。だから
「はい。心します。
今後ともどうかよろしくお願いします。お父様」
ドレスの裾をもってカテーシー。
感謝のお辞儀を捧げたのだった。
「タートザッヘ。お前『精霊の貴人』のお力を覚えているか?」
「忘れることなどできません。あの全てを従える強さと美しさは今も胸の中に」
「マリカがあの方の転生なら、同じ力を持っているかと思ったのだが……。
まあ、少し様子を見るとしよう。
私は決めたのだから。マリカを女王にする、と」
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