「この不老不死世界は『優しい世界』だと私は思っています」
リュウとジャックの戦士修行。
その話の過程でクラージュさん。元この世界の精霊国騎士団長で、私と一緒に異世界転生。向こうの世界で保育士の仕事をしていた海斗先生はそう語る。
食事の後片付けも終わり、子ども達は外で思い思いに遊んでいる。
リオンもフェイもアルも、久しぶりの休みを満喫しているようだ。
私は、一人、二階の女王の部屋で本探し。
私が純粋に一人になれる時間は、睡眠前後以外、外では殆どない。
魔王城の中でなら安心とリオン達も離れた時を見計らって、やってきたクラージュさんは
「精霊古語の本を探しているのでしょう? 手伝いますよ」
と言っていたけれど、きっと別の理由。
話したいことがあるのだと私にだって解っている。
さっきの話の続きか、もっと別なことか。
因みにクラージュさん。クラージュさんとしてしゃべっている時は私、向こうの海斗先生の考え方で話している時には俺と使い分けている様子だ。
真里香先生と呼ぶときは、海斗先生の時が多いけれどそれに加えてエルディランドの騎士貴族ユン君としての顔も使い分けているから大変だ。
「優しい世界? ですか?」
で、クラージュさんの言葉の意味が理解できず私はちょっと首を捻った。
「ええ。この世界には国同士の戦、人と人の殺し合い、領土争いなどが殆ど発生していないでしょう? 宗教的争いもないですし」
「あ、そう言われれば……」
向こうの世界では、国同士の紛争や戦争がずっと続いていたし、今も続いている。
勿論個人レベルでの争いは尽きないけれど、一つの大陸で七つの国が対等にそれぞれの国を尊重しているのはかなり奇跡的なことかもしれない。
「これは実際に人間の上に『精霊神』が確固なる存在として君臨していたことが大きな理由であると考えられます。彼らは、国同士、人間同士の争いが起きることを嫌い、人々に戦争を固く禁止していた」
「そうですね」
私はシュトルムスルフトでのことを思い出す。
魔王降臨の前『精霊神』は、自分の子孫である王族に世界を預け、眠りについていたけれど国同士の戦を許さなかった。
隣国に攻め入ったプラーミァ、陰謀により女王を殺めたシュトルムスルフト。
そのどちらも精霊神の怒りによって罰を与えられ、以後国同士の大きな戦は起こらなくなった。
「『魔王降臨』以降は『精霊神』が姿を現さなくなったこともあり、小さな諍いや戦争もあるにはありましたけどね。
魔王と魔性という圧倒的な敵がいたので、戦争で国力を疲弊させることは良くないと思ったようです」
アーヴェントルクはその辺を利用して傭兵業などを行ったりもしていたみたいだけど。
基本的に国そのものが相手を恨んで根絶やしを目論むような。
精霊神の血を受け継ぐ王族を廃した下剋上とか。
血で血を洗う『戦争』は起きなかった。
「その後は不老不死です。
死という決定的な結末が無い世界は人々の支配欲を薄めたように思います。『神』と『神殿』が与えた不老不死が一部の特権階級だけのものであれば、また違ったのでしょうが」
「そうですね。五百年もあって誰も『七国統一! 世界の王に』なんて考えなかったのかな? とも思うのですが」
「それは『神』が不老不死と引き換えにやる気、意欲。『気力』を奪う事で防いでいたのでしょうね。
勿論、個人レベルでの争いは消えることはありませんでしたし、悪人と呼ばれる人種も生まれてきますが、この世界は本当に、絶妙のバランスで人々の『平和』が守られた優しい世界だと思います」
「……それはもしかしたら『向こうの世界』のような血なまぐさい歴史を繰り返さないよう願い、そういう世界にしたから……なのでしょうか?」
「可能性は、あると思います」
同じ向こうの世界の知識をもつ異世界転生者同士だからこそ、主語が無くても理解し合えた。
以前も少し話題に出たけれどこの中世異世界。
精霊神様が言う所の『アースガイア』と私達が住んでいた現実世界。
地球とは同じ起源を持ち、もしかしたら向こうの世界の人間が、こちらに転生して『神』(『星』『精霊神』含む)になったのではないかと考えられる。
『精霊の力』というのは向こうの世界には無かったけれど、きっとそのチート能力を持ったが故、彼らは『神』として人々を導いてきた。
この世界にも『剣』はあり、剣術もあるけれど、人を殺す為のものではない。そもそも剣で人(子ども以外の人権を認められた人)を殺すことはできない。
だからこそ、戦士は自らの剣に勝敗以外のものを込めるのだ、と以前フリュッスカイトのルイヴィル様は言っていた。
「私は、あの子達に剣道を通じて、まずは心を養う事を重視するつもりです」
クラージュさんはそう宣言する。
「力をもつことの責任や、この不老不死世界で『戦う』ということの意味を伝え、力を持つことにおごらず、力を持たないものを守ることができる人間を育てたいと思うのです」
「そうであれば、少し安心できます」
私は、どうしても子どもが武器をもって戦う事は嫌だし認めたくは無いけれど。
逆に向こうの世界に生きてきたから、弱いだけの子どもは真っ先に蹂躙されると知っているし、生き延びる為には知恵や力が必要なことも理解しているつもりだ。
だからこそ、子ども達には勉強や気持ち良く生きる為の生活のルール、言葉の使い方、人とのコミュニケーションの取り方はしっかり知らせるようにしてきた。
知性を含め、力というのは大切なものを守る為、自由に生きる為にはやはり必要だから。
「あの子達が大きくなる前に、戦争とか争いが無い世界になるといいんですけどね」
「いや、それは難しいとは思いますよ。人っていうのは闘争心を押さえきれない存在です。平和な世界なら平和な世界なりに、争いとか戦いを作り出しますから」
「遊びの戦とか、ですか?」
「そうですね。ライオットはアレを嫌っているようですが、私としては血を流れないこの世界で、闘争本能と競争心と、自己承認欲求を一気に解決する良い方法の一つかな、と思っています。
不老不死世界に染まり切れない生粋にして原初の戦士には納得できない事でしょうが」
「原初の戦士? お父様が、ですか?」
「彼は『精霊神』が長年待ち望んでいた存在だそうですから。
だからこそ『精霊の獣』その友に選ばれ、精霊国も認め未来を託した……」
「? 『精霊の獣』の友って、二人が出会ったのは偶然じゃなかったんですか?
っていうか、さっきもちょっと気になっていたんですけど」
過去を懐かしむようなクラージュさんに、私は疑問を投げかける。
というか叩きつけると言った方がいいかもしれない。
周囲に誰かいたらちょっとできない荒い口調であることは認識している。
「クラージュさん、二人はアルフィリーガと違って、道を選んでいいし止めてもいい、っておっしゃいましたけど。
アルフィリーガ。リオンには選択肢は無いんですか?
『星』の守護者。『精霊の獣』になる以外の選択肢って」
「ありません」
きっぱりと前世。彼を『精霊の獣』『勇者』に育て上げた戦士はそう告げた。
「生まれた時から彼には、人々をありとあらゆるモノから守る『精霊の獣』
『精霊達の王』それ以外の道は存在しないし、許されていないのです。
前世から、今に至るまで。
彼はその為に生を受け、存在しています」
「そんな……」
「そもそも、彼は望んでいないでしょう? 他のモノになることを。
彼が『精霊の獣』以外の存在として生きたいと、そう願うのなら他の未来もあるでしょうが、彼自身がもう既に自分は『精霊の獣』である。
そう定義しているように思います」
クラージュさんの言うことは正しい。
今まで何度か、そんな言葉をリオンは口にしてきた。
でも……。
「……誘導されてきたのではないんですか?
自分が『精霊の獣』であることを自分の意思で決めるように……」
「彼を生み出した『星』や『精霊神』の意図は解りません。
ですが、大きな違いは無いと思いますよ。アルフィリーガはもう自分の立ち位置をしっかりと定めている。
『神』と相対し、偽の魔王と戦って、己が魔王になろうとも貴女を、星を守る『精霊の獣』であり続けると。
貴女は彼にそれ以外のモノになって欲しいのですか?」
「そ、それは……」
クラージュさんの言葉に返す言葉が見つからない。
私はリオンに、私達の側で、みんなを守る『精霊の獣』でいて欲しい。
敵になるとか言語道断だけど、剣を捨てて農民になるとか、平和で幸せになれる道を選んだとしてら、きっと失望、というかがっかりする。
「双子は自分の意思で、戦士になりたいと選んだ。アルフィリーガも自分の意思と決断で貴女を、皆を守る戦士。『精霊の獣』でありたいと願った。
なんの代わりもありませんよ」
「でも……」
「マリカ様。アルフィリーガは魔王エリクスと対峙すると決めた時から、もう決意していることがあるようです」
「なんですか? それは」
「私にも『精霊の制限』はかかっていて、全てを語ることはできません。
ただ、あの子は許される自分の全てで、貴女を守りたいと思っている。
この先、何が起きようともそれは信じてあげてください」
クラージュさんは、弟子を思う師の眼差しで私に告げる。
多分、これを言いたかったのだろう。
魔王エリクスとリオンが戦うと、何かが起きる。と。
何かが起きた時、私自身が揺らいでしまうかもしれない、と思って。
「見くびらないで下さい」
ちょっと頭に来たから、その思いを乗せたまま、私は言葉を返す。
「私はリオンの味方です。
何が起きようと、何が変わろうと」
うん。何があっても私はリオンの味方であり続ける。
リオンが私の味方だからではなく、私がリオンの味方でいたいから。
「これは失礼。愚問でしたね」
ピッチャーライナーのように真っすぐにはじき返した私の思いを、クラージュさんは受け止める。しっかりと。
「そうです。当たり前のことを聞かないで下さい」
「すみません。歳を取ると色々と心配性になってしまうようで」
「まだそんなに歳ってわけではないでしょう?」
「いえいえ、最初に40歳、その後25歳で、その後65歳。
なんだかんだでもう私は100歳超えの爺でして」
「世界には500年以上生きてきた人がいるんですから若い方ですよ」
「生きてきた人って、そういう人ばかりでは?」
「そういうジョーク、もういいですから。手伝いに来て下さったのなら本探し、お願いします。
そっちの棚、右端から順番に」
「解りました。女王様」
話を打ち切って、私は話題を変えた。
彼は頷いて本棚に身体を向ける。
別に喧嘩している訳でもないし、怒っている訳でもない。
……クラージュ先生の優しさは解っているつもりだ。
『前世から、今に至るまで。
彼はその為に生まれ、その為に生きています』
彼が言えない中から、ヒントをくれたであろうことも……解っている。
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