皇王妃様の会見の日の夜。
完全に人気の消えたガルフの店に
「本当に貴女のいうコは!
今まで、何度も何度も、何度も! 軽はずみな行動は控えなさい、と言ってあるのに考え無しに行動して事を大きくするのですか!」
ティラトリーツェ様の怒声が響き渡る。
それはもう、凄い起こりようだ。
貴婦人猫を完全に脱ぎ捨てた剣幕に、本来なら同じ立場で怒って私にお説教をする筈のガルフやリードさんもかける言葉を無くす程には。
「か、考え無し…ではないんです。ずっと、子どもを保護する孤児院の建設は考えていて…」
「おだまりなさい! 事の是非や考えていた時間とかはこの際、問題ではないのです。
問題なのは皇王妃様もおっしゃったでしょう?
計画も準備も根回しもなしに、誰にも相談せず、しかも一足飛びに皇王妃様、アルケディウス第一の女性の手を煩わせことが大きいのです!
まだ、解らないのですか!」
「はい…ごめんなさい」
とりあえず口答えは本当に止めて素直に怒られる事にする。
確かに悪いのは私だし。ティラトリーツェ様には全面的に迷惑をかけたわけだし。
「あんまり怒ってやるな。ティラトリーツェ。
マリカにとっては子どもを救う、というのは、神を滅ぼすのと同格以上の優先事項だと聞いている。
目標への最短距離に目が眩んだのだろう。
短慮は否定しきれないが、気持ちは解らんでもない」
「貴方も黙っていて下さいませ。さっきも言った通り、思考、行動を否定している訳ではないのです」
ライオット皇子も鼻白む程に柳眉を逆立てるティラトリーツェ様。
でも
「この子は確かに優れた知性と行動力で、目的への最適解と最短コースを見つけ出し突っ走る。
結果としては最高の形で事は進むでしょう。
けれど、周囲を慮る事の無いその行動は周囲に迷惑と負担をかける。自身を支えるモノにヒビを入れてしまう。
そんな事を繰り返せばいずれ自分の足元を崩し倒れ落ちる、とそう言っているのです」
「…おっしゃるとおりです」
本当に間違ったことは何一つおっしゃってはいない。
正しくその通りだ。
「マリカの暴走は今に始まったことではありませんが、ティラトリーツェ様のおっしゃる通り、目的への最短コースを見つける嗅覚、人に気に入られ事を進める才覚については驚く程です。
これも魔王故の能力、なのでしょうか?」
肩を竦めてフェイは言うけれど、自分では解らない。
これを今すべき。
と思うと一切止まらなくなる、というか止めようと思えなくなるのは自覚しているけれど。
本当にブレーキをかけられない性格はなんとかならないものだろうか?
「とにかく、孤児院建設という目的そのものは認められ、進むこととなりました。
ガルフ。ある程度の予算は確保できているのですか?」
「店の運用資金とは別に用意しておりますので、それは大丈夫です」
「え? ホント?」
ひとしきり私を叱り終わった後、ティラトリーツェ様がガルフに水を向けた。
自信満々の答えに私の方がビックリする。
「マリカ様が、こちらにいらしたのは王都の子どもの保護が目的。
そう遠くないうちに、こういう事を言い出すだろうと準備はしておきましたので」
「私は新規店舗開店の為の資金かと最初は思っておりました。
金貨でいえば五十枚は確保してありますので、既存の建物を買い取る形であるのなら直ぐにでも、一から建設するとなると土地の選定や業者への発注、その他で時間はかかりますが半年ほどで運用を開始できるでしょう」
ガルフとリードさん、二人の私の性格を読み切った対応が頼もしい。
他国商人との取引や、麦、サフィーレやペアンの収穫が始まって忙しいところなのに申し訳ないと心底思うけれど。
「皇国の子ども達の様子は?」
「一度、皇子が本当に切羽詰まった子ども達を魔王城に保護したので、路地で本当に行き場なく、という子は今の所そう多くはありません。
増えてくるとすればこれからだと思います」
こっちはフェイだ。
街の様子を調べてくれていたらしい。
ホントに忙しかっただろうに助かる。
王都の平民区画に住んでいる人間は概算で十万人前後。
そんな中で一年間に生まれる子どもは多くても両手を超える事が無いという。
子どもを産むという事は女性の身体に大きな負担が長くかかる。
それを厭って殆どの女性は妊娠が発覚した時点で神殿に行き、術を施して貰う。
堕胎術は主に神官が施すのだという。………サイテー。
高額銀貨一枚の代金を支払うこともできない貧困者が、子どもを産むことになるのだ。
そして生まれた子は一部を除き放置される。
放置された子どもは餓死だけは幸いしないで済むので、大抵路地で身を寄せ合うか、それを使おうとする者に拾われることになる。
「皇子、今の王都の子ども達の数や現状などはお解りですか?」
ライオット皇子は現在、騎士団長として主に王都の治安維持の対応をしているという。
その手の情報が一番集まって来るから子ども達を救出できたのだ。
「正確な数は解らんが、この間妓楼に囚われていた子どものように使い目的で集められている子が数カ所に、数名ずついるようだな。
一度、神殿が勇者を求めて子どもを集め、囲い込んだので総数は多くない」
「では、路地裏の定期的な見回りで、打ち捨てられた子ども達を早期発見すること。そして子ども達を利用目的で集める者達から、買い取るなどして救出する事が早急な課題ですね」
「ガルフの店が、子どもを集め、優遇しているともっと知れれば売込みに来たり、預けに来たりする例が出て来るかもしれません。あまり大きな声では謳えませんが、徐々に広めていきましょう」
皇子と私の言葉にリードさんが具体的な実案をくれる。
「後は子ども達が集まるまでの間、子どもの面倒を見てくれる人の人材育成を進め、施設を建設する。できれば新しく庭付きの館を作りたいのですが…」
自然と思いっきり触れ親しむことができる魔王城の環境は最高だけれども、王都ではそこまでは望めない。だったら庭付きの家をと思うのだけれど街の中心街にはそういう家は少ない。
一つの建物が四~五階立てで一階に複数の夫婦が住むアパートタイプが主だから。
「王都は皇家の直轄領というのが建前だ。新しい建物の建築には許可がいる。城壁近い郊外なら貸してやれる土地が無いわけではないから、借用申請、建築計画と使用申請等々、まずは皇王妃様に言われたとおりの調査、計画立案、準備、申請だな」
「方法や、書式などをお教えいただけますか? ライオット皇子?」
「俺が教えられるのは申請の書式や、出し方だ。それはアルフィリーガに仕込んでやるからマリカ。お前はそれ以前を学べ」
「それ以前、ですか?」
「貴族への礼儀作法、計画の立案、根回し、上位者との立ち回り、立ち居振る舞いなど、だ。
基本の礼儀作法はできているが、お前は一気に皇家に取り上げられた為に実務などを対応する下級の貴族への対応などは知らないだろう?」
「あ、それは、はい。確かに」
「だから、それを学べと言っている」
「誰から?」
「皇王妃様が、最高の教師を付けてくれたのだろう?」
「あ…」
私は振り返る。
具体的な話には口を挟まず、けれど今も仁王立つ様に私を見つめている貴婦人。
ティラトリーツェ様。
確かに、私にとってこの方は唯一無二、最高の教師だ。
他に頼れる方はいない。
「ティラトリーツェ様」
私は膝を折り胸に手を当て、ティラトリーツェ様の前に深く頭を下げた。
「なんです?」
正しい礼儀作法で話しかけたからだろう。
ティラトリーツェ様は、私に応えて下さる。
迷惑を山ほどかけた私は、こんなことを願う権利はないと解っているけれど、この国の最上位に位置するこの方以外に、全てに通じる作法を教えて下さる方はいない。
「どうか、お願いいたします。
未熟な私にご指導を。私は、この国で不遇の子ども達を守る者、保育士にならなければならないのです」
余計な手練手管など使うなどと考えない。
ただ誠実に願うのみ、だ。
「良いでしょう。ですが覚悟なさい。
私の指導は厳しい、と。皇王妃様に申し上げた通り、最上位に通じる礼儀作法と知識をみっちりと叩きこんであげますから」
「…どうか、お手柔らかに」
「柔らかく等しないと言ったでしょう? 指先から、頭の中まで、きっちりと鍛え直します。特にいくら言っても聞かないこの甘えた頭の中をね…」
「そんなあ~~」
ぎりぎりと貴婦人らしからぬ拳を握り落とすティラトリーツェ様と私を、皆は生暖かく笑って見ている。エリセ達を先に返しておいて良かった。
姉としての威厳が…。
とにもかくにも、私達の活動も新しいステップに入ることになった。
世界の環境整備と、子ども達の保護。
まだまだ問題は山積みだけれども、一つ一つ解決し、前に進んでいく為に、今は学んでいこうと思う。
私達には最強の教師がついているのだから。
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