私はリオンが眼の前の魔性に遅れを取る心配はしていない。
敵がいかに空中を飛び回る飛翔魔性だとはいえ、魔術師と精霊の獣がいて倒せない相手では無いと解っているからだ。
現に既に一匹の魔性が地面に落ち、黒い靄を残して消失した。
上空から風切り音を立てて降下、私達の背後を狙ってきた魔性はリオンの、すれ違いざま、頭部を狙った正確な攻撃で地に墜とされる。
鳥に見えていたけれど、鳥の形をしているけれど、間違いなく魔性だ。
爪が普通の猛禽よりなお鋭いし、何よりクロトリだってこんな黒い靄を纏ったりはしない。
「な…!」
しゅるしゅると、闇の塊が解ける様に姿を消していく魔性。
私は見たことがあるけれど、王都から殆ど離れることなく生きて来たリードさんは見たことが無かったようだ。
唖然とした顔でその消滅を見つめている。
一方で案内人さんは魔性の存在に驚きながらとも二匹目を蹴散らしたリオンの戦いっぷりに目を見張っていた。
「凄いな、あの子。アルフィリーガのようだ」
あ、ちょっと拙いかも。
本物の勇者に勇者のようだ、って言ってるわけだけど、それを説明するわけにはいかないし、リオンの活躍をあんまり第三皇子派とはいえロンバルディア候や貴族社会に吹聴されても困る。
「リオン! フェイ!」
残る二匹の魔性が上空へ退いたタイミングを見計らって声をかける。
二人の視線が一斉にこちらを向いた。
私は何も言わない。
ただ横に視線を送る。そこにいるのはロンバルディア候の案内人。
それで、どうやら解ってくれたようだ。
「フェイ」
「解りました…プフィイル・シュトルデル!!」
リオンは一歩、後ろに下がる形でフェイに戦場の中央を譲る。
本気でやれば前に魔王城でやったようにフェイの見えない足場で空を駈けるくらいのことをやっちゃえるリオンだけれど、ここでそれをやるとやりすぎになる。
魔術師なら、多少は言い訳が効くからね。
リオンに場を譲られたフェイは小さく詠唱、それから杖を空中に強く薙ぐ。
杖の先から鋭い風が矢にも似た鋭さで空中の敵、その二匹に襲い掛かる!
「ギ!」「グギャアア!!」
一匹は、なんとか逃れたものの、もう一匹は急所に被弾したらしい。きりもみ状にこちらに落下して来る。
ダン!
空から叩き落され、衝撃に意識を失ったらしい魔性は何の抵抗も無く、その存在をリオンの短剣に刈り取られる。
残りは、あと一体…。
「これは、なんだ? 一体、どうしてこんなことができる?」
「?」
ふと後ろから聞こえてきた声は、知らない声だった。
案内人でも、リードさんでもない、勿論前にいる二人とも違う。
私は声の方向、後ろを振り返った。
そこに立っていたのは青年、と言える外見の男性だった。
強い土気色の髪、瞳は深い緑色で、同じ緑のアルの目が新緑であるなら、彼の眼は夏の深い森を思わせる。
服装は軽装と呼べるものであったけれど、手には大振りの杖を携えている姿は、彼が術士、この地にいるという精霊術士であることを簡単に教えてくれる。
「私、私達はロンバルディア侯爵に雇われた商人でございます。
この荘園領主エクトール様への伝言を預かって参ったところ魔性の襲撃を受け、当方の護衛が対峙しているところです」
ならば、私は青年に頭を下げる。
側でまだ戦いに魅入っている案内人さんの手を引き、跪いて礼を取る。
「侯爵の遣い? こんな子どもが?」
「ホントだよ。オルジュ。この子達は皇国に食を取り戻した商人なんだ。
子どもと言っても凄腕の戦士と魔術師だ、見れば解るだろ?」
どうやら案内人さんとこの術士は顔見知りのようだ。
オルジュと呼ばれた青年に私達を紹介してくれる。
リオンから視線も外せるし、丁度いい。
「解る。けど、どうしてあんな術を使える魔術師が存在するのか。魔性を両断できる戦士がいるのか、…解らない。
魔性は、あんなに簡単に倒せるものなのか?」
呆然と、私では無くリオンとフェイ。
二人の戦に視線を向ける青年は唇を噛む。
「逃がさないように、全力で行きます! リオン、援護を!」
「解った」
「………ケヴェーア シュトルデン!!」
振り返れば、最大限の力を貯めたであろうフェイの杖先から、吼えるような唸り声上げて放たれたのは風、空気の塊だった。
手に触れても重さを感じる事の無い空気。
でも、圧縮され、放たれればそれは一つの弾丸だと、向こうの世界で科学として学んだ私は知っている。
重い、けれども風の速さを失っていないその攻撃は、地上と空中の距離を一気に0にして、上空を滞空する魔性に襲い掛かる。
『ギ、ギギャアア!!』
空を舞い風を支配する筈の飛行魔性は、今、その風に己を絡めとられ翼を奪われた。
地面に叩き付けられる衝撃に身もだえする魔性。
その眉間に
「終わりだ!」
リオンは真っ直ぐに短剣を突き通す。
ザシュッ、と命を刈り取る鈍い音と共に、最後の魔性は甲高い咆哮と共に跡形も無く消え失せて、彼の言葉通り、この戦場の終わりを知らせた。
魔性の断末魔を確認したフェイは小さく微笑むと杖を握ったまま戦場に背を向けるとゆっくりと歩みより
「…貴方が、この荘園の…魔術師ですか?」
私達の後ろ、術士の前と視線を合わせた。
「………そうだ」
フェイ最後の魔性への止めをリオンに任せ、術士を見るフェイの目に緊張は無かった。
きっと、私達一般人には理解できない術士同士の会話。
フェイは自分が上位者である、と言葉なく、でも高らかに謳い、相手もそれを受け入れているように見える。
「アルケディウスの魔術師 フェイと申します。無断での領地侵入をお詫びいたします。
ロンバルディア侯爵 ヴェッヒントリル様の命により派遣された商人の護衛として参りました。
どうか、お取次ぎを願えないでしょうか?」
口調は丁寧だが、フェイは敬語がデフォだし、私の様に膝を折っての敬服とかはしていない。
軽く頭を下げただけで、相手に敬意とか持っていないのは丸わかりだけれど、術士はそれに気を悪くした様子も無く
「解った。こちらへ」
杖と身体で私達を促した。
装飾の施されたキレイな杖だ。精霊石も大きい。
フェイの杖程ではないけれど。
「行きますよ。マリカ」
「あ、うん。ありがとう」
跪いていた私を立たせてくれたフェイの後に、私は続いていく。
どうやら大地の精霊と話している暇はなさそうだ。
『子ども達を守って下さいまして、ありがとうございます』
一度だけ振り返った大地の精霊と、その子ども、麦の精霊達は私達に深々としたお辞儀をしてくれる。
彼等の瞳には明らかな感謝と願いが見えた。
『どうか、彼らをよろしくお願いいたします』
「うん、頑張ってみるから」
預かった純粋な願いをカバンに入れて、私は先に行く青年の後を追いかけて走っていった。
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