【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 エピローグ1 繋がる夢と未来

公開日時: 2022年12月2日(金) 07:21
文字数:4,319

 アーヴェントルクの王都から国境まで三日弱。

 行きの時とは違い、帰りに見送りに来て下さったのはヴェートリッヒ様の直属さん達だ。

 送別の舞踏会の時以降、皇子は

 『精霊神の祝福を頂く真実の王位継承者』

 『蘇った魔術師皇族』

 として注目を集め、今はそれなりの地位を得ている。

 皇帝陛下から信用(?)も得ているらしくって行きには着いてきた監視役さん達が今度はいない。

 だから。


「はい。この件については皇帝陛下にお知らせするか否かはヴェートリッヒ様にお任せします」

「お任せしますって、これは……」

『久しぶりだな。

 こうして、ゆっくりと話すのは。毎年の戦の時に顔こそ合わせてはいたが……』

「ライオット? やっぱり、ライオットなのか? 本当に???

 今、君はどこにいる?」


 初日のよる。

 定時通信の時に私はヴェートリッヒ様に『通信鏡』を開示した。

 もちろん、皇王陛下達にちゃんと許可は取ったよ。


『アルケディウスだ。これはアルケディウスが誇る極秘技術。

『通信鏡』。製作に手間と金がかかってカレドナイトが必要だが世界中、どこに行っても双方向通信が可能な優れもの、だぞ』

「……世界中、どこでも……?」

『今のところは、プラーミァともエルディランドとも繋がっている。

 受信側と送信側に魔術師がいて、術をかけないと起動、終了ができないが理論上は、世界中どこでも大丈夫だと、製作者の魔術師が言っていた』

「いちおう、金貨十五枚でご希望の国にはお作りしています。

 プラーミァとエルディランドには大祭のドタバタが終わり次第お納めするお約束で」


『ほう、面白いな』

「あ、ナハト様」


 ポン。

 空中に現れた黒猫はくるりん、綺麗に着地すると、子猫の身軽さでテーブルの上に飛び乗って鏡をツンツンする。

『精霊獣』様だから別に壊したりする心配は無いと解っているけれど、ちょっとドキドキしちゃうなあ。


『成程、アレから情報の蓄積や記録を一切排除して、通信のみに特化させたのか。

 今世にこれだけの精密加工を行える技術者がいるとは思わなかった』


 小さな肉球でペタペタ。

 本当に面白そうにあっちに触ったり、こっちに回ったりしている。


「精密加工? アーヴェントルクでも再現は可能ですか?」

『形だけ真似る事はできるかもしれんが、起動の為の魔力確保や術式の再現はアーヴェントルクの者達には少し荷が重かろう。

 金貨十五枚で買えるなら任せて置いた方が多分安上がりだと思うぞ』

「そうですか……」


 少し残念そうに顔を下げた後、何か決心したような顔でヴェートリッヒ皇子が鏡を、正確には通信鏡の向こうのお父様を見据えた。


「ライオット、いやアルケディウスに伺いたい。

 金貨20、いや30枚出すからこの通信鏡そのものを譲って貰えないか?

 勿論、別に製作は依頼するけれど」

「へ? この鏡を? 別途依頼もするけど、って二つ欲しいってことですか?」

「ああ、アルケディウスと即時通信できるだけでも十分に元は取れるけれども、緊急な連絡をしたいところは他にもあるからね」


 そりゃそうだ。

 多分、アルケディウスだけじゃなくって各国に密偵を放っているヴェートリッヒ様なら、彼等とリアルタイム通信ができるこの通信鏡は喉から手が出る程に欲しいだろう。


『……あまりアルケディウスの目の届かぬ範囲で技術が広がるのも、どうかと思うのだがな』

「皇王陛下……」


 鏡の向こうに現れた存在にヴェートリッヒ様はスッと膝をつく。

 この辺、流石だなって思う。


「この度は、アルケディウスと皇女には多大なご迷惑をおかけして申しわけありませんでした。

 父皇帝に代わり、謝罪いたします」

『それは良い。正式な事情報告と謝罪の早馬が皇帝陛下より届いてもいる』

「父上が……」

「そうなのですか? 皇王陛下」

『ああ。ほぼ包み隠さず内容が書かれており、アルケディウスが求めるなら賠償に応じるとあったので当事者の判断に任せると返事をしておいた』

「そうですか。このような手段をアルケディウスがもっていて、全ての事情を把握しているとは思ってはいなかったことでしょうが……」


 うーん、やっぱりなんだかんだで五百年国を率いて来た皇帝陛下は凄いなって思った。

 私との間で交渉は纏まっているけれどそれとは別に国のトップとして、筋を通したんだ。

 ヴェートリッヒ様はちょっと悔しそうでさえある。


『そう言う訳でそちらの事情は把握している。

 この状況下で通信鏡を皇子が欲しがるというのは、アーヴェントルク所有では無く皇子個人が欲しておられて、皇帝陛下に伝える気はないということであろう?』

「はい……ですが……」


 父皇帝陛下とはまた違う視点で、自分の思いを知り、見透かす『大人』を前に皇子は顔を上げ真っ直ぐに応えた。


「僕は、アーヴェントルクを本当の意味で、強く、豊かな国にしたいのです。

 アルケディウスのように……」

『皇子は、今まで殆んどアルケディウスを訪問されたことは無かろうに随分と買って下さっているのだな』

「……退屈しのぎのような形で各国の様子、情報を配下に集めさせ始めたのは、随分前からの事です。

 とはいえ、不老不死時代は驚く程に世界に動きはなく、心も世界も停滞していましたが……一昨年くらいから、でしょうか?

 その中で、アルケディウスが急に活気を見せ始めたのは……」


 密偵を忍ばせている、とある意味知らせたら命取りになることを告白した上で、彼は思いを包み隠さず皇王陛下に語る。



「エルディランドにも、少し前から小さな動きがあって興味深かったのですが、隣国の急激な変容を報告された時には驚きました。

 食の復活。少年騎士と皇王の魔術師の誕生。

 そして、ライオットの『娘』と『双子』の誕生。

『神の加護』という名の軛に囚われたアーヴェントルクから見て、それは本当に尊く輝かしいものに見えました」


 思い出す様に、噛みしめるように言の葉を紡ぐヴェートリッヒ様。

 その一言一言に本当に、深い羨望が滲んでいるのが解った。


「アルケディウスにとってはアーヴェントルクでの物語は終わりでしょうが、僕にとってはここからが始まり。

 父皇帝と対し、国を変えアーヴェントルクを取り戻す為の、戦いはここから始まるのです。

 どうか僕に縁を。導きの星を賜れないでしょうか?」


 本当に星を仰ぐような眼差しで『私達』を見るヴェートリッヒ様に、皇帝陛下は静かに息を吐き出した。


『『通信鏡』は簡単に多産できる物では無い。今、マリカが持っている中古を皇子がお望みならお譲りすることは許可しましょう。

 ただ二つ目の、アルケディウスを介さぬ物に関しては検討の後に、とさせて頂いてもよろしいか?』

「かしこまりました。それで構いません。良いお返事を期待しております……」


 すんなり引き下がったヴェートリッヒ様だけど、これはアレかな。

 やられたかも。

 最初に無理めの願いを出しておいて、途中で引く事で本命の願いを確実に通すテクニック。

 でも、多分それくらいのこと。

 皇王陛下は察しておいででその上で認めたのだろうからまあ、良しとしておこう。


「即時通信可能、と言っても魔術師が仲介しないといけませんし、受け手側が都合があって、直ぐに出られない場合もあります。

 できる限り、相談にのり御助力は致しますが、多用はなさらないで下さいね」

「解った。最大でも一日一回にする」


 朗らかにおっしゃるけれどヴェートリッヒ様は多分、使い倒す気満々だ。

 ご自身で使用回路を開けるから、電話みたいに気軽に使ってくるだろう。

 注意しようかとも思ったけれど


「ヴェートリッヒ様……」

「だって、戻ったらアンヌティーレの件も動かさないといけない。気になるだろう?」

「それは、そうですけれど……」

「うん、嬉しいな。

 僕は一人きりで戦わなきゃならないと思ってたけど、こうして仲間と繋がっていられる」


 ズルい。こんな、幸せだって顔されたら何にも言えなくなってしまう。


「……頑張って下さいね」

「ああ、ありがとう」


 同じ志を持つ、異国の同胞。

 離れていても気持ちは繋がっている。

 それが心強いと感じるのは、きっと私も同じだから。



「って、何してるのフェイ? 羊皮紙広げて? ってナハト様?」

『やはり、今の世であれば機能を追加して使用者を限定するよりも、機能を絞って多くの人間に使えるようにした方がいいように思うな。

 どうだ? ここの術式を、こうしてこうすれば……』

「成程、会話のみであれば、術式を起動させる最小限の力で使用が可能になるかも、と?」

『そうだ。後は……って、なんだ? 呼んだか?』

「何をなさっておいでなのですか?」


 気付けば近くのテーブルでナハト様の精霊獣子猫とフェイが真剣に話をしてしてる。

 小難しい数式のようなものに、かなり精緻な回路図。

 子猫と話す姿は可愛らしくもシュールだけどフェイの目はかなりマジ。


『魔術師に精霊術道具の改良案を教えてやっていたところだ。

 あの辺の道具作りの書の素案を作ったのは私だからな』

「そうだったんですか? そう言えば時計の作り方を教えたのも『精霊神』様だって言ってましたっけ?」

『まあ、な。

 かつての技術力では教えても再現できない難しいものが多かったが、少しずつ子ども達も成長してきている。

 今ならできることもあるだろう』

「ナハト様はそういうのがお得意で?」

『得意というか……好きというか……いや、その辺はそれぞれの『精霊神』の適正と性質によるものが大きいと思っておけ。

 ラスなどは小難しい事を考えるのが苦手な代わりに、発想力などが優れていて改良が上手い。後で聞いてみるといい』

「解りました」

「凄いですよ。上手くいけば会話特化になるかもしれませんが、小型化して簡単に持ち歩く事ができる通信鏡ができるかもしれません。

 後は、経路の設定を工夫して一つの鏡で、複数の鏡に通信できるようになれば……より汎用性が増すと思うんですよね」


 実現したらホントに凄いと思う。

 有線電話を飛び越えて無線通信、携帯電話ができてしまうかも?

 中世のように見えて、魔法とか精霊とか別の法則があるわけだから、できないって固定観念は持たない方がいいのかもしれない。

 現に醸造とかもできているし、ガリ版印刷も再現出来ているし。


「あ、ヴェートリッヒ様。時計作りができるっていうことは、細かい作業が得意な職人さんがいらっしゃるってことですよね」

「ああ、うん。精密な鉄加工ならアーヴェントルクが一番じゃないかなあ?」

「じゃあ、これは国に戻ってから正式に相談してからの話ですが、印刷業を立ち上げたエルディランドから活版印刷という案が出ていて……」


 国境までの約三日間、私達は通信鏡を通してたくさんの話をした。

 お父様や皇王陛下、後の方では文官長や王宮魔術師も交えた真剣な意見交換。


 これが世界の在り方や、今までの常識を大きく覆す、その最初の第一歩となると感じながら。

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