私達はシュトルムスルフトの王都 カウイバラードに到着した。
砂漠の国、中東風味とはいえ、大聖都から流石に馬車で砂漠を突っ切るようなことは無かった。ちゃんと街道が整備されていたよ。少しホッとした。
途中オアシスや街で休憩とかしながら丘を越えていくと、風景が一気に変わった。
冬に入ったけれども、緑を結構残す山や丘にぐるりと囲まれた盆地状の地。
カウイバラードはすり鉢状の底に碁盤の目のように整然と作られた都市に見えた。
「白い街、ですね」
白いレンガと多分漆喰で作られた家々が並ぶ、本当に白が印象的だ。
屋根は殆どまっ平。良くある斜めの屋根は殆どない。
ビルディングのような四角い、窓のたくさんある建物が、並んでいる。
差し色のように駱駝色が見えるけれど、やっぱり基調は白のようで、所どころに緑や赤い屋根が見えるだけ。丸い屋根や尖塔が美しく映える。
日差しが強いからきっと白が過ごしやすいのかもしれないとちょっと思った。
城壁の門で手続きをして、王都に入る。
今までの国は、一般人が私達の馬車を見ると嬉しそうに見つめたり手を振ったりしてくれたのだけれど、この国は馬車が通る時に見える風景がちょっと違っていた。
全員、一人残らず両膝をついて馬車が通り過ぎるまで身動き一つしないで目を閉じている。これじゃあ、手を振っても見えないな。
だから私は黙って古い街並みとそこに住む人々を見る事にする。
モドナック様がおっしゃった通り、女性は殆ど街を歩いていない。
たまに男性の隣に黒い布の塊のような人影が膝をついているのが見える。
あれが女性かな?向こうの世界における中東の民族衣装として見たことがあるかも。
チャドルとか言ったっけ。
そんなにたくさんの女性を見かけてはいないけれど、ほぼ黒一色。
たまに紺地に白の花模様とか濃いグレーに刺繍したりとかしている人もいたけど地味だ。
華やかさが無いなあって思う。
男性も白系チュニックに、ターバンか被り布、それを止める輪っかといういでたちで個性とかが感じられない。民族衣装ってそういうものかもしれないけれど、アルケディウスの服は個性的で実用的。それにとっても華やかだからちょっとつまらなく感じてしまう。
みんながみんな、頭を隠しているので髪の色とかも解らないし。
やがて、下町を通り抜けて私達は貴族区画へと入った。
貴族区画に入ると、フッと涼しさを感じるようになった。見ればあちらこちらに緑の茂みが見える。きっと涼をとったり美観の為に植えてあるのだろう。
それは王宮に近づくにつれて、秀麗さと緻密さを見せ始める。
計算され、適切に配置されたシダの木や花が息を呑むくらいに美しい。
「見て下さい。噴水です」
カマラが指さし教えてくれた。
良く見れば庭園のそこかしこに細い水路が作られ、こんこんと水が流れている。
今までの風景から察するにきっと、この美しい風景そのものがかなりお金を使っているのだろうなと思わずにはいられない。
やがて、艶やかな大理石のタイルが敷き詰められた広場の向こう。
純白の宮殿が見えてきた。
凄い。本当に真っ白だ。
町の中でほとんど見られなかった丸屋根や尖塔もたくさん見える。
本当に古代オリエント、中東、アラブのイメージだ。
「まずは滞在用の離宮に案内する。その後、国王陛下との謁見を行うので準備をするように」
「ありがとうございます」
王宮の前に止まった馬車から降りるとシャッハラール王子が近づき、そう声をかけてきた。
馬車や下級随員は裏の勝手口のような場所から荷物を運び準備にあたる様に命じられる。
私は上級随員達と共に艶やかな大理石と花崗岩(かな?)で作られたように見える王宮は壮麗で、アーチ形の通路の梁にも、精緻な文様がびっしりと刻まれている。
床もタイル張り。
中のイメージは、白、金、青。
爽やかで涼し気な印象だ。
実際。窓も大きく空気も良く流れあまり暑さは感じられない。
初めてプラーミァに行った時も、その他の王宮を見た時も感じたけれど、どうやって作ったんだろうと感心するくらいの芸術品に驚きを隠せない。
あ、精霊神が作った、って言ってたっけ?
そんなことを考え歩く私に。道すがらシャッハラール王子は色々と注意を与えてくる。
「陛下への謁見を許されるのは姫君と男性随員のみになる。
女性随員は待機して頂きたい」
「私の護衛士もですか?」
「ああ。心配されずとも、このムスタクバル宮で姫君を害するものなどおらぬ」
「そういう問題ではなくってですね。男性だけというのは色々と誤解を招くことになりかねません。せめて護衛騎士は許して頂かないと!」
「その辺の交渉は国王陛下となされよ。私に指示を動かす権利はない」
「解りました。そうします」
他の侍女はともかく、カマラだけはなんとか同行を許してもらおうと私が拳を握りしめた時
「それから、例の文官も、あまり外に出さぬがいいだろう」
「フェイを、ですか?」
そんな意味の解らない事を王子は言い出した。
やっぱりというか、なんというか。私達にとってはやっぱりフェイに何かあるのだと思わせることであったのだけれども。
「どうしてだか、伺っても?」
「変な誤解を受けかねない。これは、私なりの忠告であり誠意だ」
「ですから、どうして?」
「いずれ解ることだから言っておくが、其方の文官によく似た者がシュトルムスルフトにはいる。彼が前に出ればその出生に興味を持ち、騒がれることだろう」
「よく似た者がいる? いた、ではなくですか?」
「いたし、いる。だ。
詳しく知りたいのであれば、後で話してやらないでもない。だから私の……」
「うーん、やっぱり兄上は、そういう事をするんですね。
せっかく待ち望んでいた一族の帰還だというのに」
「え?」
アルトの声が私達の間に割って入る。
困ったような、呆れたような。
苛立ちと嘲笑を宿したような言葉を視線に乗せ、王子と私達を見つめる人物がそこに立っていた。
私達は、全員。本当に文字通り全員が言葉を失い、息を呑みこんだ。
「フェイ?」
そんな筈はない、振り返ればそこにフェイはいる。
けれど、私達の前にももう一人、立っていたのだ。
銀の髪、紫の瞳。
まるで鏡に映したような姿で微笑む成人が。
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