数日間の魔王城での休暇を終えてアルケディウスに戻った私達は改めて、旅行の後片づけと報告に入った。
「アルケディウスにもまだあまり知られていない鉱山があるそうです」
私は皇王陛下や国の文官さん達が揃う中『精霊神』ラス様が教えて下さった地下資源の場所を地図に書き入れていく。
今日はお城の中での打ち合わせなので、リオンやフェイはそれぞれ仕事。
代わりにお父様が軍の代表で来ている。
「具体的にはここと、ここ。あと、こっちは鉄ではありませんがあまり知られていない希少な金属の鉱脈があるようです」
「これは凄い」「春になったら各領地に早馬を送り、調査をさせましょう」
『自分の領地の事は一応、大体解るよ。
本当なら自分達で探して見つけて欲しかったけど、このままだといつまでたっても見つけてくれないし』
そう『精霊神』様がおっしゃるとおり、山奥にある希少鉱石の鉱脈とかはその気になって調べても運が無いと見つけられない。
『精霊神』様が教えて下さらなかったら、きっとこの先も見つからなかっただろうなあ。
さらに言えば見つけても利用価値が解らなくて有効利用できない。
アルケディウスや魔王城、各国の精霊古語の書物には鉱物についての本や薬品についても載っている本もあったけれど、昔の地球の人達は本当に凄いと思う。
まったくの知識0から試行錯誤して、自然物を利用して科学を組み立てて伝えてきたのだから。
とりあえずは、確実に解っているアーヴァントルクから鉱石を輸入しつつ、アルケディウスでの加工を試していくという形になるだろうか。
「マリカ様の留守の間、私もいくらか精霊古語の本を読み解きました。
不老不死世には不要な薬品などについての知識が多かったですが、今までほぼフリュッスカイトの独壇場であった石鹸、クリームなどが我が国で再現できそうで春以降の資源回収が待たれます」
今までは動物性の樹脂と灰を使って作っていた匂いが強い石鹸や蝋燭が、フリュッスカイトから知識を譲って頂いた簡易苛性ソーダのおかげで驚くほどに品質改善がされたという。これらを元から上質で匂いの少ない植物性油などを使って作ってみたら。
と王家の女性達が興味津々なのだそうだ。
「この間のミソやヒンメルヴェルエクトから生まれた布、シュトルムスルフトの金属、石油など。
其方が各国を巡り得てきた知識や技術を合わせることで、今までに無かったもの、あっても品質が今一つだったものが次々と生み出されるようなってきている。
新年の参賀ではそれらの権利問題と、素材や技術の輸出入が大きな議題になりそうだな」
「プラーミァでは、姫君の訪問後、国中の森の植物を再調査して研究を続けているのだそうです。何やら面白い素材が発見されたから楽しみにしていろ。との伝言も預かっておりますよ。何か心当たりはありますか?」
「何でしょう? 南国には魅力的な植物が多いですから」
皇王陛下と文官長様はどこか楽し気に見える。
国同士の交渉は大変そうだけれど、それに慄くようでは、国のトップは務まらないということなのかも。
「エルディランドからは新米と共にこれらも届きました。
姫君が見つけた食材の結果が出たから次回の訪問の時には、活用方法を教えて欲しいと」
「わあ、サツマイモに小豆。これ、絶対に美味しいやつですよ!」
皇王陛下の料理人が見せてくれたのは箱一杯の野菜。
エルディランドでフィールドワークをした時、見つけ、秋になったら確かめて欲しいと頼んでおいた植物を、スーダイ大王様は忘れずにちゃんと送って下さった。
凡そは思った通りの食材だったようで、見本を少し確保した後は来年、本格的に栽培する準備をしているという。羨ましい限りだ。
エルディランドでの栽培が軌道にのったら、種芋とか分けて貰おう。
「各国とも、農業に力を入れられるようですね」
「本格的にやろうと思うと思うと、人手がいくらあっても足りぬからな。
王都でも流民や職を持たぬ者達を集めている。
衣食住を保証する代わりに、国やゲシュマック商会所有の畑で働かせるようにした」
「人は集まっていますか?」
「今まで、やる気はあるのに仕事が無かった者達に、安定した職を得られると人気のようですよ」
「最初の生活費は貸付、給料で家賃や必要経費。税が分割で支払われるので手元に金が無くても屋根の下で安心して眠ることができる。
しっかり働けば生活費を引かれても多少は手元に残るので、努力次第で土地を所有したり、上を目指したりもできる仕組みだそうだ。希望者には文字なども教えていると言うしガルフは知恵が回るな」
「はい。流石ですね。とてもいい方法だと思います」
流民など食にあぶれている人達は安定した生活を送る初期費用に困ることが多いという。
向こうでも、安いアパートに住み自炊すれば安上がりに生活できるのにアパートを借りる為の経費や家賃などの纏まった金額が捻出できず結果、コンビニやネカフェでかなり高くつく宿代や食費を支払うことになる悪循環が生まれた。
それを断ち切る方法を、やる気がある人が掴めて人生をやり直せるのなら、それはとてもいいことではないだろうか?
私のアドバイスではなく、どん底から這い上がってきたガルフの発案。
説得力もある。自分もガルフのようになりたいと思ってくれる人が増えればいいのだけれど。
「ただ、気になることはある」
「なんです?」
「これを……」
お父様が私の前に投げ渡したのは報告書だった。
……魔性出現の。
「凄くたくさんありますね」
農地や森林などで飛行魔性や獣型の魔性が多く出現されているようだ。
「去年の秋から徐々に増え始め、今年の冬からは目に見えて目撃事例が増加している。
今は冬で、農作業などは行われていないから、まだ目撃事例ですんでいる。
しかし春から本格的に農作業が始まると、畑の精霊を襲う魔性が増えるかもしれん。副次的に人間も襲われるだろう」
「魔性の攻撃を受けると不老不死者も傷つく可能性がある、ということでしたよね?」
「ああ。その場で死ぬようなことが無ければ、別所で安静にすれば回復するようだが」
魔性の増加は魔王の復活が原因だろうか?
私は魔性を生み出しているのは『神』だと思っていたのだけれど。
書類を見るかぎり、昨年の春から目に見えて増加してきていて、現時点で一昨年の二倍以上だ。ますます増える可能性がある。
「お父様。不老不死前の時代、魔性が人間を襲う事はあったんですか?」
「普通にあった。今よりも魔性も大きく、強いモノが多かったからな」
不老不死世以前の状況は魔王を探し旅を続けていたお父様に聞くのが一番だろう。
「特に巨大なドラゴンや猪、オオカミ、獅子などは同種の魔性を率いていたな。
それらの群れがいると、周囲の精霊力が奪われ、森や大地なども枯れていくんだ」
「知性のある魔性とかは?」
「ごく稀にいたが人間の容をした魔性は見たことが無い。
正直に言えば、魔王そのものも会ったことが無かった。
さっきも言った巨大な獣が人語を解し、群れを率いて襲ってくる感じだ」
「だとしたら、少し安心できますね。人間を本気で滅ぼそうとはしてこないといいのですが」
「油断は禁物だ。特に王族や子どもは狙われる可能性、危険性が高いのだろう?」
「はい」
この世界の魔性の目的はあくまで『精霊』を食らう事。
人間も狙われることがあるけれど、それは人間の中にある『精霊の力』を狙っての事のようだ。エルディランドで王族のスーダイ様が魔性に襲われたことがあった。
王族の『精霊の力』は強くて魔性にとってはいい餌に見えるのかも。
子どもはどうか解らないけれど、不老不死者でないと目に見えた自然治癒をしない。
大怪我をすると死に直結するから危険は避けるのが無難だと思う。
「とりあえず、子どもは城壁の外に出さず、各町でも保護を徹底。王族の外出の時はしっかり護衛を付けて、ですね」
「新年の参賀の時に、各国の状況も共有しよう」
そんな話をしていると
「失礼します!」
焦った様子の男性が謁見の間に入ってきた。
珍しい。
略式とはいえ、会議中に人が飛び込んでくるような緊急事態なのだろうか?
そう思う私の横でお父様の耳に、使者が何事か囁くとお父様の顔色からサッと血の気が引いた。
「どうした、ライオット?」
「失礼。緊急の用件です。対応の為席を外します」
「何があった?」
毅然とした王の眼差しで問う父に、お父様。
ライオット皇子は告げた。
「魔性の襲撃です。国境沿いの森に魔性が現れ人を襲っているとの連絡がありました」
と。
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