【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 神の子ども達の変化

公開日時: 2025年1月4日(土) 19:33
文字数:4,140

 アルケディウスの皇立孤児院は、一人一人が自立して生活できることを目標として子ども達の健全育成に取り組んでいる。

 保育園機能と、日本で言う所の母子院の機能を併せ持ち、医療と出産がほぼ絶滅したこの世界で安心して出産が行える場所として設立から三年、周囲にも認知され始めてきた。


 第一号は伯爵家の奴隷にされていた子ども達で、孤児院での生活から自分自身の目標を見つけ出した。現在はアルケディウスでも名の知れた旅芸人一座に就職。期待の星として最近は役を貰って舞台に立つ夢を叶えたと聞いている。

 就職の受け皿はほぼゲシュマック商会だが、アルケディウスきっての大店は常に人手不足で有能な人物を求めている。孤児院で育った子ども達は基本的な躾と対人関係が身についているので、受け入れることにリスクが少ないとガルフは言ってくれた。

 今までは不老不死で、技術の継承とかがあまり意味は無かったけれど、不老不死が失われたことで技術職の親方などが、子どもを養子にして後継者にしたい、と言ってくる例もあるらしい。こちらはまだ試験段階だけれど子どもにも将来への希望や適性がそれぞれあるから、きっと今後は増えて来るだろう。


 ここでは、読み書き計算の基本と共に、掃除洗濯、人間関係などを生活の中で学ぶ。

 最低限の読み書き計算が出来れば、知識が無い事で悪い人物から搾取されることはかなり防止できる。そして、人間として尊重され、愛されることで自己肯定感が育ち、集団の中で他者と上手く折り合いをつけて生活することができるようになるのだ。人間関係の構築は大事。特にここに来たある程度以上の年齢の子は主人に虐げられていた奴隷や使用人が多く、自分が一人の人間として尊重されることが無かった。孤児院に保護されて初めて人間らしく生活し、食事をし、学ぶことを知った、という子も多い。


 孤児院で学び、巣立っていった者はたった三年だけど両手の数を超えた。ここで生まれた子はその数倍にも及ぶ。長く閉塞した不老不死世の中で夫婦関係は一番閉じられ、他者が口を出せない部分だった。その為、地球の言葉で言うDV。夫側の妻への支配、暴力も相当に多い様子で望まぬ子、予想外の妊娠で孤児院に駆け込んできた女性がかなりの数に及ぶ。

 女性や子どもの権利などが確立されていない中世異世界だから仕方ない所はあるかもしれないけれど、彼女達の立場を守る為に最初は私が、その後は管理を引き継いだお母様が尽力している。


 と、難しい話になったけれど、孤児院開設からまだ三年。

 本格的な結果が出てくるのはこれからだと思う。不老不死世が終わったことで、世界の在り方も大きく変わった。子ども達への扱いも徐々に変化していくだろう。

 自分達の居場所を奪う者から、未来を支える者として。

 いや、変えていきたいと心から思う。


「レオの親……ですか?」


 私の話に孤児院長リタさんは微かに眉を潜める。

 レオ君はこの孤児院に捨てられていた廃棄児ということになっている。

 実際は『神』の側の『人型精霊』で、リオンの兄弟、弟にあたる存在なのだそうだ。

 リオン、じゃなくってマリクもそうだけれど『神』レルギディオスは彼らに、


『お前達は『神』に仕える為に作られた特別な精霊。人工生命体だ』

 みたいに説明していたらしい。でも本当は『神』と『星』が人間だった頃に愛し合って受精した受精卵から生まれた実の子ども。だから、傷つき命が失われたら万難を排して転生させていた。

 レオ君は神殿を把握するために送り込まれた子だったので、転生はリオンに殺された三年前が初めてだったらしい。『神』はレオ君の身体を再生した後、アルケディウスに送り込んだ。私達の情報を把握する為か、油断させる為か、それとも他の意図があったのかは解らないけれど。


「レオ君は捨てられた訳ではなかったようなのです。とある外国の貴族家の生まれでトラブルに巻き込まれ誘拐されてしまったのだと。

 母親と思しき方はずっと、探していてもしかしたら、我が子かもしれない。

 会いたいと望んでおられます」


 この説明は半分、本当で半分嘘。

 母親である『星』ステラ様がレオ君に会いたがっているのは本当だ。

『神』はマリクを『星』に奪われたことがショックだったのか、弟であるレオ君を神殿の奥に入れ滅多に外に出さなかったので存在そのものを知らなかったのだ。

 不老不死世のどさくさに傀儡の神官長を立て、魔術師、精霊術師とは違う神殿の神官派遣システムを作り『神』『神殿』の地位を確立させた。『神』の直接の手足である。


『会って、話がしたいわ。『神』の力が失われ、不老不死世が消えたことでショックを受けているでしょう。

 慰めて、愛してあげたい。

 そして、あの子にも自由をあげたいの』


 そうステラ様がおっしゃっていたので、仲介にやってきたのだ。

 ちなみにリオンは不老不死解除の後、レオ君には会っていないという。


「説明がやっかいだからな。いろいろ忙しかったし」


 ちょっと可哀相。

 元は多少精霊、ナノマシンウイルスを扱う能力者としての力があったらしいけれど、今はその力は失われているとリオンは言っていた。

 私を取り込もうとして失敗したり、他の理由で色々な部分が傷ついているんだって。

 外から見れば普通の子どもに見えるけれど、いつもお気に入りの人形を抱えている様子は発達障害と向こうの世界で呼ばれていた子を思い出させる。


「でも、廃棄児の親子の証明は難しいでしょう?」

「ええ。上質のおくるみ以外には身分の証を立てるものはありませんから。

 それでも彼女は会って、確かめたいそうです。我が子と思えたら引き取って育てたいとおっしゃっています」

「もし違っていたら、どうするんです?」

「その場合も、本人が望むのなら養子として受け入れるそうです。違っていたとしても縁だからできる限りの事はしてやりたいと言っています」

「それは……良い話であるとは思いますが……」

「ええ、とても誠実で良い方ですよ。子どもを邪険にするようなことは決してなさらないと私は保証します」


 リタさんの歯切れは、私が説明しても悪いままだ。

 本当に赤ん坊の頃から面倒を見てきたのだ。手がかかる子だった分、思いもひとしおだろうということはよく解る。


「とりあえず、面会を許して貰えませんか?

 外国の方なので簡単にアルケディウスに来ることができません。

 私が付き添い、どんな結果になろうとも責任を持って連れ帰ります。転移陣を使うので移動に負担もかけません」


 だから、私はそう提案した。

 皇女として、大神官として命令すれば早いけれど、そうはしたくない。


「それは、今すぐのお話ですか?」

「新年までに一区切りつけたいとのお考えのようではありますが、急ぎではありません。

 孤児院の皆さんで話し合って貰ってもいいですよ」

「そうですね。親の無い廃棄児は今、孤児院に六人いますが親が出てきた、というのも初めての事なので……」


 戸惑うリタさん。

 確かに今回のような話は、今後の孤児院にとって検討に値する事例だろう。

 院長として即決はできないという彼女の態度にも好感が持てる。


「レオ君に、私から話をしてもいいですか?」

「あの子には解らないと思いますよ。自分が孤児であるとか理解していないと思いますから」

「子どもは、大人が思う以上に周囲のことを理解しているものです。

 それに、例え今は理解していなくても、自分の境遇や、今後については保護者は伝える義務があると考えます」


 そうして、レオ君を院長室に連れて来て貰い、私は話をした。


「レオ君。貴方に会いたいという方がいるのです」


 口に出す言葉で表向きの設定を。

 そして、念話。俗にいうテレパシーで


『『星』、ステラ様が貴方に、我が子に会いたいとおっしゃっています』


 本当の事を。

 精霊能力者として目覚めてから、私は色々な事ができるようになった。

 このテレパシーもその一つだ。クオレ君が使うのと似た感じで電波のようなものをナノマシンウイルスを介して相手に伝えるのだという。

 誰とでもできるというわけでは無いけれど、今、リオンとは言葉を使わず話ができる。

 遠くに離れると無理だけれどね。

 そして、リオンはレオ君とテレパシー通信できるというので、その波長を教えて貰った。

 ぶっつけ本番だったけれど、レオ君には通じたようで、ハッと顔を上げる。


 口では当たり障りのない、でも子ども向けの話をしながら『神』が現在ステラ様の元にいる事。この先のレオ君の進路について心配することを話す。

 そして


『父である『神』の事も心配でしょう?

 悪い事はしません。話の後、責任を持って一度は必ず孤児院に連れ戻ります』


『「どうしますか? 貴方が選んだ道を私は行けるように助けます」』


 念話と本当の言葉。両方でかけた問いに、暫し立ち尽くしていたレオ君が選んだ道は


「まあ!」


 私の首への抱擁だった。


「驚きました。

 レオは、今の話を理解して、行くと意思表示したのでしょうか?」

「多分そうですね。言葉にはできなかったけれど、精一杯思いを示してくれたのだと思います」


 念話での返事もない。

 彼の中でもきっと情報の整理が必要だろう。でも、私は彼が前に進もうとしたその思いを大切にしたいと思ったのだ。


 その後、職員間で話し合い、一週間の期限つきでレオ君を送り出すことが決定した。

 フェイの結婚式の後、大祭の前あたりになるだろうか?

 私が責任を持って連れ出し、どんな結果が出ても一度必ず連れ戻すと約束する。


「レオがいなくなったら、デイジーが騒ぎそうですね」


 ローラさんは寂しげに微笑した。レオ君が拾われたのとほぼ同時期に、娘を連れて孤児院に駆け込んできた彼女は、我が子デイジーちゃんと、レオ君を分け隔てなく乳を与え、養い、兄妹のように育ててくれた優しい人だ。

 話が終わったレオ君を外遊びへと促すデイジーちゃん。レオ君も彼女には気を許しているのか嫌がったり、抵抗したりする様子もなくついていく。

 おしゃまで活発で元気な女の子。

 デイジーちゃんはぼんやりとしているレオ君の面倒をみてくれることも多いという。


「そうですね。でも、まだ先の話ですよ」


『神』の精霊が人と出会う事で何かを知って、変わって欲しい。


 ここに彼を預けることを望んだリオンは、前にそう言っていた。

 彼にどんな変化が訪れたのか、訪れるのか。

 私達は、まだ知らない。


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