私には太陽系第三惑星、地球世界で保育士、北村真里香25歳として生きてきた記憶がある。向こうの世界で、多分死んで異世界であるこちらにやってきたのだ。
その前に八年、貴族家の厩で奴隷扱いされていたこともうっすら覚えているから、異世界転移ではなく、転生なのだと思う。
私が拾われて働かされていたのはタシュケント伯爵家。彼らは第三皇子家の側に捨てられていた私を、持っていた宝物欲しさに拾い、宝は着服。
取り上げたあとは奴隷として働かせていた。
運が良かったのはアルフィリーガを探し出し、助ける為に第三皇子が極秘に行った『子どもの救出』によって見出され、魔王城に来れたこと。
リオンと出会い、名前を貰う事で私は、向こうで大人の保育士であった自分を思い出し、同じように助けられた子ども達を育てることができたのだ。
その後、私はかつての「魔王城」の主。『精霊の貴人』の転生だと知れたけれど、エルフィリーネはその前段階、というか最初に会った時から、同じ魂の色をしている。
と言っていた。
「正確に申し上げるのであれば先代までの『精霊の貴人』と今のマリカ様は延長線上にはあるものの『同じ』ではないのです。『精霊の貴人』をよりアップデートさせた存在がマリカ様と言えば、ご理解しやすいですか?」
「アップデート」
「私がしたことは「星」と共に生み出された精霊の器に、今のマリカ様の元となる精神。魂ともいうべきものを導いただけでございます」
「じゃあ『精霊の貴人』の魂を向こうの世界に転生させて、もう一回連れてきたのではなく……」
「『精霊の貴人』という器と役目を持つ存在に、今のマリカ様の魂をインストールしたと言えるかもしれせん」
アップデート、インストール。
この世界では聞くことの無い。でも、耳慣れた言葉に私は確信する。
「やっぱり、エルフィリーネも『星』も向こうの世界の知識と記憶を持つ異世界転生者なんだね?」
エルフィリーネの返答は沈黙。
言えない事、言ってはならない事の制限に入るのかもしれない。
でも私はそれを肯定と取った。
「子ども達を育てる為に向こうの世界の知識を持つ人間の魂が欲しかったのかな、ってのは解るけど、どうして私だったの? 外にももっと優秀な人、いっぱいいたでしょ?」
自分で言ってて悲しくなるけど、私は本当に十人並みの保育士だった。
この世界では色々と役に立った料理や趣味も、向こうの世界なら専門家はたくさんいる。
「真里香様でなければならなかったのです。他の者ではその役目を果たすことはできませんでした」
「なんで?」
「ご自分ではお気付きにならなかった才がございました。稀有で他の誰も持っていなかった力が。それ故に」
「『私』をこの世界に転生させた」
「はい」
今度ははっきりとした肯定。
つまり、私は『星』によって、この世界に召喚された。
地球の保育士、北村真里香の何かが必要だったから『精霊の貴人』としての身体に宿らせてこの世界に生み出したということなのか。
「私の……北村真里香が宿った『精霊の貴人』に与えられた役割って、何?」
「それは、マリカ様自身がよくご存じの筈です」
「子ども達を守り導く?」
「はい」
私がこの世界で目覚めた時から、ずっと胸の中にあった思い。
これは保育士、北村真里香だったからもっていたものだと思ったけれど、生まれながら与えられた『精霊の貴人』の役割とシンクロしていたのかもしれない。
『精霊神』様はこの世界に生きる人間全てを指して子ども達、という。
私が保育士で、目覚めた時に守るべき子ども達が目の前にいたから、素直に子どもを守るっておもっちゃったけど。
私が本来守らなければならないのは『精霊神』様がいう広義の『子ども達』つまりこの星に生きる全ての人達。ということなのだろう。
「全てにおいて、永劫不滅の存在はあり得ません。
自然に宿る『精霊の力』も『神』が人に与えた不老不死も。
『精霊神』や『神』。『星』の力もいつか終わる時が来るでしょう。
それに対処する為の『星』の切り札が『精霊の貴人』であり『精霊の獣』
『神』は自分の力が完全に消え失せる前に目的を果たしたい。
その為にお二人を手に入れたいと願っているのだと思います」
「『神』の目的は『帰る』ことだって言ってた。向こうの世界に帰ることってできるの?」
「我々は、できないと確信しております。ですが『神』はまだできると思っているのかもしれません。お二人が手に入れば」
「私と、リオン?」
「はい。星の次世代を導く為に生まれた切り札を使えば帰ることができる、と」
そこまで帰りたいのだろうか。
私はどうしても思ってしまう。
向こうの世界は確かに色々便利で、こちらより優れている点も多かったけれど。
でも、今の私にはこちらの方が絶対に大事だ。
この星にある大切な者、物。
全てを捨てて向こうに行くことはできない。
っていうか、そんな役に立つことできないと思うし。
もしかしたら、私が完全に『精霊の貴人』になったらできるようになるのだろうか?
「どうして、みんながこの世界に来ることになって、『神』になったのかとは、やっぱりまだ言えない事、だよね」
「はい。既に多くの封印が解けておりますが、ただ一つ。
マリカ様が自分で気付かねばならない、絶対的な事柄、最終封印がございます。
それに気づくか、マリカ様が自分自身の意志で『精霊の貴人』になることを受け入れ、最後の封印解除を『星』に願うかしない限りは秘密を明かすことはできません。
私だけではなく『精霊神』様達も、『神』も等しく」
「気付かなければならないこと……」
「はい。既に解への道筋は示されております。
後はマリカ様がお気付きになられるだけ」
「そう……か」
私は真実を知りたいと思っている。
でも、同じくらい知りたくないと思っているのだろう。
だから無意識に繋げないようにしている。
真実への道筋を。
「焦る必要はございませんわ。
いずれ、避けられないその日は参ります。それまで、どうか、マリカ様には心安らかに過ごして欲しい。
『星』も、私も、そう願っておりますので」
「エルフィリーネも? 私に早く『精霊の貴人』になって欲しかったんじゃなかったの?」
「私が望むのは『主』の幸せ。人々に慕われ、報われ、美しく咲く笑顔が見たいのでございます。先ほど、子ども達と戯れる時に見せた暖かで優しい微笑みを」
「え?」
「かつての『主』。歴代の『精霊の貴人』は今のマリカ様と比べると本当に人形のようでございました。器が同じでも中身が違うとやはりこうも変わるのかと思う程に」
「でも、最後の『精霊の貴人』は……」
エルフィリーネはため息をつくけれど、私にはちょっと納得できない。
少なくとも私の先代。『精霊の獣』を育てた彼女は、感情豊かな女性に見えた。
「あの方も『精霊の獣』と会うまでは、ああでは無かったのですよ。大切な存在を持つこと。
愛し、慈しむことが精霊にとってもどれだけ大事なことなのか。改めて実感した次第です」
「そう……なの?」
なんとなく、ストンと腑に落ちた。
何が落ちたのかは分からないけれど。
「はい。ですから、私自身はお二人が互いに絆を深められることも好ましく思っております。
身体を合わせ、結ばれることが良い事か、悪い事か。
それは私や『星』にも解らない事ですが」
「か、身体って……
ちょ、ちょっと飛躍しすぎ! 私とリオンはそんな関係じゃないから。まだ!!」
「まだ、ということはいずれは?」
「だーから、そうじゃなくって!! っていうか、大事なのはそこじゃないの!」
「個人的には良いと思います。愛し、愛されることは女性を美しくしますから」
真っ赤になる私にどこか悪戯っぽく微笑むエルフィリーネ。
さっきの言葉を借りるなら、彼女もまた、誰かを愛し、慈しむことで今の彼女になったのかもしれない。
彼女は私を大切に思ってくれている。慈しんでくれていると思う。
けれど、
エルフィリーネは私の中に、私ではない何かを見ている。
そう感じる時が確かにあるから。
「……でね。『神』は二年間、私達に好きにしろって言ってた。
その後、本気で捕まえに来るって」
「……そう来るのですね」
色々脱線したけれど、改めて私はエルフィリーネに大聖都での事情を全て話した。
彼女に知らせれば『星』にも伝わるだろう。
もしかしたら、もうご存じかもしれないけれど。
「だから、とりあえず、その間に私達も力を貯めて『神』の力を削いで『神』を逆に捕まえようと思っているの。『精霊神』様は、結界の外に引っ張り出せれば止められるかもって言ってたし」
「なるほど」
「送る力もコントロールして、向こうが聞いてくれるなら話もして」
「とても、良い事だと思います。流石マリカ様」
「そう思う? 『星』は許して下さるかな?」
「お喜びになると思います。『星』は『神』との和解を望んでいらっしゃいますから」
「そうなの?」
思わず首を傾げてしまう。
なんとなく『星』と『神』は不倶戴天の敵のように思っていた。
「はい。ただ、あまりにも自らの思いに頑なで話を聞いて下さらない上に一度は手酷い裏切りにもあい。
『星』は相容れぬと覚悟をなさいましたが、マリカ様が『神』と『星』を繋いでくださるなら、一度は諦めた別の解決方法が見つかるかもしれません」
私は、思い出す。
大聖都で会った『神』。どこか寂しげだった彼の顔を。
賭けに負けた時、約束を反故にする事なく私を返してくれたあの人。
彼に私の、『星』の思いは伝わるだろうか?
彼を、排除するではなく、倒すではなく手を取り合って共に歩む。
そんな方法があるのだろうか?
できたら、それが一番いい方法だと思うけれど。
「解った。できるだけ、やってみる。『神』とも話して。
私に何ができるか。『星』の期待することができるかは分からないけれど」
「マリカ様は、どうかお心のままに。それを『星』も望んでおられます」
「うん。頑張ってみるから、エルフィリーネは魔王城と、子ども達をお願い。
私の代わりに守って」
私の願いに優雅に頭を下げてエルフィリーネは答えてくれた。
「お任せ下さい。マリカ様。
ただ、できますれば御身をお大事になさって下さいませ。
マリカ様が傷つくこと。自己犠牲を行う事は『星』も私も本意ではありません」
「解った。気を付ける」
そうして、私は大広間の中央で膝をついた。
舞を捧げる為に。
音も歌も。
煌びやかな衣装も何も無いけれど、感謝と誓い。
その思いは伝わると信じて。
「あれっ?」
舞の終わり、チカチカっと目の前に火花が弾けるような感覚と共に目の前に文字が浮かんだ、ような気がした。
普通の標準文字とは違う、なんだか魔法めいた丸文字。
なんだったんだろう?
後日、フェイに見せたら最初は首を捻ってたけれど、少ししたら嬉しそうな顔で報告してくれた。
「あれは、転移陣の強化呪文でした。
危険なので簡単には公表できないですが言ってみれば『移動』の術式。
あれを組み込んだ転移魔方陣は、国境を超えて目的地に直通で飛べるようになるんですよ。
この術は、大聖都の転移魔方陣には使われているのですが、今まで外では知られておらず……」
他の転移魔方陣と比較して細かく説明してくれたけれど、仕組みは私にはわけわかめ。
でもこの『星』からの贈り物で私達が随分と便利になったことは言うまでもない。
この日、採取したカレドナイトと合わせ、魔王城への直通転移魔方陣ができたくらいには。
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