安息日の外出を終えた夜。
「さて、包み隠さず話して貰おうか。
何を見つけ、何をしでかして来た」
私は国王陛下の前にいた。
城の自室に戻って間もなく、使者がやってきて執務室に来るように言いつけられたのだ。
まあ、最初から王様が何の思惑も無しに外出を許してくれたとは思ってなかったし、王子達も今日の事は報告すると言ってたから別に想定の範囲内ではあるけれど。
壁沿いには王子と王子妃様が心配そうに見ている。
私の立ち合いはリオンとフェイ。ミーティラ様とミュールズさん。
「何をしでかして来たって何ですか?
まるで私が騒ぎを引き起こして来たみたいに」
頬を膨らませて反論してみるけど、こうして呼び出しを受けるとお母様を思い出す。
ご兄姉だけあって、これから説教するぞ、って私にかける威圧はよく似てらっしゃる。
やらかしてきた、と断定して私を見る視線も話口調もそっくりだ。
「引き起こして来たのであろう? 報告は受けている。
王室御用達の看板を掲げる商業ギルド長に威圧をかけ、情報収集を命じ、さらには全く門外の若手事業者に代理契約権を与える事にした、と?」
「別に、食品の輸入やレシピ販売などの商業契約に関してはゲシュマック商会と現地商会のものですから、国王様には関係ないと存じます」
呆れた眼差しでそう言われたけど、ホントに関係ない。
もっと言えばアルケディウス皇王家だって関係ない。
私は単にゲシュマック商会の後援者兼、知識委託者兼、元料理人としてゲシュマック商会が信用した商会主と面談し、正式契約に立ち会うと約束しただけだ。
ちょっと子どもが代表とゲシュマック商会を侮って、代表として全権利を預けられているアルをプラーミァ王都のギルド長がないがしろにしたので少し圧力はかけたけど。
たまたま私が皇女だった、というか皇女になっただけ。
立場や権力を使って無茶ぶりをしようとする者達から、大切な人や皆で築きあげてきた『新しい食』を護る為には私は、自分に与えられたより大きな権力を使う事を躊躇うつもりは全くない。
「やる気と情報収集力が足りないですよ。
せっかくの今までの商圏を遙かに広げて儲けられる可能性があるのに、手を出したがらないなんて。
しかも王様が力を入れている新規事業なのに」
「まあ、それはそうだな。だが伝統や、慣習というものもなかなか無下にはできんのだ。
長年国を支えて来た者を切るにはそれなりの理由がいる」
「慣習に囚われるなんて兄王様らしくもない。
確かに木材加工品の商人は門外かも知れませんが、そもそも一度食が絶滅した世界です。
食品商なんて誰もいないんですから、門外も何もありません。
やるかやらないか。それだけです」
「言うな。貴様」
「一度、ぬるま湯のような不老不死世界に慣れ切った人達に気合いを入れ直した方が今後の王様のお役に立つかと思いました」
「私の為、ではなかろうが。…成程。リュゼ・フィーヤらしい考え方だ」
ふっ、と小さく口元を歪め王様は笑う。
別段怒っている訳ではなさそうだ。
「商業契約のプラーミァ窓口はフロレスタ商会になりますが、国王陛下がお望みなら今まで通り王宮には直通で食材などはお納めします。
今回の契約はあくまで一般庶民向け。
レシピも、フロレスタ商会に預けるのは比較的調理が簡単な屋台系肉料理などになりますので、調理実習生が学んでくる本格的な料理を知る王侯貴族が食の面で有利なのは変わらないと思います」
麦が量産されないとパンなども出来ない。
王様お気に入りの麦酒も作れない。
米…リアの実はエルディランドにあるらしいけれど、それを広めるのにも時間がかかる。
何より、無いものは食べられないのだ。
食を復活させるには食材を作って貰わないと。
「食の復旧を行う上で、手足となるのは農業など第一次産業に従事する一般市民です。
彼らにもある程度食に触れさせ、自分達の作る者が価値のあるものだと知らせた方が、作業効率などは上がるのではないでしょうか?」
農作業は本当に、大変な仕事。
だから、食が無くても生きられる世界になった時、真っ先に消えたのだと思う。
彼らを再び仕事に戻す為に必要なのは、賃金と、意欲とプライド。
自分達の作っているものが人の為に役に立つ、価値のあるものだという思いなのだ。
だから、アルケディウスでは農作業従事者の給料は高いし、収穫や種まきなどの作業に従事する人は優遇している。
「そこまで考えて街に行ったのか?」
「そういう訳ではありませんが…まあ、ちょっと気になって見てはいました」
生まれながらの王侯貴族には、その辺の気持ちを理解したり配慮することは難しいだろう。とは思う。
「代理店契約は単年契約にします。
他の商会が育ってくれば、来年度は別の商会が機会を得る事もあるかもしれません。
その辺はゲシュマック商会の判断です。
距離が開きすぎておりますから、来年私が来れるとも限りませんし、基本的には国王陛下に監視して頂き、王宮の小回りの利かない所をフロレスタ商会にお命じになると良いかと思います」
代理店契約を結んでそれで終わりじゃない。
大変なのはこれからだ。マーカムには頑張ってほしい。
「その辺は良かろう。任せる。
確かに一般商業に関しては、私が積極的に介入する事でもない」
「ありがとうございます」
私は頭を下げるけれど、背筋は伸ばす。
その辺は。
つまり、まだ他の所は残っている、ということだから。
「それで? 商業ギルド長には何の調査を命じた?
この国の王族に聞けない何を知りたいのだ?」
「王都で今、打ち捨てられている子どもについて、調べて貰っています。
数と所在を」
「子ども?」
プラーミァの町でも子どもは殆ど見かけなかった。
つまるところ、アルケディウスと同じ状況なのだろう。
「はい。兄王様。前からお願いしたいと思っておりましたことがあります。
もし、私の仕事がプラーミァのお役に立っているのなら、一つだけ我が儘をお聞き下さい」
「何だ? 褒美については確かに何かやれないかと考えてはいたが」
「フィリアトゥリス様も買い物の時にそのようなことをおっしゃっていましたが、私は物とか名誉とかそういう系はいらないです。
欲しいものは自分で買いますし。
ただ、私も一度打ち捨てられた子どもであった経験があるので、同じ境遇の子どもを放っておくのが嫌なのです」
「行き場の無い子どもを保護し、育てろ、とか?」
「はい。せめて暖かい寝場所を、必要とされる居場所を」
各国に子どもの保護を願い出る事は、皇王陛下やお父様達にも許可は得ている。
私的には最優先事項なのだ。
『あくまで提案に留めよ。最終的な判断はその国にお任せするのだ』
と言われているけれど、他所の国はともかく兄王様ならきっと解ってくれる筈なので少し踏み込む。
「お前がライオットの元から拐わかされ、奴隷扱いされていたという話は耳にしたことがある。
それをライオットが探し出し、助け出したそうだな」
「はい。今でこそ皇女などと言われておりますが、私は厩で育ち打ち捨てられていた身です。
お父様が見つけ出し、救い出して下さらなければ今も下働きとして働かされていたか、性奴隷として使われ殺されていたかのどちらかだと思っております」
あからさま過ぎる表現にフィリアトゥリス様が小さな悲鳴じみた声を上げたけど、事実だから仕方ない。
実際に、子どもの用途は、特に女の子は、大人が退屈しきっているこの不老不死世界でそうなりがちなことは証明されている。
「子どもは決して役に立たないばかりの存在ではありません。
助けが必要な時期、手間がかかる時期も確かにありますが、大事に育てれば国と未来を支える重要な力になってくれます」
私は後ろを振り返った。
フェイとリオン。
彼らも子どもだけれど、各国に一目置かれる才能だ。
「王様も、お調べになられたんですよね。
国で年間に生まれる子どもは全体でもせいぜい二桁だ、と。
だったら、その子ども達を保護し、教育を与えてみる気はお有りになりませんか?
兄王様がお探しの精霊術士の才能を持つ者、戦士の才能を持つ者などが見つかりやすくなるかもしれません」
確かティラトリーツェ様妊娠の時に、兄王様がそんな話をしていた。
国全体で二桁なら、王都全体では多分一桁。
そこまで大きな投資でなくてもなんとかできる筈だ。
「見つからねばどうする?」
「その時は個性にあった仕事を与えればいいのです。
今後、農業、工業、加工業、飲食業。食の復活によって雇用は増大します。
子どもの数人分の仕事くらい簡単にできますよ」
ギフトの事までしゃべっちゃっていいかはまだ解らないから言わないけれど、子どもだってやる気になれば大抵の事はできるのだ。
大事なのは機会と教育。
今の子ども達はそれすら与えられていないから何もできない存在として最下層で使われるしかない。
それをなんとか打破したい。
生意気云うようだけれど、本当に、頭のいい兄王様なら児童保護の有効性は解ってくれる筈だ。
「今回に関しては、子どもの様子などが判明したら所有者がいない子は保護してフロレスタ商会に雇って貰えるように頼めないかと思ってました。
委託金代わりに返済を猶予したり、相殺したりして。
フロレスタ商会には子どもの見習いがいるそうなので大切にしてくれるかなと。
兄王様が、私のご褒美として国での児童保護をお約束頂けるなら、勿論それが一番安心ですけれど」
「…私一人で決断して良い話でもない。少し時間がいる。
子どもの現状についての報告が届いたら、こちらにも回せ。検討はしてやる」
「承知いたしました」
アルケディウスで孤児院を作りたいと言われた時も似たようなことがあった。
一時の同情として食べ物を与えたり、お金をあげるのではなく、継続してちゃんとした保護を与えようと思うのならしっかりとした手順、準備、手続きが必要なのだと。
即答しなかった分、王様が本気で考えて下さっているのが解る。
良い傾向だ。私は深く、感謝を込めてお辞儀した。
「…マリカ。本当にお前は何なのだ?」
「ただの子どもです。
ちょっと色々場数を踏んで来たのでひねくれ曲がってるかもしれませんけれど」
兄王様は探るような眼で私を見るけど、私はニッコリ笑顔で躱す。
嘘はついていない。
その場数が単に25年+11年なだけだ。
500年以上を生きて来たこの世界の人達に比べれば本当にまだまだ子どもだと思う。
「あと、兄王様。
子どもを育てると大人にはできない、思いもよらない視点で新しいものが見つかるかもしれませんよ。
実はフロレスタ商会の子どもが見つけたというこれなんですけど…」
「ん? なんだ? 黒い種? 不思議な香りがするな?」
「多分、これ…」
私がフロレスタ商会から貰ったお土産を見せたのは、概ね話を逸らす為、だったけれど、王様は素直に乗って下さった。
王子と王子妃様にもお話して理解を仰ぐ。
実際これはプラーミァにとっては凄い発見になると思うし。
そうして翌日、フロレスタ商会の店主は王宮にやってきた、緊張の面持ちで花の鉢を抱える子どもと一緒に。
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