【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 皇女のお忍びドレス

公開日時: 2025年5月20日(火) 08:09
文字数:3,720

 今更いうのもなんだけど。

 この星における『神』。

 精霊神と呼ばれる方達は、元は地球生まれの人間だ。

 そのせいか、開かれた国はどことなく精霊神様達の故郷の雰囲気を宿しているように思う。


 火国プラーミァはインド、水国フリュッスカイトはイタリア。ヴェネチアとかだろうか?エルディランドはきっと中国で、ヒンメルヴェルエクトはアメリカだね。

 アーヴェントルクはきっとスイスだったのだろう。

 この間行ったシュトルムスルフトは多分、トルコとか。

 中東の雰囲気が感じられた。

 私(の記憶の中にある真理香)は生前外国に行ったことが殆どないので本やテレビの記憶の中だけの印象だけれども。

 その流れで言うのなら、アルケディウスはきっと、ロシアだったのだろうな、とはずいぶん前から思っている。街並みは中世ヨーロッパ風だけれども、服などになんとなくコーカサス風雰囲気が感じられるのだ。

 サラファンとか、カートルとか、チェルケスカとかは向こうの世界のアニメや、名産品をなんとなく思い出させる。特に大人用の服は深いVネックが男女共特徴で、シャープな印象を受ける。初めてお母様にドレスを作って頂いた時やお母様の正装を見た時、カッコいいなと見惚れつつ、身体にぴったりとしたウエストラインはお腹が出たら着れないだろうな。と考えたっけ。


「祭りですからね。目立たないように華美な装飾は避けつつも、多少は華やかにしてもいいと思うのよ」


 お祭りに『大祭の精霊』として出てもいい、と皇王陛下に許可を頂いてからというものお母様は私の祭り着選びに余念がない。

 ずらりと並べられた服は、どうやら既製品のようだけれど、新品でなおかつ私のサイズに合っている。


「これ、シュライフェ商会に用意させたんですか?」

「まさか? ゲシュマック商会のガルフに頼んだのよ。マリカに似合う庶民の服を探してくれって」

「ガルフも一枚噛んでいたんですか?」

「皇王陛下から、結婚前の最後の自由行動になるだろうからアルケディウスの大祭を楽しませてやりたいと思うがどうか? と問われたのは貴女が七国の大祭を巡ることになって直ぐです。

 お兄様は護衛をつけてプラーミァの大祭を見せてやろうか、と言って下さっていたのですが狙撃事件が起きてしまいましたからね。

 結局、どの国でも舞を舞う以外で城の外に出ることはできなかったでしょう?」

「はい。残念だったと思っています。ああ、だから……」


 そういえば、前にお母様が、私が大祭を楽しめるように皆が準備してくれている、と言っていたっけか。


「皇王陛下もおっしゃっていましたが、今回、成長した貴女を街の者達が間近で見れば、『大祭の精霊』との共通点に気付く者も増えます。

 これが本当に貴女にとってアルケディウスでの最後の大祭になるでしょうから、正体が気付かれることを気にせず、思いっきり楽しんでいらっしゃい」

「ありがとうございます」


 例え大祭の精霊=マリカとリオンだと気付く者がいたとしても、結婚して大神殿の大神官となる私にはもうあまり影響はでない。ならお母様や皇王陛下の御厚意に甘えて思いっきり楽しませてもらおう。


「これなどどうかしら? 貴方は髪の色が濃いから、華やかな色合いの服が似合うと思うのよ」

「うわー、ロッサの花びらのような赤ですね」


 お母様がそう言って指示したのは目にも鮮やかな真紅のドレスだった。

 大胆なVネックの襟元に金のラインで縁取りがしてある。ちょっと着物の合わせの様だ。

 左前だけど。

 腰には黒いサッシュベルトを巻くし、頭にはちょっとターバンめいた刺繍と縁取りが施された布を巻くからそこまで派手には見えないけれど、ちょっと恥ずかしい。


「一応お忍びですし、あんまり派手でない方が……」

「祭りなのに派手にしないでどうするのですか? 堂々としていた方が気付かれないと思うわよ」

「それはそうなんですけど……」


 大祭の舞衣装や神殿着などで華やかな衣装のオーダーメイドには慣れてきたつもりだったけど、プライベートで着る衣装にはやっぱり地味で堅実なものを選んでしまう。

 エプロンは正義! というのは身に付いた保育士根性だろうか。


「いいなあ。マリカねえさま、あたらしいおようふく」

「おれはもっとキラキラのほーがいいとおもうけど」

「ほら、子ども達もああ言っているわよ」

「いえ、もう少し地味方向で」

「まったく貴女は……」


 側で一緒に洋服を見ている双子ちゃん。

 舞衣装とは違って、目をキラキラって感じでは無いね。

 子どもには解りやすい可愛らしさの方が人気だ。


「じゃあ、こちらはどう? 少し華やかさも抑えられているでしょう?」

「あ、素敵ですね。シンプルで、それでいて袖口の刺繍がおしゃれで」


 ため息をつくお母様に次に示されたのは明るい臙脂色のカートルだった。カートルというのはVネックタイプの上着の事で、前綴じタイプ。少し、袖広が特徴。下にインナードレスを着て、重ね着する。

 インナードレスは優しい銀杏色、秋の紅葉のようなカートルと凄くマッチしている。地味に見えるけれど肩には金糸でVの連続模様が刺繍されていて手が込んでいるし、袖口には濃い緑と赤の三角模様がパッチワークのように連なって目を引く。サッシュベルトも黒で良い感じだ。


「これに白布のウィンプルを付ければ貴女が心配する程、服装での悪目立ちはしないでしょう?」

「はい。いいと思います」

「では、決まりね。リオンには黒のチェルケスカと帽子を着せればいいと思うわ。

 リオンの服はあの人が用意させているから」

「お父様、リオンの服を準備するの好きですよね」

「アルフィリーガの輝く姿を見るのが楽しいようね。

 チェルケスカは王族も正装で身に纏う事があるけれど、精霊神が伝えたと言われる服で祭りの時は、市民もこれを着ることが多いから、そんなに目立たないでしょう」


 ふと『思い出した』。

 私の記憶ではなく、地球時代の真理香お母さんの記憶なのだろうけれど、このチェルケスカに似た衣装が地球のコーカサス地方にもあって、この胸の飾りの所には銃弾や火薬を入れていたのだそうだ。

 生粋の戦士の服。だからきっとリオンにも似合う。


「後は、これを付けて行くといいわ」

「あ、これ!」


 お母様が差し出した小さな箱に入っていたのは、最初のお祭りの時に貰ったガラスの髪飾りだ。全く同じものを後で買ったり、献上して貰ったりしたけれど、これは端っこが少し欠けている。

 最初のお祭りの時に、お店の人からもらったものだと解る。

 帰って来る時騒がれたドサクサで落としてしまった物。その後、お父様が預かって私達の正体バレに使ってからはすっかり忘れていた。


「思い出の品でしょう? 新品がいいならそちらを付けて行ってもいいけれど」

「いえ、こちらがいいです。お母様が言う通り、最初のデートの思い出が詰まってますから」


 私は箱ごと受け取って、それからいいことを思い出した。


「お母様、リオンからもらったシュトルムスルフトの白いスカーフがあるんです。それをウィンプルにしてもいいですか?」

「貴方の着た衣装、身に着けるドレスや小物が新しい流行になるであろうことを理解しているのならかまいませんよ」


 なるほど。お母様が衣装の準備に拘るのはそういう意図があったからか。

 何の気なしに行った大祭でも、大祭の精霊の服は大人気になったことがある。

 お洒落というのも注目を浴びる者は簡単じゃないな。


「ほら、着て見たら?」

「はい」


 決まった衣装を抱えて、隣室でかさこそ。

 シンプルな服なので私一人で着脱できる。


「どうでしょうか?」

「わあ! マリカねえさま、かわいい!」


 素直なレヴィーナちゃんの賛辞が嬉しい。

 明るい臙脂色のカートルにフリルのついたくるぶしまでのアンダードレス。

 袖口が広いので、くるりと回るとふわり、白いスカーフと一緒にひらめく。

 我ながらイイ感じ。


「もっと飾り物が欲しい時は街で買いなさい。その方が市場が活発になるわ」

「はい。香りのペンダントは買うつもりです」


 魔王城のシュウが作った香りを纏えるペンダントは、今彼が修行している工房で作られて売りに出されている。見習いの練習や、小銭稼ぎにいいんだって。香りのオイルは高いので必要な時だけシュライフェ商会に持って行って、染み込ませても貰うのだとか。


「かわいいけど、もっとキラキラつけたら?」

「これで、十分だよ。フォル君。

 どうでしょう? お母様?」

「良くできているのではないかしら? これなら、皇女とバレてもあまり恥ずかしくは無いでしょうからね」

「いや、バレたら困りますけど」

「解る人には解ると思うわよ。でも、解っている人間はきっと、口を噤んでいてくれるわ」


 元々、下の人間が上の人に話しかけてはいけないという風習があるアルケディウスだし。

 気付くとしたら、きっと身内だろう。

 ガルフとか、ゲシュマック商会のみんなとか、シュライフェ商会とか、元ギルド長とか。


「さっきも言いましたが、細かい事は気にせずたのしんでいらっしゃい」

「はい。ありがとうございます」

「いーなあ。ぼくもおまつりみにいきたい」

「レヴィーナも、マリカねえさまとリオンにいさまのデートみたい」

「これ! 二人とも!」


 部屋に響く明るい笑い声。

 最後の大祭の前に、こんな穏やかで幸せな時間ができる喜びを、私は噛みしめていた。

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