チョコレート作りにかまけてプラーミァからの料理留学生 コリーヌさんにちゃんと挨拶をするのを忘れてた。
コリーヌさんは先代の王からプラーミァの王宮に仕える女官で、言ってみれば女官長とかそういう立場にある方だという。
当然貴族。
しかもプラーミァではトップクラスのキャリアウーマンだ。
「様、ではなく呼び捨てて下さいませ。マリカ様。
まったくミーティラも皇女様に自分を様呼びさせるなんて」
「あ、それは私から頼んでそうさせてもらっているので…」
少し怒ったように腰に手を当てたコリーヌさんを私は諌める。
正直、私が苦手なのだ。
他人、特に目上の人間を呼び捨てにするのが。
そう説明して、なんとか呼び名も「コリーヌさん」で妥協して貰った。
で、実習の合間に聞かせて頂いたのだけれど
「代々、プラーミァの王宮に仕えておりまして先代の国王陛下、主に王妃様のお側で身の回りのお手伝いをさせて頂いておりますの。
夫は不老不死前に亡くなっているのですが国王陛下にお仕えする騎士でございまして。
その御縁からも親子共々、王家の方々には親しくさせて頂いております」
「ティラトリーツェ様を取り上げられたとも伺っていますが、お産の知識もお有りだなんて凄いですね」
「…王家の方々の信頼に応える為に、少し学んだくらい。後は自分の経験と場数ですよ」
医師はやはり男性が多いものだから、王宮の出産を少しでも安心安全に行う為に学んだという姿勢には敬意しかない。
多分、プラーミァの兄王様は国に戻ってきたがらない妹姫の出産を少しでも助ける為に料理留学生という名目で、腹心の助産婦を送ってきたのだと思う。
「私にはマリカ様の方が驚きですよ。
そんな小さいのに出産介助の経験がお有りだなんて」
「他に人がいなかったから仕方なく、です。本当に母子共に健全に産ませてあげられるかどうかヒヤヒヤしてました」
少し、ホッとする。
コリーヌさんがいて下さるのなら、私は側での介助に専念できる。
後は皇王妃様、ミーティラ様が入って下されば人手は十分の筈だ。
ティラトリーツェ様はもう妊娠8カ月。
そろそろ色々な準備に入っておかねばならない時期でもある。
「コリーヌが来てくれるなんて心強いわね」
ティラトリーツェ様は乳母の来訪にニコニコだけれども
「まったく、母さんが来るなんて…」
とミーティラ様は居心地が悪そう。
まあ、解らないでもない。
母親が職場にいるなんて。しかも自分より下の立場でなんてやりにくかろう。
でも、そんな娘の心配など笑い飛ばし、コリーヌ様は実に楽しそうだ。
「私の事は気にせず、お前は自分の仕事をしっかりなさい。
ティラトリーツェ様や皇女様にご迷惑をおかけすることは許しませんよ」
最初の調理実習の時、心配そうに様子を見ていたミーティラ様をしっしっと追い払い、すっかりなじみになったカルネさん達と楽しそうに料理をしている。
「国王陛下に頼まれた事もありますが、料理の勉強がしたかったのも本当ですよ。
国王陛下が振舞って下さったアルケディウスの菓子や、肉はとても美味しかったですからね。
子どもも手を離れ、特に変わらぬ五百年。
私が少し離れても差し支えない状況ですから、こうして無理を言って寄越して頂いたのです」
そう言って、コリーヌさんは、カルネさんに教えて貰いながら料理を作っている。
包丁を握るのも数百年ぶりなので、包丁の持ち方から道具の扱い方を知らせ、調理実習の時には一緒に入って見学。
それ以外の時には館で『新しい味』の基礎を学んで貰う形だ。
「材料を無駄にせず、手順も理に適った正しく料理。素晴らしいですね」
最初に作ったハンバーグに興味を示してくれてからというもの、プライベートでもどんどん木札を読んで勉強してレシピを覚えていく姿は凄いと思う。
物事を学ぶのにやる気さえあれば歳は関係ないと証明している。
だんだんに調理実習にも入って貰う予定。
留学期間は冬の間の四カ月。
その間に出来る限り、料理を覚えていって欲しいものだと思っている。
で、そんな風に一カ月が過ぎようという調理実習後のある日、コリーヌさんが声をかけて来た。
「マリカ様、少しお願いがあるんですが?」
「はい、なんですか?」
コリーヌさんに声をかけられて私は顔をそちらに向けた。
生活面で困りごとがあるのなら、コリーヌさんはミーティラ様やティラトリーツェ様に頼むだろう。
私に頼むという事は、多分調理関係のことだと思うから。
「私の料理の腕前を試験して頂けませんか?」
「はい?」
よく意味が解らず、首を傾げる私にコリーヌさんが静かに微笑んで説明する。
「いえ、私は王国から、滞在費を出して頂き、給料を貰って料理を勉強して貰っている身でございます。
技術を確かに身に付けなくては来ている意味がございませんでしょう?
自分ではできていると思っていても、私は所詮調理を専門にやってきた者ではございませんので、これでいいという確証も持てないのです。
どうか、暇を見て私の技術がこれでいいか、お確かめ頂きたく」
凄いなあ、と本気で感心する。
今まで何人か、契約店から派遣されて来た人とか、料理人さんの教育を受け入れて来たことはあるけど、ここまで前向きな事を言ってきた人はいなかったよ。
本気で調理を学び本気で上手くなりたいと思っている人しか言えないセリフだ。
「解りました。少し考えます。
それから、これは前からの計画なんですけれど、もう少しレパートリーが増えたら貴族区画に練習店舗を開く予定でして。
そこで、不特定多数の人に料理を食べて貰う、というのはどうですか?」
「それは願っても無い事。どうぞよろしくお願いいたします」
そういう訳で、良い気付きを貰った私は店に戻ってガルフに相談した。
折しも本店には契約店からの第二陣の見習いが、貴族区画にも大貴族の家から派遣されて来た料理人達がやってきている。
「料理の検定試験をしようと思います」
「検定試験…でございますか?」
聞きなれない言葉、というか多分始めての概念だから説明する。
「多分、鍛冶屋さんとか技術系のところではあると思うんです。
親方が見習いに試験をして技術を確かめる、っていうもの」
「ああ、ありますな」
「それの料理版です。見習いがある程度知識や技術を得て来たら、試験を行う。
四級から一級まで。飛び級無し。
三級までクリアしたら店で客に出すものを作らせる。一級までクリアしたら卒業。
自分の店や、国に戻ってもいい。というような感じで」
調理というのは他人の口に入るものを作るのだ。
調理師資格、とまでは今は言わないけれどプロとしての自覚は持って欲しいと思う。
イメージとしては家庭科技術検定。
その人の腕を計る目安になれば、雇う側も給料とかを付けやすくなる。
きっと。
「試験内容はマリカ様が考えて頂けますか?」
「素案は考えます。それにラールさん達現場の人の意見を聞いて修正を加えて行きましょう。
試験をする方には負担になりますからその分の手当ては出します」
「厨房に人が増えて、仕事そのものは減っていますから文句は出ないと思います」
学生時代の技術検定を思い出しながら私は考えていくことにした。
試験官は店ではラールさんか、各店舗の料理長クラス。
王宮ではザーフトラク様に頼めば文句も無く、適切な評価判断をしてくれると思う。
四級
実技、包丁の扱い…野菜の切り方、肉の処理、魚の三枚おろし、酵母の扱い方。
知識 食品衛生基礎、調理師としての心構え
三級
実技 『新しい味』の基本調理作成 ハンバーグ&サラダ(ドレッシング付き)パンケーキ、スープの作成。
知識 食材知識 食材運用の基本
二級
実技 『新しい味』の応用調理作成 パンを含めた一食分の献立作成 調理(材料は指定 献立内容は自由)
知識 四級、三級の応用知識
一級
実技 『新しい味』の総合確認 宴席の献立作成(予算は指定 食材、献立内容は自由)
知識 『新しい味』のレシピ 三〇種マスター (ランダムで口頭確認 間違いは三回まで)
しっかり合格基準を明文化しておけば、試験を受ける側も対策が立てやすいし、何が重要視されているかも解る。
向こうの世界では筆記試験だったけれど、こっちは紙が貴重なので口頭確認。
試験で作ったものは賄いなどに使って貰って無駄は出さないようにしよう。
経費は派遣元にレシピと共に請求するから、主人の名に懸けて下手な結果は出せない筈だ。
四級から三級まで合格したら植物紙で合格証を作成。
一級に合格したら、羊皮紙で合格証を作って、合格の証にメダルを渡す。
って感じかな?
目に見える成果があると、本人もやる気が出ると思うし。
料理に関する理解が進んで来たら、専門の調理師学校も作れたらいいなあ、などと思う。
…本当は、早く保育士も資格試験できるくらい一般化してほしいものだけれど。
後日、試験について実習生や見習いに告知したところ、戦々恐々、は、したものの流石に店や領地の期待を受けて送り込まれた料理人さん達。
文句や否は出なかった。
ちなみに試験が開始されてからの最初の二級合格者はコリーヌさん。
流石だね。
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